SSブログ

ムンバイ・スラムの息吹 [インド]

Poor Little Rich Slum

Poor Little Rich Slum

  • 出版社/メーカー: Westland Limited
  • 発売日: 2012/01/01
  • メディア: ペーパーバック
内容紹介
小さなインディアンが1人、2人、3人、小さなインディアンが4人、5人、6人、小さなインディアンが7人、8人、9人…そして小さなインディアンの起業家が100万人―――。ここに収められているお話は、ダラヴィに暮らしながら大きな夢を抱く人々の物語である。ダラヴィは活力に溢れ、事業を起こそうとの試みも多く、希望にも満ちたスラムだ。そこでは、すべての人々が手を常に動かし、顔を常に上げて将来を見据える。そこでは、人々は悲惨であるかもしれないが、幸せになることを選択できる。 我々一人一人ができる選択。

振り返ってみれば、巣ごもりは積読状態にあった洋書を取り崩すよい機会となってきた。今月3冊目の洋書読了である。しかも、今回は実質的に読むのに充てたのはわずか2日である。カラー口絵が多かったことも幸いして、1日100頁をクリアできた。

本書も発刊年は2012年。その年にインドに行ったのは8月の出張の1回しかないので、既に紹介済みの4冊だけでなく、本書もその時に購入した可能性がかなり高い。8年近くが経つとその辺の記憶が非常に曖昧である。

映画『スラムドッグ$ミリオネア』をご覧になったことがある方なら、ムンバイにあるアジア最大の巨大スラム「ダラヴィ」の様子はご存じであろう。また、ダラヴィとは場所が異なるが、ムンバイ空港の近くのアンナワディ・スラムの人間模様を描いた『いつまでも美しく(Behind the Beautiful Forevers)』も以前ご紹介している。いずれもムンバイの生活実態がわかるが、どちらかといえば「貧困」や「停滞」、そしてそれらがゆえの「犯罪」といったものにフォーカスされていた。SDGs的に言えば「取り残された」人々が暮らす居住区である。

そういう先入観で本書を読み始めると、ダラヴィがまったく違った印象を与え始める。確かに貧しいし、生活基盤は脆弱で、ここで書かれたような暮らしがいつなんどきちょっとしたきっかけで崩壊するかはわからない。でも、決して停滞しているわけではなく、若者は成功を夢見るし、大人の中には、事業で成功した人もいっぱいいる。そして、成功したらダラヴィを抜け出して中間層として暮らす途を選ぶのかと思いきや、今も自宅はダラヴィの中にあり、スラムから通勤している人もいる。外に出て成功したら、またダラヴィに戻ってきたいという若者もいる。

ダラヴィ・スラムの見え方を変えてくれる1冊である。いくつか例を挙げてみよう。

1つめは外国人観光客向けのダラヴィ地区内見学をアレンジするトラベルエージェント。何のコンタクトも持たずにいきなりスラムを訪問するのは勇気も要るし危険も伴うが、こういうエージェントがいてくれれば、アプローチはしやすくなる。ウェブサイトも開設しているそうだ。

2つめはボリウッド女優にダンスシューズを提供している靴屋。デザインやフィット感が受けて顧客ベースはどんどん広がり、外国からも引き合いがあるというが、今でもその工房はダラヴィの区内にある。

3つめは、「Teach for India」というプログラムで、スラム内の学校に派遣された教員。「Teach for America」は有名だが、同じようなプログラムが既にインドにもあって、高等教育機会に恵まれた教員の卵がこういう形で経験を積めるというのは素晴らしいことだ。

4つめは、地元のPukar(Partnership for Urban Knowledge Research and Action)が進めているアクションリサーチ。アクションリサーチについては草郷孝好編『市民自治の育て方』でも述べたが、Pukarの場合も地元の若者との協働である。アクションリサーチそのものだけでなく、Pukar設立の背景にあった、Dr. Arjun Appaduraiの論文”Right to Research"も読みたくなった。

そして5つ目は、アガスティア財団(Agastya International Foundation)の事業。財団のことは、「インドの『でんじろう先生』」(2009年7月)で紹介した。2009年当時はまだアンドラ・プラデシュ州とカルナタカ州でしか事業を行っていなかったようだが、本書の取材は主に2010年に行われており、その時点でカバレッジがムンバイのあるマハラシュトラ州にも広がっているのがわかった。

こうした個人起業家や社会企業家、NGO、ボランティアだけでなく、後半には住民組織や公的機関の取組みも出てくる。ダラヴィ地区のスラムがどのように形成されていったのか、制度政策がいかに構築され、それがいかにうまくいっていないか、ダラヴィについて知るためのリソースブックとして本書は相当有用だ。取材先のメアドやHPも巻末にリストアップされていて、もし興味があれが誰にコンタクトすればいいのかがわかる。

最後にちょっとだけ恨み節を。地元の人々のライフヒストリーを聴き取る中で、どうしても現地語での引用が出てくる。それはしょうがないが、それを、ローマ字表記のヒンディー語やマラティ語でそのまま載せて、その意訳を英語で付けてくれていないところは、僕らには読みにくさの一因になる。もったいないと思う。

発刊から8年、ダラヴィはさらに変貌を遂げているに違いない。もっと早く読んでいればよかったと思いつつも、既にインドでの事業から離れていて、何ができるかは考えようもない。ただ、上で紹介した取組のうち、Pukarのアクションリサーチとアガスティア財団の理科実験実演についてだけは、それが今僕がかろうじてインドで関わっている財団のオディシャ州やテランガナ州での活動と関連付けられないものかと思う。

【補筆】
インドの名優イルファン・カーンさん死去、53歳
2020年4月29日
https://eiga.com/news/20200429/10/?fbclid=IwAR35KccFhFMCftpDo6GBK77ye1wVgUEg0KyxYrWEcS_7GuVIEZ6ynEhOowI
米ハリウッドでも活躍したインドの名優イルファン・カーンさんが死去した。53歳だった。
カーンさんは2018年に神経内分泌腫瘍と診断され、治療を受けていた。今週に入って結腸感染症でインド・ムンバイ市内の病院に入院していたが、4月29日(現地時間)に感染症で他界したという。
1967年生まれのカーンさんは、80年代後半からキャリアをスタート。ミーラー・ナーイル監督作「その名にちなんで」での演技が高く評価され、ハリウッド映画にも出演するようになる。主な出演作は「マイティ・ハート 愛と絆」「ダージリン急行」「スラムドック$ミリオネア」「アメイジング・スパイダーマン」「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」「ジュラシック・ワールド」「インフェルノ」など。

ブログで『スラムドッグ$ミリオネア』に言及したところ、イルファン・カーンの訃報が届いた。ちょっとショック。ご冥福をお祈りしたい。
nice!(14)  コメント(0) 

nice! 14

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント