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『夜叉の都』 [伊東潤]

夜叉の都 (文春e-book)

夜叉の都 (文春e-book)

  • 作者: 伊東 潤
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2021/11/22
  • メディア: Kindle版
内容紹介
2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の世界を描く!武士の府は、誰にも渡さない――頼朝亡き後、弟・義時とともに次々と政敵を滅ぼしていく北条政子。鬼となって幕府を守り抜いた「尼将軍」を描く、圧巻の歴史巨編!
【購入(キンドル)】
1月にご紹介した『修羅の都』の続編である。『修羅の都』の方は、頼朝と政子、それに義時のそれぞれが主人公という感じで描かれていたが、源頼朝は劇中亡くなっていて、『夜叉の都』は、残った政子の視点から一貫して描かれた作品となっている。前作において、頼朝が亡くなって長子・源頼家が将軍に就任するシーンから、承久の乱の幕府軍出陣のシーンまでが一気に飛んでいたが、『夜叉の都』はまさにその時間的なギャップを埋める作品となっている。

但し、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の世界をよく知りたくてこの時代を取り上げた歴史小説を読もうと考えている人にとっては、この伊東潤の2作品が、お勧めできるのかどうか少し悩ましい。『修羅の都』では、自分にとっての脅威となりそうな人物を先手を取ってどんどん消していく司令塔役を頼朝が、その実行部隊を北条義時が担っていた。頼朝の死後、性格や行動が瓜二つで、将軍没後自分自身が頼朝に代わって武家の世を築くと義時が誓うシーンがあったが、『夜叉の都』はまさにその後の義時の先手必勝策が次々繰り出され、幕府創立時の頼朝近臣たちが次々と退場させられていく。

「退場」という言葉を使ったが、もっとありていに言えば陰謀に蟄居謹慎、暗殺、毒殺等が次から次へと行われる。小栗旬さんがどう義時を演じるのかわからないが、本作品を読んだら、大河ドラマでの北条義時に対する見方が、ものすごく変わってしまうことが予想される。読後感は決して良くない。読む人は心して読むべきだ。

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『修羅の都』 [伊東潤]

修羅の都

修羅の都

  • 作者: 伊東潤
  • 出版社/メーカー: コルク
  • 発売日: 2018/02/26
  • メディア: Kindle版
内容紹介
「武士の世を創る」―――生涯の願いを叶えるため手を携えて進む、源頼朝と政子。平家討伐、奥州を制圧、朝廷との駆け引き。肉親の情を断ち切り、すべてを犠牲にして夫婦が作り上げた武家政権・鎌倉府は、しかしやがて時代の波にさらわれ滅びに向かう。魔都・鎌倉の空気、海辺の風を背景に権力者の孤独と夫婦の姿がドラマティックに描き出される。頼朝晩年に隠された大いなる謎とは?『吾妻鏡』空白の四年間を解き明かす圧巻のラストは必読!新聞連載時から大きな反響を呼んだ感動の長編エンタテインメント。
【購入(キンドル)】
鎌倉時代初期といったら、僕にとってはNHK大河ドラマ『草燃える』で記憶が止まっている。奥州藤原氏の部分に限っては、『炎立つ』というのもあったが、あれは三部作になっていて、泰衡が主人公となる第三部の記憶があまり鮮明ではない。

今年は、久しぶりにこの時代が大河ドラマで扱われるというので、歴史小説ででも少しおさらいしておこうかと考えた。後北条氏を作品で扱うのが半ばライフワークと捉えられている伊東潤が、鎌倉時代を描くのは珍しいが、伊豆や相模、武蔵国あたりに広がる著者の土地勘が、よく生かされているように思う。

『鎌倉殿の十三人』のキャストはあまり理解していないので、今回の読書では、源頼朝は石坂浩二、北条政子は岩下志麻、源義経は国広富之、源頼家は郷ひろみ、北条義時は松平健――といったイメージで、昔見た大河ドラマのイメージで読ませていただきました。ただ、大河ドラマは40年以上前の記憶だし、僕は大河ドラマ原作の永井路子『北条政子』を読んでないので、永井作品と伊東潤作品の頼朝像、政子像の比較はできないのだが。僕は子どもの頃から源義経が主人公の話ばかりを読んできたため、鎌倉に留まって西国での平家掃討戦の戦況や京での義経の動向を見守っていた頼朝の視点から時代を捉えた作品は読んだことがなかったため、かえって新鮮だった。

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『囚われの山』 [伊東潤]

囚われの山【電子特典付】 (コルク)

囚われの山【電子特典付】 (コルク)

  • 作者: 伊東潤
  • 出版社/メーカー: コルク
  • 発売日: 2020/06/29
  • メディア: Kindle版

内容紹介
雑誌「歴史サーチ」の編集部員・菅原誠一は、特集企画「八甲田雪中行軍遭難事件」を担当することになった。遭難死した兵士の数が記録によって違うことに気づいた彼は、青森で取材を開始。当時の悲惨な状況を改めて知る。特集企画は成功を収め、社長からもう一度、特集を組むこと指示された菅原は、再び青森を訪れた。遭難死した兵士数の違いにこだわる彼は、遭難事件の半年後に病死した稲田庸三一等卒に注目。取材のため、地元ガイドの小山田ととともに冬の八甲田に足を踏み入れた、菅原が見たものとは一体――。話題の歴史小説『茶聖』の人気作家が、世にも有名な「八甲田雪中行軍遭難事件」を題材に挑んだ、傑作クライムノベル! 

あまり書きすぎるとネタばらしになってしまうので、今日はサラッと書く。

面白かったです。伊東潤てこういうテーマでミステリーものも書くんだというのが最初の驚きで、それで図書室で借りて読んでみたものだが、他書でも見られる伊東クオリティであった。八甲田雪中行軍遭難事件のことは、昔、小学校時代に映画『八甲田山』を見たので知っていた。あの、行軍隊の隊員がホワイトアウトの中でバタバタ倒れていくシーンは、子どもの眼にはかなりショッキングで、雪山の怖さというのはあの映画で痛切に学ばされた。

以後この遭難事件のことを本で読んだりしたことはなかったけれど、これがちょうど日露戦争の2年ほど前の出来事だったということで、当時の陸軍の様子を知るいい手がかりになるかもと思い、今回は歴史ミステリー小説として読んでみた。それでも当時の史料がちゃんと現在も保管されているというのには驚かされた。そしてそこから主人公が描いた仮説と、それを現代の出来事に結び付けていった構成も見事だと思う。

400ページ超の長編を、なんと平日に2日かけて読み切ってしまった。おかげで、昨夜は夜更かしして、今朝は早朝ウォーキングをサボる事態となった。

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『野望の憑依者(よりまし)』 [伊東潤]

野望の憑依者 (徳間時代小説文庫)

野望の憑依者 (徳間時代小説文庫)

  • 作者: 潤, 伊東
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2017/07/07
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
時は鎌倉時代末期。幕府より後醍醐帝追討の命を受け上洛の途に就いた高師直は、思う。「これは主人である尊氏に天下を取らせる好機だ」。帝方に寝返った足利軍の活躍により、鎌倉幕府は崩壊。建武の新政を開始した後醍醐帝だったが、次第に尊氏の存在に危機感を覚え、追討の命を下す。そのとき師直は…。野望の炎を燃やす婆裟羅者・高師直の苛烈な一生を描いた南北朝ピカレスク、開演。

小説が読みたい――そんな気持ちが強くなったので、土曜日にコミセン図書室で歴史小説を借りた。久々の伊東潤作品、そして久々の南北朝作品である。但し、伊東潤が南北朝ものを扱うのは多分本作品が唯一でもある。

なぜ南北朝? それは、現在NHK-BSで日曜早朝に放送されている大河ドラマのアンコール放送が『太平記』であるからだ。『太平記』は1991年1月から放映開始されたが、1980年代の大河ドラマをまったく見ていない僕が再び大河ドラマを見るようになるきっかけとなった作品であり、かつNHK大河ドラマ史上最高傑作ともいえる作品とも言われている。

もっと振り返れば、なぜこの『太平記』から大河ドラマを再び見るようになったかといえば、以前何かの拍子にブログでも述べたことがあるが、僕が歴史大好き人間になるきっかけをくれたのも、小学校時代に学校図書館で読んだポプラ社古典文学全集の『太平記』であったからだ。阿新丸(日野資朝の息子)の佐渡潜入、護良親王の般若寺脱出、楠木正成の赤坂城・千早城攻防戦、新田義貞の鎌倉攻撃、楠木正成父子の桜井の別れ等、古典太平記の中から拾ったエピソードだけで構成された短編集になっていた。

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『戦国北条記』 [伊東潤]

