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『インド残酷物語』 [インド]

インド残酷物語 世界一たくましい民 (集英社新書)

インド残酷物語 世界一たくましい民 (集英社新書)

  • 作者: 池亀彩
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2021/11/25
  • メディア: Kindle版
内容紹介
世界有数の大国として驀進するインド。その13億人のなかにひそむ、声なき声。残酷なカースト制度や理不尽な変化にひるまず生きる民の強さに、現地で長年研究を続けた気鋭の社会人類学者が迫る!日本にとって親しみやすい国になったとはいえ、インドに関する著作物は実はあまり多くない。また、そのテーマは宗教や食文化、芸術などのエキゾチシズムに偏る傾向にあり、近年ではその経済成長にのみ焦点を当てたものが目立つ。本書は、カーストがもたらす残酷性から目をそらさず、市井の人々の声をすくいあげ、知られざる営みを綴った貴重な記録である。徹底したリアリティにこだわりつつ、学術的な解説も付した、インドの真の姿を伝える一冊といえる。この未曾有のコロナ禍において、過酷な状況におけるレジリエンスの重要性があらためて見直されている。超格差社会にあるインドの人々の生き様こそが、“新しい強さ”を持って生きぬかなければならない現代への示唆となるはず。
【購入(キンドル)】
先月下旬に発刊になったばかりの新書だが、発刊直後に著者がフィールドワークを行ったカルナータカ州南部地域で昔長期駐在して養蚕の技術指導に携わった日本人専門家OBの方々の間で話題に上り、僕自身も本を書く際にフィールドワークを行ったので土地勘もあったので、矢も楯もたまらず読んでみることにした。

先に述べた日本人専門家の間でやり取りされているメールの中では、「5回も現地に行きながら、カンナダ語を一語でも覚えようと思わなかった自分とは大違い」とか、「数回に及ぶインド訪問滞在の経験も、なんと皮相なものであったか」などの言葉が飛び交っている。それでもこれらの大先輩の皆さまがそのご専門の領域における活動で南インドのランドスケープを変えていかれた功績は色褪せることはないと思うが、一見してもわからない、インド社会の諸相への洞察は、本書を読んで眼が開かれたというご意見も多いようだ。

そしてかく言う僕自身も、本書は自分自身のフィールドワークで調べられなかったことに気付く機会となった。同じ地域を見ていても、その関心領域が異なると、見えるものが相当異なる。ましてや僕の場合は3週間程度の調査期間だったし、カンナダ語を勉強した上での調査だったわけではない。だから、本書で著者が描いたような、カルナータカ州南部のダリットやOBC等、社会に深く横たわる諸相への切り込みなど、僕の調査でできるわけがない。それを、ただ「インドの社会問題」として深刻に描くだけでなく、その中で暮らす人々のしたたかさを、著者が人々と交わした日々の会話を通じて描き出している。決して著者の断定をさしはさむわけでもなく、淡々と事実を並べて、著者の判断や感想にゆだねる描き方にも好感が持てる。

軽妙な語り口だが、扱っている内容については本書のタイトルにもあるような「残酷」さがある。デリーやムンバイに出張や駐在でいらっしゃる方ならともかく、ベンガルールのような南インドに行かれる方は、本書は読んでおかれることをお勧めする。今年初めに読んだ佐藤大介『13億人のトイレ』といい、インド関連ではいい本が最近出てきているなぁ。

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『13億人のトイレ』 [インド]

13億人のトイレ 下から見た経済大国インド (角川新書)

13億人のトイレ 下から見た経済大国インド (角川新書)

  • 作者: 佐藤 大介
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/08/10
  • メディア: Kindle版
内容紹介
 トイレを見れば、丸わかり。都市と農村、カーストとイノベーション……ありそうでなかった、「トイレから見た国家」。海外特派員が地べたから徹底取材!!
 インドはトイレなき経済成長だった!? 携帯電話の契約件数は12億件以上。トイレのない生活を送っている人は、約6億人。経済データという「上から」ではなく、トイレ事情という「下から」経済大国に特派員が迫る。モディ政権の看板政策(トイレ建設)は忖度の産物? マニュアル・スカベンジャーだった女性がカーストを否定しない理由とは? 差別される清掃労働者を救うためにベンチャーが作ったあるモノとは? ありそうでなかった、トイレから国家を斬るルポルタージュ!.
【市立図書館MI】
某夕刊紙に紹介記事が掲載されているのをたまたま見かけ、書店で探したけれども見当たらず、市立図書館で検索したら簡単にヒット。予約したらすんなり借りることができた。

インドに駐在されている日系のメディアの特派員の方から昔よく聞かされた話として、日本の視聴者向けによく採用されるニュースネタというのは、「経済成長が著しい輝けるインド」か、「日本人には信じられないおかしな風俗習慣」か、いずれかしかないという。日本の全国紙や国営放送の特派員だったら当然前者だし、変わったネタに飢えている民放関係者の短期出張の場合は、当然後者だ。そうすると、日本のメディアの特派員が、草の根レベルでインド社会の矛盾や実態を暴くようなドキュメントはなかなか取り上げられない。企画書を上げても本社からはねられるのだそうだ。

視聴者や読者受けするようなネタを本社が取り上げたがるから、特派員も自ずとネタの選別を行い、受ける話ばかりを日本に送るようになる。英国BBC放送なんて、なかなか見つけられない実際のインドをよく拾った、いい報道をやるなぁと思うことが多いが、日本の場合はなかなか難しいみたいだ。

でも、日々の報道でなかなか拾えない実態を、地道な取材を進めて1冊の本にまとめるという、まさに「その手があったか!」と唸らされるような素晴らしいルポが世に出た。国際交流基金の現地駐在員や、大使館の専門調査員ならまだしも、本書の著者は共同通信社の特派員である。よくぞこのテーマに地道に取り組んで下さったものだと思うし、出版社もよくぞこの企画を採用して下さったものだと思う。

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『インドの経済発展と人・労働』 [インド]

インドの経済発展と人・労働: フィールド調査で見えてきたこと

インドの経済発展と人・労働: フィールド調査で見えてきたこと

  • 作者: 木曽順子
  • 出版社/メーカー: 日本評論社
  • 発売日: 2012/12/20
  • メディア: 単行本
内容紹介
発展著しいインド経済。それにより労働者の多様性は一層鮮明になってきた。生活まで踏み込んだフィールド調査でその実態に迫る。
【会社の図書室】
この本は、会社の図書室から借りて読んだものだが、実はそもそも会社の図書室に入れた張本人は僕である。2012年に大学院の指導教官から読むように勧められたので購入したのだが、2012年度末をもって僕はその大学院を自己都合退学した。インド駐在を2010年6月に終えて帰国して、しばらくは細々とでもインドと関わるようなことを、仕事でもプライベートでもしてきていたのだが、この大学院退学をもって完全にインドと関わる機会を失った。そんな中で、本書を読もうというモチベーションも起こらず、僕自身がキープしておくよりも他の人にも読んでもらえるようにしておいた方がいいと考え、図書室に寄贈した。

当然ながら、指導教官にも大変申し訳ないことをしたと思っている。既に退官もされて5年が経過する。先生の最後の弟子として期待をかけていただいていたのに。その後取り組んできたことを上手く組み合わせれば博士論文にまで仕上げることも可能かもしれないが、先生が退官されて以降、母校で僕の研究したいテーマで指導して下さる先生もいらっしゃらないため、どうしようか思案中である。とはいっても今自分が論文にまとめたいと思っているテーマは必ずしもインドがフィールドではないため、参考文献として本書を用いることはないと思う。

本書を購入した当時の僕の関心は、「インド北部から南部への人口移動は起こり得るのか」ということだった。例えば、ウッタルプラデシュ州やビハール州の貧困世帯なら、おそらく出稼ぎ労働者の行き先はデリーやコルカタ、ムンバイなどなんだろうが、それがバンガロールやチェンナイ、ハイデラバードあたりまで出稼ぎに行くような人はいるのだろうかということだった。今回本書を読んでみたけれど、その著者のフィールドはグジャラート州アーメダバードらしいので、2012年の購入直後に本書を読んでいたとしても、当時の僕にとって参考になったかどうかはかなり怪しい。

では今はどうか。今の僕の関心は、「オディシャ州やテランガナ州からムンバイ、アーメダバード方面への人口移動」である。そして、実際にこれらの州から出稼ぎに行った労働者が、どういう環境で生活し、どんな仕事を得ているのかということだった。それは、僕が2017年からプロボノで関わっている某財団法人が抱えているインド事業の文脈での話である。

