『先生のあさがお』 [南木佳士]
内容(「BOOK」データベースより)最近、この本が文庫化されたのを知り、図書館所蔵の単行本の方で代用してみようかと思った次第。
亡きひとたちに支えられ、生きのびて在るわが身…。プールから自転車で帰る途上、田んぼの十字路で出会った女。以前に見た覚えはあるが、名も素姓も想い起こせぬその女にもらった「先生のあさがお」の種。あさがおの先生といえば、四年前に逝ったあの上品な老人しかいないはずだが…。浅間山と八ヶ岳にはさまれた信州の秋景のなかで「わたし」をかたどる記憶のあいまいさに寒ざむと立ちつくす。他者の死に深く関わる医業で疲弊し、自裁の崖っぷちまで追われた身が、ひとや猫や自然に救われ、かろうじて生きのびた、いま。妻と分かちあう平凡で危うい初老の日常を静謚な筆致で描く表題作ほか「熊出没注意」「白い花の木の下」を収録。信州の自然を背景に、ひとの生死のあわいを描く最新作品集。
相変わらずの風景描写の凄さである。さすがに芥川賞を受賞するような作家だ。
以前何かの作品でも読んだことがあるような話が続くが、舞台のほとんどが長野県の佐久地方か、佐久と県境を挟んだお隣群馬県の南牧村あたりなので、そこで風景描写を絡めるのだから、そういう印象を持つのは当たり前だ。また、精神科医としての著者の日常世界に近い作品が多いのだから、自ずとそれを取り巻く登場人物は、医療関係者か周辺農民に限られている。同じようなテーストの作品が多くなるだろう。
それでも、一度南木作品に触れると、1年に1冊ぐらいは作品を読んでこの静かな日常を味わってみたいと思ってしまうのだから不思議だ。若い世代の作家さんの作品は斬新なプロットに驚かされることが多いが、表現が粗いと感じることも多い。それに比べると、南木作品の落ち着き、静寂感は貴重だ。
ところで、本書を読みながら、今まで読んできた南木作品とちょっと違うなと感じたポイントもある。本書には比較的長めの短編が3編収録されているが、いずれも主人公が病院勤務で終末期医療を担ってきた初老の医師であるという点で、その主人公の目線から一人称で描かれているのだ。つまり、この3編の主人公は著者自身、いわば本書は著者自身の日常を描いた私小説としての性格が強い。
このため、著者がなぜ精神科医を務める傍らで文筆業を始めたのか、その辺の動機がけっこう書かれているような気がする。
『陽子の一日』 [南木佳士]
内容(「BOOK」データベースより)大学院での研究を続ける意欲が満々だった頃、日本の地域医療の経験についてちゃんと勉強しておこうと思い、長野県の佐久病院の取組みについて書かれた本を何冊か読んだことがある。そこからの派生で、佐久病院の精神科医だった南木佳士の小説にも出会い、長野を舞台にした彼の作品を何点かまとめて読んだ。登場人物のセリフが極端に少なく、情景描写だけで淡々と描いていくその手法は、とても新鮮だった。反面、情景描写をしっかり拾っていかないとストーリー展開についていけなくなるので、読み手としては相当な集中力を必要とする作家だとも感じた。
陽子、60歳。もう先端医療の現場からは離れた。研修医を介して彼女に送られた―過疎の村での終末期医療に疲れた元同僚、黒田の病歴要約が意味するものとは?丁寧に生きようとするひとたちを描ききる、深く静かな物語。
『冬物語』 [南木佳士]
内容(「BOOK」データベースより)久々に南木佳士作品を読んでみることにした。260頁ほどのボリュームで収録されている短編が12もあるということは、1篇当たり20頁前後で、あっという間に読み終われる。その上、殆どの作品で死が絡む。『冬物語』というのは収録短編のタイトルでもあるが、静けさと優しさに包まれた作品ばかりで、全体のトーンとしても「秋」から「冬」が連想される。時々「夏」の光景も描かれているが、あまり暑さを感じさせない描き方だ。
冬になるとワカサギ釣りに熱中していた時期があった。シーズンが始まったばかりの頃、氷が割れて湖に落ちかけたことがある。それを救ってくれたのが、釣り名人の園田かよさんだった―。表題作の「冬物語」をはじめ、人生の喜びと悲しみを温かな視線で切りとって見せた、珠玉の短篇12篇をおさめる。
南木作品を読むと舞台が佐久や軽井沢であることが多く、しかも著者が参加したカンボジア難民キャンプでの医療活動とか、著者が実際に関わっている癌患者を対象とした終末期医療の話とかが非常に多いので、どの作品にも読んでいてデジャブーに襲われることがあった。
『ダイヤモンドダスト』 [南木佳士]
内容(「BOOK」データベースより)『エチオピアからの手紙』に引き続き、南木佳士作品を読んだ。相変わらず数少ないセリフよりも豊かな情景描写で読ませる作品群であり、味わい深い文章だと思う。癌で亡くなる人々を同じく描きながら、重松清は泣かせる作品が多いが、南木佳士は静かに読ませる作品が多いように思う。登場人物が泣くシーンが意外と頻繁に登場するけれど…。