戦国北条記 (PHP文芸文庫)

戦国北条記 (PHP文芸文庫)

  • 作者: 伊東 潤
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2016/11/09
  • メディア: 文庫
内容紹介
国府台(こうのだい)、河越(かわごえ)、三増(みませ)峠の各合戦や、小田原籠城戦――。
北条五代を「合戦」と「外交」を軸に読み解くことで、関東における戦国百年の実相が見えてくる! 伊勢盛時(のちの北条早雲)による伊豆平定から、小田原で豊臣秀吉に屈するまでの興亡の歴史を、最新の研究成果を盛り込みドラマチックに描く。従来の北条氏のイメージを一新させる戦国ファン必読のノンフィクション。

伊東潤作品は、これまで甲斐武田氏や徳川家康を主人公にした作品など読んできた。河村瑞賢を主人公にした『江戸を造った男』などは秀逸で、この作品英訳してくれないかなと思ったぐらいだ。でも、彼のライフワークというか、歴史小説の世界に入っていったきっかけは北条氏を中心とした関東地方の戦国時代を描くことだったと聞く。

僕にとってはこの時代の関東地方というのは一種のブラックボックスで、織田や徳川といった、美濃・尾張・三河あたりまでが舞台の作品ならともかく、関東甲信越の話になるとなかなか触手が伸びなかったというのが正直なところである。いずれ「北条LOVE」の作品群には挑戦せねばとは思ってはいるが、舞台をよくも知らないのは大きなハードルになっている。

そんなところに、まさにドンピシャの解説書が登場した。海堂尊が『ジェネラル・ルージュの伝説』で「桜宮サーガ」の作品群に登場する人物の相関図と年表などをまとめ、それが後々の海堂作品を読むのに非常に役に立ったように、今回の伊東作品は、まさに「関東北条サーガ」とでも呼べる解説書である。地図や家系図が頻繁に挿入されていることも、読み進めるための理解をかなり助けている。

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『江戸を造った男』 [伊東潤]

江戸を造った男

江戸を造った男

  • 作者: 伊東潤
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2016/09/07
  • メディア: 単行本
内容紹介
伊勢の貧農に生まれた七兵衛(後の河村瑞賢)は江戸に出て、苦労の末に材木屋を営むようになり、明暦3(1657)年、明暦の大火の折に材木を買い占めて莫大な利益を得る。やがて幕府老中の知遇をえて幕府の公共事業に関わっていく。日本列島の東廻航路・西廻航路の整備や全国各地で治水・灌漑・鉱山採掘などの事業を成功させた。新井白石をして、「天下に並ぶ者がない富商」と賞賛された男の波乱万丈の一代記。作家生活10周年記念作品。

最近、小費を惜しまず大計を論じる典型的な人に会った。日本人である。世のため人のためを考える、マズローの欲求5段階説の実は6段階目に相当する「自己超越」欲――すなわち、「見返りも求めずエゴもなく、自我を忘れてただ目的のみに没頭し、何かの課題や使命、職業や大切な仕事に貢献している状態」というのにある人であった。僕のように、家族を大切にとか、自分もやりたいことがあるとか、第2段階から第5段階までを行ったり来たりしている人間には容赦なく、「それじゃダメだ」と否定される人であった。みんながそんな境地になれるなら世の中はもっと良くなっていると思うと失笑もするが、すごい人だと率直に思った。その人にご家族があるのかどうかは聞かなかったが、いるとしたらご家族の寛容ぶりもすごいと思う。

本書の主人公の河村瑞賢って、そんな人だったようだ。多分にフィクションは入っているかもしれないが、何せ自分がやってきた土木工事、航路開拓、治山治水事業、鉱山事業等の知見を、第三者に話して記録に残させた人である。その中には自身もその場に居合わせていた新井白石等もいて、それなりに信憑性の高い伝記が今に残っている。こういう17世紀の公共事業の記録が文書として残っているというのが日本のすごいところだと思う。ただ、それ以前の土木工事の記録を残していたという点では、中国もすごいと思うが。その中国の知見を参考にしつつ、自国での特定の事業の文脈に落とし込んで新たなイノベーションを起こしていったところに、河村瑞賢のすごさもある。