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『開発なき成長の限界』 [インド]

開発なき成長の限界――現代インドの貧困・格差・社会的分断

開発なき成長の限界――現代インドの貧困・格差・社会的分断

  • 出版社/メーカー: 明石書店
  • 発売日: 2015/12/16
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
ノーベル経済学賞受賞者センが共著者ドレーズとともに、急成長を遂げるインドが抱える経済・政治・社会の歪みを鋭く分析。貧困・格差の深刻化と民主主義の機能不全に陥る日本社会への警鐘ともなる、必読の書。

先にフィル・ナイト『SHOE DOG』の方を紹介してしまったので順番が前後したが、実は読了はこの本の方が先で、しかも、本書読了により、今年の1つの目安だった「年間200冊」を達成することができた[黒ハート]

この、本文だけで420頁もあり、価格が4600円(税別)もする大著を、今読もうと思った理由は、今月初旬に再読した浅沼信爾・小浜裕久『ODAの終焉』(勁草書房)の中で、本書におけるアマルティア・センとジャン・ドレーズによる「貧困削減路線の継続」提唱に対して、批判的な見解が示されているのを目にしたからである。セン=ドレーズの主張は、基本的な公共サービスとして考えられる教育(特に初等教育)、保健、食料援助(実際はソーシャルセーフティネットのことだが)、環境保護分野に対する政府の関与と財政資金の割り当てを飛躍的に高めよというものだが、浅沼・小浜は、「そのために必要とされる財政資金をどうやって調達するか、あるいはどのような財政資金の配分、すなわち貧困削減プログラムに重点的に財政資金を割り当てることが、経済全体の成長政策とどのうようなトレードオフを引き起こすのかについては一言半句も触れられていない。国の開発戦略としてはまったく不完全だ」とこき下ろしている。

本当にそうなのかというのが気になったので、読んでみたわけだが、セン=ドレーズが本書の中で経済成長路線を否定しているわけではなく、むしろ経済成長自体は貧困削減に必要な要素だと認めてもいる。肝心なのは成長をどう貧困削減につなげるのかという公共政策の部分だと思えるが、その欠如をセン=ドレーズは確かに批判しているようである。そこをあげつらって「戦略として不完全」と言うのもどうかと思う。(浅沼・小浜前掲書は、これに言及した見開き2頁の間に、誤植が5カ所もあり、しかも「バンガロールがグジャラート州にある」等という事実誤認もやらかしているので、舌鋒鋭い論調もちょっと白けてしまう。)

確かに、セン=ドレーズの著書を読むと、同時期にバグワティ=パナガリヤから何かしらの批判を受けていて本書でその反論を試みたと思える記述もあるので、そういう論争はあったには違いない。バグワティ=パナガリヤの著書は翻訳されていないが、浅沼・小浜はそちら寄りなのは明らかだから、読んでおくならセン=ドレーズの共著の方が先だろう。ということで、今回はこんな大著に挑戦することにした。

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コロナ禍のMGNREGS(全国農村雇用保証制度) [インド]

オディシャの大きな課題はMGNREGSの目標達成
Odisha’s big challenge: Meeting MGNREGS target of 200 million person days

Priya Ranjan Sahu、Down To Earth、2020年7月1日
https://www.downtoearth.org.in/news/governance/odisha-s-big-challenge-meeting-mgnregs-target-of-200-million-person-days-72062

2020-9-4 NREGS.jpg
【要約】
◆オディシャ州政府が2020/21年度の目標として設定した、マハトマ・ガンジー全国農村雇用保証制度(MGNREGS)での2億人日の雇用創出は、その実現が危ぶまれている。新型コロナウィルス(COVID-19)感染拡大に伴い実施された全国的なロックダウンの影響で、出稼ぎ先から同州に帰還を余儀なくされた労働者は60万人に及ぶ。MGNREGSは彼らの所得保障にもつながるが、元々州内にいた対象人口に帰還労働者分の就業機会創出は容易ではない。