火の山を望む高原の病院。そこで看護士の和夫は、様々な過去を背負う人々の死に立ち会ってゆく。病癒えず逝く者と見送る者、双方がほほえみの陰に最期の思いの丈を交わすとき、時間は結晶し、キラキラと輝き出す…。絶賛された芥川賞受賞作「ダイヤモンドダスト」の他、短篇三本、また巻末に加賀乙彦氏との対談を収録する。
収録4編のうち、「ダイヤモンドダスト」を除く3編は著者も参加したことがあるタイのカンボジア難民キャンプでの国際医療チームに参加した医師・看護師が主人公である。任地から戻ってきて職場に復帰したもののそこでの仕事に馴染めなかった医師が、同郷の幼なじみの女性が癌に侵されて入院してきてその死に立ち合う「冬への順応」、同じく任地から戻った医師が久し振りに参加した国際医療チームの同窓会に出席し、同じ時期に任地にいた看護婦から絡まれ、そこで行なわれていた措置の妥当性について振り返るという「長い影」、国際医療チームの現地通訳が看護師として日本に留学してきたのを契機に、チームに参加していた日本人看護師の勤務地を訪ねて久々の時を過ごす「ワカサギを釣る」と、いずれもリアルタイムで難民キャンプの医療活動を扱っているのではなく、その後を描いている。チームに参加した主人公はいずれも立場が異なるが、一見すると同一人物が主人公かと錯覚を起こしてしまう。多分著者はこれに近い経験を国際医療チーム参加後にされたことがあるのだろうと思う。
『エチオピアからの手紙』 [南木佳士]
内容(「BOOK」データベースより)10日(水)夕方から11日(木)にかけてもう1つウッタルプラデシュ州ラクノウに駆け足で出かける出張があったので、書棚にあった文庫本等を3冊ほど適当にカバンにぶち込んだ。この際だから南木佳士さんの作品をまとめ読みしようと、書棚最前列にあった文庫2冊を選んだ。うち1冊が本作品である。
死にゆく患者たちを前に医者として、人としてとるべき誠実な態度とは…。文学界新人賞を受賞した「破水」をはじめ、人間の生と死を日常的に受け止めざるを得ない若き医師たちの苦悩と現実を、濃密に描ききった短篇五篇をおさめた、記念碑的デビュー作品集。著者自身が当時を振り返った、あとがきを新たに収録。
実は、『エチオピアからの手紙』はこれまでに何度か読もうとして最初の収録短編「破水」で挫け、先に進めないで途中撤退を余儀なくされた苦い経験がある。なぜ読み進められないのかというと、文中挿入されている登場人物の会話から情景をイメージすることができない作品だからだ。これまで読んできた大抵の小説では、会話の部分だけを拾い読みしてもストーリーをある程度追いかけていくことができた。しかし、南木作品は、セリフにはあまり重きがおかれておらず、その前後に描かれている情景をしっかり読んで押さえないと、ストーリーについて行けなくなることがある。それを痛感させられたのが「破水」における主人公の女医のセリフだったのだ。
『阿弥陀堂だより』 [南木佳士]
内容(「BOOK」データベースより)
作家としての行き詰まりを感じていた孝夫は、医者である妻・美智子が心の病を得たのを機に、故郷の信州へ戻ることにした。山里の美しい村でふたりが出会ったのは、村人の霊を祀る「阿弥陀堂」に暮らす老婆、難病とたたかいながら明るく生きる娘。静かな時の流れと豊かな自然のなかでふたりが見つけたものとは…。
映画化された作品でもあるので、先ずは映画の予告編をご覧下さい。
この予告編の映像と役者の佇まい、そして背景に流れる音楽が、原作の雰囲気を見事に捉えていると思う。原作の方のこの夫妻の年齢は43歳なので、寺尾聰や樋口可南子の実年齢よりは下だろうが、このお二人のキャストは原作の夫婦と見事にイメージが重なる。予告編を見るだけでこの映画も見たくなったし、原作も読みたくなった。
『信州に上医あり』 [南木佳士]
内容(「BOOK」データベースより)
すぐれた医者は病人のみならず地域社会や国の病をも治す。寒村の小さな診療所にはじまり、いまでは全国に知られる佐久総合病院。そこに敗戦直前に赴任し、「農民とともに」を合言葉に農村医療を実践してきた若月俊一。医師として、作家として人間の生と死を見つめてきた著者が、波瀾に満ちた信念の医師の半生をたどり、真の医療のあり方を問う。
24、25日にかけて、実質1日のみという強行日程だがウッタルプラデシュ州クシナガルに行くことになった。日本から来られるお客さんのアテンドだが、僕自身は、これを機会にインドの僻地医療・地域医療について少しだけ考えてみたいと思っている。そのためには、日本の僻地医療・地域医療についても少しぐらい勉強しておかねばと思い、6月の一時帰国中に少し集めてあった若月俊一医師と佐久総合病院に関する文献にいよいよ挑戦する気になった。
手始めの1冊は芥川賞作家・南木佳士による評伝。著者の南木氏は元々現役の佐久病院勤務医である。現役の医師が小説を書くというのはなんだか結構多いような気がするが、幾つも才能を持っている人は凄いと思う。(若月医師もまた学生時代は文学青年だったらしいし、本書でも彼が書いた詩が幾つも紹介されている。)実際に若月院長と接してきた人ならではのエピソードもちりばめられており、恰好の若月俊一入門書となっている。