500頁を超える大作だが、読んでただただ感銘を受ける。82歳まで生きた人だ。当時の平均寿命を考えれば大変な長生きだった人で、それだけに残した功績も1つや2つではない。江戸幕府もよくこれだけ次から次へと難題を与えるものだと思うし、それを次から次へと河村瑞賢も片付けていったものだなと思う。この人が長生きして様々な功績を残していったことが江戸幕府にとっても、同じ時代を生きた多くの人にとっても幸せなことだったに違いない。

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『虚けの舞』 [伊東潤]

虚けの舞 (講談社文庫)

虚けの舞 (講談社文庫)

  • 作者: 伊東 潤
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/04/12
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
本能寺の変から十年。天下人となった秀吉は朝鮮出兵の大号令を発した。その前線、肥前名護屋陣にいた二人―秀吉からすべてを奪われた信長の息子・信雄と、秀吉に滅ぼされた北条家の生き残り氏規。この苛烈な時代を二人はいかに生き抜こうとしたのか。絢爛たる桃山文化を背景に描かれる落魄者たちの戦国絵巻。

先月、伊東潤の戦国・安土桃山期を描いた作品を立て続けに読んでブログで紹介したことがあったが、本日はその続きである。中心として描かれるのは、三谷幸喜『清須会議』等では手の付けられない大うつけとして描かれていた織田信雄。そして、秀吉の小田原攻めで開城を余儀なくされた相模・北条氏の中でも、先代当主で名将の誉が高かった北条氏康の四男で、伊豆の韮山城の守将を務めた北条氏規である。信雄については良からぬエピソードばかりが流布しており、多くの人が「おバカな御曹司」として理解されていると思うが、やたらと「氏」が付けられる北条氏一族の場合、誰が誰だか混乱してわかりにくくなっており、氏規なる人物がいたということ自体、恥ずかしながら僕自身もこの本を読んで初めて知ったという次第。

こういうアングルからの歴史の勉強はしたことがないのでとても新鮮だった。信雄はうつけを装っていて実際はうつけではなかった父信長と違い、正真正銘のうつけ、しかも自分が無能だという自覚もない大うつけとして描かれることが多いキャラだが、その前提となっていた「自分が無能だという自覚がなかった」という仮説を棄却して、逆に自分は無能で天下人の器にはないという自覚を持っていたと考えた場合に、どのように彼の行動を描けるのかを考えてみると、こんな作品になっていくのだろう。自分が無能であることを自覚していたこと、信長の血を受け継いでいるにも関わらずその無能さが故に味わった孤独感も格別のものであったであろうことが窺える。

信雄はそうした自身の孤独感に負けて、一度は自死を決意するものの、血筋を途絶えさせないためだけに生きながらえる覚悟を決めているという氏規の言葉に、自身の生き抜く価値を見出す。とはいえ、人としての力量はまったく評価されないのに、その体の中に流れる父信長の遺伝子を子子孫孫に伝えるためだけに生き続ける決心をするというところには、人生の寂しさも禁じ得ない。信雄は、父信長の威光を継ぐ者として秀吉にさんざん利用され、しまいぼろ布のようになりながらも、それでも秀吉は手放すことまではしなかった。信雄にはそれがわかってたから、耐えられないところもあったに違いない。

そうしたストーリーから言っても、作品の主人公は信雄の方で、氏規の方はその信雄の生き方に影響を与えた脇役という位置づけだ。

面白かったのは現在進行中のNHK大河ドラマとの違い。本書では、黒田官兵衛は小牧・長久手の合戦の頃には既に「如水」を名乗っている。大河ドラマでは、黒田如水と名乗るようになったのは一度目の朝鮮出兵(文禄の役)の際に官兵衛が無断で帰国して秀吉から蟄居を命じられた時だったとなっていた。時期がかなり違う気がする。

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『戦国鬼譚 惨』『峠越え』 [伊東潤]

戦国鬼譚 惨

戦国鬼譚 惨

  • 作者: 伊東 潤
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/05/21
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
だまし合いには勝たねばならぬ!生き抜くため、守るため、心に巣くう鬼は殺し、裏の顔は見せるまい。衝撃作『戦国奇譚 首』の作者が、信玄以後の甲信の武将たちの進退を描く。