◆州外労働者の帰還が始まった5月、州政府は州内全30県の徴税官に、MGNREGS制度に基づく就業機会を作るよう指示。関係者によると、水資源管理関連構造物やその他自然資源管理構造物等、13万件を建設する計画を立てた。加えて、8月より前に、1億5000万本の植林も計画。大規模な堤防兼水路(TCB)、等高線に合わせた千鳥状の溝(staggered/contoured trench)から、チェックダム等に至るまで、様々な構造物が計画された。4月以降、5000万人日以上の就業機会が創出された。前年同期比では大幅な増加だが、4月1日から6月30日までの作業員1人当たりの就業日数は平均30日程度で、MGNREGSの法定日数である100日にはとうてい及ばない。

2020-9-4 NREGS2.jpg

◆現場からは、同州の制度適用加速化は、指示が出た直後の数週間は順調だったが、その後低迷していると指摘されている。理由として、MGNREGSの最低保証賃金が安いことや、賃金の支払遅延等が指摘される。出稼ぎに出ていた労働者は、1日Rs.700で働いていた者もおり、州が定めたRs.207(出稼ぎ労働機会損失の影響が特に大きい20県ではRs.298に設定)は安すぎて働き続けるのを躊躇するという。作業終了後、賃金支給までに20日以上かかったケースもある。

◆市民活動家は、帰還労働者向け就業機会提供には現行のMGNREGSの制度枠組みでは十分ではないと指摘する。熟練労働者向けの別の制度をMGNREGSの中に設ける検討を中央政府は行うべきだと主張する。

◆出稼ぎ労働者をカバーする具体的なプログラムの即時実施の必要性も指摘されている。現状、日雇い労働者や家事労働者、建設作業員等、都市部で就労する出稼ぎ労働者のような貧困層に対する所得保証や社会保障の制度が欠けている。COVID-19感染拡大を受け、州内の市民活動家グループは、州政府に対し、州内全県におけるMGNREGSの最低保証賃金を一律1日Rs.600に引き上げ、かつ就業保証日数も年100日から年200日に引き上げるよう求めている。

プラスチックゴミ問題と同様、今後週1回のペースで、インドネタも交えていきたい。英文を読む勉強も兼ねてだが、オディシャ州とテランガナ州にターゲットを絞り、関連するネタを隔週刊のDown To Earthや月刊のCivil Society、それと地元紙あたりからサーチしてみることにする。

両州に絞っているのは、今僕が唯一インドで関わっている事業の事業地がそこにあるからだ。関わっていると言っても、そうそう簡単に自分で訪問できる州ではないので、もっぱら現地から上がってくる報告書を読んで理解に努めるしかなかったのだが、そうすると事業に直接関連する情報しか取れない。COVID-19の影響とか、そんな中で州政府がどのような生活保障策を州民に取っているのかとか、そういうのがよくわからない。

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「ブリジタル」がインドの生きる道 [インド]

Bridgital Nation: Solving Technology's People Problem (English Edition)

Bridgital Nation: Solving Technology's People Problem (English Edition)

  • 出版社/メーカー: Allen Lane
  • 発売日: 2019/10/17
  • メディア: Kindle版
内容紹介
2030年。インドは世界のトップ3を占める経済大国である。すべてのインド人が、クラウド、人工知能、機械学習を使用し、仕事を片付けている。すべてのインド人が、質の高い仕事、より良い医療、スキルベースの教育の恩恵を受けている。テクノロジーと人間は相互に有益なエコシステムを築いている。
―――このような社会は実現可能だ。「ブリジタル(Bridgital)」概念が普及すれば、それは手の届くところにある。
本書では、タタグループのチャンドラセカラン会長が、未来に向けた強力なビジョンを提示している。人工知能がもたらす今後のディスラプションに対して、彼は独創的なソリューションを提案する。テクノロジーを避けることのできない人間の労働の代替として受け入れるのに代わり、インドはそれを所与として、win-winの関係を築くことができる。チャンドラセカランと共著者である同グループのルパ・プルショッタム首席エコノミストは、この国の強靭性と決意について調査を行い、インドの人々を彼らの夢に近づけるための理想的な方法論を模索していく。「ブリジタル」と呼ばれるテクノロジーへのダイナミックなアプローチを実際の現場に適用することにより、インド人が全国でつながり、最も必要とされる場所にサービスが提供されるためのネットワークをいかに構築できるかを示そうと試みる。この最先端の概念は、農村と都市の間の巨大な亀裂、非識字と教育、願望とその実現の間に横たわるギャップを埋めることによって、インド最大の課題に対処する。保健医療から教育、ビジネスまで、このモデルはさまざまなセクターに適用でき、控えめな見積もりでも、2025年までに3,000万人の雇用を創出し、影響を与えることができると見込まれている。

2012年にまとめ買いしてずっと積読にしてあったインド関連の5冊の書籍を全て読了し、残る積読洋書は5冊になった。うち3冊はインド関連。早晩蔵書は一掃したいのだが、読みやすそうなものから片付けていくことにした。そこで選んだのが、昨年11月にインドに行った時にデリー空港の書店で購入した1冊。紹介にもあるが、共著者のN. ChandrasekaranとPoopa Purushothamanはタタグループを代表する人物で、洋書によくある裏表紙の推薦人の中には、ペプシコの元CEOだったIndra Nooyi氏、すぐに撤退しちゃったけど一時米大統領選挙出馬表明していたMichael Bloomberg元NY市長、イノベーションの大家Clayton Christensen教授、インフォシス社の共同設立者Nandan Nilekani氏、著名なジャーナリストで国際問題評論家であるFareed Zakaria氏等が名を連ねている。錚々たる著名人の推薦を受けた本書は、ある意味タタ・グループが総力を挙げて策定した、インド政府と企業セクター、そして一人一人のインド人に向けた政策提言だともいえる。

日本でこれまで出されてきた多くの本は、訳本も含めて、「巨大なインド市場がもたらすチャンスを逃すな」という視点で書かれたものが多かったように思う。いわば、インド経済のブライトサイドを見ているものなのだが、その割には理解しづらいのが、どうしょうもないような貧困が、大都市のスラムや、農村に行くとどうしても目につく。そういうのに光を当てた本は、インドではよく見かけるが、日本では専門書以外ではあまりお目にかからない。

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ムンバイ・スラムの息吹 [インド]

Poor Little Rich Slum

Poor Little Rich Slum

  • 出版社/メーカー: Westland Limited
  • 発売日: 2012/01/01
  • メディア: ペーパーバック
内容紹介
小さなインディアンが1人、2人、3人、小さなインディアンが4人、5人、6人、小さなインディアンが7人、8人、9人…そして小さなインディアンの起業家が100万人―――。ここに収められているお話は、ダラヴィに暮らしながら大きな夢を抱く人々の物語である。ダラヴィは活力に溢れ、事業を起こそうとの試みも多く、希望にも満ちたスラムだ。そこでは、すべての人々が手を常に動かし、顔を常に上げて将来を見据える。そこでは、人々は悲惨であるかもしれないが、幸せになることを選択できる。 我々一人一人ができる選択。

振り返ってみれば、巣ごもりは積読状態にあった洋書を取り崩すよい機会となってきた。今月3冊目の洋書読了である。しかも、今回は実質的に読むのに充てたのはわずか2日である。カラー口絵が多かったことも幸いして、1日100頁をクリアできた。

本書も発刊年は2012年。その年にインドに行ったのは8月の出張の1回しかないので、既に紹介済みの4冊だけでなく、本書もその時に購入した可能性がかなり高い。8年近くが経つとその辺の記憶が非常に曖昧である。

映画『スラムドッグ$ミリオネア』をご覧になったことがある方なら、ムンバイにあるアジア最大の巨大スラム「ダラヴィ」の様子はご存じであろう。また、ダラヴィとは場所が異なるが、ムンバイ空港の近くのアンナワディ・スラムの人間模様を描いた『いつまでも美しく(Behind the Beautiful Forevers)』も以前ご紹介している。いずれもムンバイの生活実態がわかるが、どちらかといえば「貧困」や「停滞」、そしてそれらがゆえの「犯罪」といったものにフォーカスされていた。SDGs的に言えば「取り残された」人々が暮らす居住区である。

そういう先入観で本書を読み始めると、ダラヴィがまったく違った印象を与え始める。確かに貧しいし、生活基盤は脆弱で、ここで書かれたような暮らしがいつなんどきちょっとしたきっかけで崩壊するかはわからない。でも、決して停滞しているわけではなく、若者は成功を夢見るし、大人の中には、事業で成功した人もいっぱいいる。そして、成功したらダラヴィを抜け出して中間層として暮らす途を選ぶのかと思いきや、今も自宅はダラヴィの中にあり、スラムから通勤している人もいる。外に出て成功したら、またダラヴィに戻ってきたいという若者もいる。

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現代インドの「美しく呪われし人たち」 [インド]

The Beautiful and the Damned: A Portrait of the New India

The Beautiful and the Damned: A Portrait of the New India

  • 作者: Deb, Siddhartha
  • 出版社/メーカー: Farrar Straus & Giroux
  • 発売日: 2012/09/18
  • メディア: ペーパーバック
内容紹介
21世紀にふさわしい作物の栽培に腐心する農家から、広大なカーペットが敷かれた会議室でのビジネスリーダーシップセミナー、小さな工場で仕事を探して町から町へ歩き続ける幽霊のような人物まで、The Beautiful and the Damnedは 、現代インドの、魅惑的だが矛盾した、暗い漫画のような物語である。著者であるシッダールタ・デブは、デリーでギャツビーのように振舞う有名人を含む5人のインド人を取り上げ、その魅惑的な生活の奥深くに読者を案内する。ギャツビーの趣味は、大きな予算のギャング映画の制作だが、それを誰も見ない。農民の自殺に苦しみ、埃にまみれた土地で農業を営むゴペティは、その町が暴動の震源地にもなっている。 また、北東部マニプール州出身のエステルは、生化学と植物学の2つの学位を取りながら、「シャングリラ」と呼ばれる高級ホテルで武器商人にスコッチを振舞うウェイトレスとして働いている。シッダールタ・デブは、小説家的アプローチから、その人々の混乱のなか、現代のインドの肖像を描く。その手法は野心的で魅力に溢れるが、絶望的でもあり、希望に満ちた作品に仕上がっている。まさに、「美しく呪われし人たち」である。。

F・スコット・フィッツジェラルドの1922年の作品に、『The Beautiful and Damned(美しく呪われし人たち)』というのがある。著者はインド北東部メガラヤ州シーロン出身のインド人だが、2012年に本作品を発表した当時は米国ニュースクール大学で創作文学を教えていた。本人にも発表された小説作品があるので、小説家ということができるが、本書については実際の取材に基づき、仮に登場人物が匿名だったとしても、それを除けばほとんどノンフィクションなので、ノンフィクション作家というのが適切なのだろう。

だんだん記憶が定かでなくなってきているが、発刊年月からみて、これも、2012年8月にインド出張に行った時に購入していた1冊だと思う。こうしてみると、この時の出張では4冊ものハードカバーをまとめ買いしていたことになる(『Jugaad Innovation』(邦題『イノベーションは新興国に学べ!』)『Churning the Earth(大地をかき回す)』『Behind the Beautiful Forevers』(邦題『いつまでも美しく』))。8年近くが経過して、ようやく4冊とも読み入ったことになる。長い道のりでした。

さて、本作品だが、ノンフィクション小説ということでは対比できるのは『Behind the Beautiful Forevers』だろう。実際、発刊年月が近いこの2つの作品は、並べて書評で紹介されることが多かった。かたやムンバイのスラムに焦点を絞った話だったが、『The Beautiful and the Damned』は、デリー、バンガロール、テランガナ州(当時はアンドラ・プラデシュ州)、そして著者自身も出身である北東州を舞台にした作品である。作品紹介には、5人の人物にフォーカスしたとあるが、ずっとこの5人に密着していたわけではなく、その周辺の人々にも取材して、各々のライフヒストリーを聴き出している。

5人だけのことだから、それぞれの章の概要を軽く述べておく―――。

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大地をかき回す~グローバルなインドの発展 [インド]

Churning the Earth: The Making of Global India

Churning the Earth: The Making of Global India

  • 出版社/メーカー: Penguin Books India Pvt Ltd
  • 発売日: 2014/01/15
  • メディア: ペーパーバック
内容紹介
世界はインドのきらびやかな経済発展を羨望のまなざしで見つめ、それが人と環境に影響を与えるものであることを認めるのにためらいが見られる。本書は、Aseem ShrivastavaとAshish Kothariという2人の著者が、この印象的な成長ストーリーについてタイムリーな問いを投げかける。彼らはこの近年の成長が性質的に略奪的であることについて、議論の余地のない証拠を提示し、その持続可能性に疑問を投げかける。際限のない開発は、数億の人びとの生活を可能にする生態学的な基盤を損ない、水、土地、その他の天然資源をめぐる紛争を引き起こし、富裕層と貧困層の間の亀裂を大きくし、文明としてのインドの将来を脅かしている。本書はデータとストーリーを豊富に取り上げる。インドの開発戦略に対する痛烈な批判は、環境の持続可能性、社会的平等、および生計の安全保障の原則に基づく急進的な生態学的民主主義(RED)の提唱につながる。2人は、社会的かつ生態学的な混乱状態への転落を未然に防ぐため、すでに草の根レベルの活動で既に萌芽が見られる代替的な発展径路への抜本的な転換を求めている。本書は、インドで何が問題になっているかだけでなく、グローバル化に基づく成長がもたらした危機から脱出する、ユニークな方策も論じている。

本書の原題は『Churning the Earth: The Making of Global India』という。2012年8月にインドを訪れた際に、『Jugaad Innovation(ジュガード・イノベーション)』と同時に、バンガロールの空港内の書店で購入した。『Jugaad Innovation』の方はその年の12月までには読了していたが、本日紹介する『Churning the Earth』の方は、なかなか読み始める覚悟がつかず、コロナの巣ごもりまで放置してきた。『Jugaad Innovation』は既に訳本が日本でも出ているが、『Churning the Earth』の方はそういうのはない。

英語で"churn"とは、「攪拌する」というような意味らしい。グローバル化に取り込まれた形でのインドの発展が、地球全体を攪拌するというような意味なのだろうか。確かにグローバルなプレイヤーとして台頭したインドは、世界全体のかく乱要因にもなり得るし、逆に安定性をもたらす要因にだってなり得る。なんとなく前者かなと思いつつ、そうすると、CO2排出をガンガン増やして、今後世界の気候変動を助長する可能性が大きいにもかかわらず、なかなか言うことを聞かない国として、インドは捉えられているのかなという内容を予想した。それが、買ったはいいけどずっと積読状態で放置していた理由かなと思う。

でも、今回コロナの影響もあって読み込みに踏み切ると、どうやらこれは「地球をかき回す」というよりもインドの「大地をかき回す」という方が本書の内容に近いという気がしてきた。

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『インド特急便!』 [インド]

インド特急便!

インド特急便!

  • 作者: ダニエル・ラク
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2009/05/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
内容(「BOOK」データベースより)
インドが「アジアのアメリカ」になる日!10億人の潜在力を浮き彫りにした衝撃のドキュメンタリー。

飛行機を使った外国出張をこなしていた話は、前回のブログでも書いた。そういう時には厚めの本を携行して出張途中に読んでしまうよう心掛けている。1冊目のクリス・アンダーソン『MAKERS』は順調だったが、出張直前にひいた風邪がその後悪化の一途をたどり、それでもお付き合いで夜飲んだりしていたため、2冊目の着手が大幅に遅れた。読み始めたのは出張最終日で、帰りの機内でも読み切れず、さらに1週間近くを要してなんとか読了した。帰国してからもちょっと忙しかったので。

読んだ本は、さすがに出張先がインドだったので、『インド特急便!(INDIA EXPRESS)』という1冊にした。実は、この本は原書が2008年刊行とちょっと古く、日本語訳はその翌年出ている。僕はちょうど2007年から2010年までインドに駐在していたので、原作が書店店頭にあったのをよく覚えている。インドが超大国として騒がれ始めた頃なので、こういう、インド人のプライドをくすぐるような本は沢山出てきていた頃だ。ただ、当時の僕自身の関心がそちらの方ではなかったため、あえて購入しなかったのである。

ただ、インド出張やインド赴任が決まった人が、手っ取り早くインドのことを勉強したいなら、こういう本は多分おススメだろう。そういう人々が仕事で遭遇するボリュームゾーンをメインに描いているが、その一方で、輝かしい都市の発展の周縁にあるスラムの実態とか、グローバル化の影で翻弄される綿花栽培農家とその自殺の問題とか、インド人が一生懸命働くようになってかえって目立ち始めた離婚、薬物乱用、家庭内暴力、うつ病などの問題とか、社会活動家とか、そういうものにも配慮した取材が行われている。ヴァンダナ・シヴァもアルンダティ・ロイも、アンナ・ハザレもP・サイナートも出てくるのである。

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