先月末に初めて伊東潤の『天地雷動』を読んでから、武田勝頼絡みの作品を立て続けに読んできた。僕はこれを勝手に「武田勝頼サーガ」と命名している。最初に読んだ『天地雷動』と『武田家滅亡』は、何人かの人物の目線で事の推移を描いているが、その中でも中心にあるのは勝頼自身で、言わば勝頼が主人公と言ってもよかった。両作品は、勝頼は自分が置かれた状況の中でやれるだけのことはやったけれど、どうしようもない側近や彼を信玄亡き後の棟梁と認めない古くからの武将たち、それに、内陸国の貴重な財源として信玄の時代を支えていた金山の枯渇による財政悪化とか、そうした勝頼本人の努力だけではどうにもならない外部要因に翻弄され、武田家は滅びの途を辿ったのだという描かれ方だった。いわば、そこには「滅びの美学」のようなものがあった。

一方、今回ご紹介する作品は、そんな勝頼に離反して武田家の滅亡を加速させる結果を招いた各地の諸将の葛藤を描いた連作短編集である。木曾氏は、織田軍が武田領内に侵攻開始すると真っ先に攻略の対象となる木曾谷の守将だった。下條氏は、織田・徳川連合軍の伊那谷攻略の最初のポイントとなる吉岡城の城主だった。武田逍遙軒信綱は信玄の弟だったが、当主勝頼に遠ざけられ、伊那谷の攻略ポイントの1つ大嶋城を守っていた。仁科盛信の守る高遠城は、伊那谷における武田側の最後の砦だった。それぞれの抱えた特殊な事情があるものの、共通するのは、辺境の木曾谷や伊那谷の守備を任され、甲斐国の武田本陣からの後詰が期待できない中、押し寄せる織田・徳川連合軍の圧力に抗しなければいけない苦しさで、何の支援もしてくれない甲斐の武田勝頼に対する恨みや反発、或は対抗心だったかと思う。

こうして木曾、伊那が攻略され、織田・徳川連合軍はあっという間に甲斐国への侵攻を果たす。『武田家滅亡』では、勝頼が韮崎に新たな城を作り、ここを本拠として対織田・徳川軍に対抗しようとしていたことがわかるが、新府が完成する前に、勝頼は城を捨てて後退を余儀なくされる。その理由は、勝頼の親類衆の筆頭でもあった穴山梅雪信君の離反。長篠合戦の頃から既に不審な動きを見せていた信君が徳川家康の調略に応じて寝返りを鮮明にしたことにより、武田家は滅亡へと加速した。

結果として生き残った家もあるが、どこも長い目で見るとハッピーエンドになっていないところに戦国の世の無常さを感じざるを得ない。特に、徳川に寝返って織田信長にも謁見した穴山信君が、本能寺の変の後、家康の堺から三河への退避行に同道する途中、伊賀国の山中で討たれてしまう話は、本書で扱われた登場人物の中でも最もうまく難局をやり過ごした奴でもこの結末かよというので、まさに「惨め」という言葉で表現できるだろう。

ただでも描かれることが稀な長篠合戦以降の武田家滅亡過程におけるサイドストーリーを扱っており、面白い作品。

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『天地雷動』 [伊東潤]

天地雷動 (単行本)

天地雷動 (単行本)

  • 作者: 伊東 潤
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2014/04/22
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
最強武田軍vs信長・秀吉・家康連合軍!戦国の世の大転換点となった長篠の戦い。天下を狙う武将たちは何を思い、合戦へと突き進んだのか。熱き人間ドラマと壮絶な合戦を描く、待望の長編歴史小説!

前々回の記事で、僕が新刊書籍の情報をどのようにして得ているのかについて少しご紹介したが、その際に、新聞が主要情報源の1つであると述べた。今回ご紹介する伊東潤の歴史小説も、今からちょうど2週間前の日本経済新聞土曜版『NIKKEIプラス1』第1面に掲載されていた「何でもランキング」で、最近の歴史小説が取り上げられていたからである。元々伊東作品には興味はあったのだが、なかなかきっかけがつかめず、今回は新聞の特集に背中を押される形で初めて手に取った。

伊東潤が気になっていたのは、誰もが知っているが決してメインストリームではなくて詳細には知られていない歴史上の出来事や登場人物をフィーチャーしている作品を多く描いているからだ。織田(北畠)信雄とか、北条早雲(伊勢新九郎長氏)とか。本書の場合はそれが武田勝頼なのだが、武田信玄を主人公にした作品は結構多そうだが、信玄なき後の武田家の存亡を委ねられた勝頼については、あまり中心的に描かれた作品はない。史料も少ないだろうから、その分創造性を持って歴史小説を描き上げられる可能性はある。でも、それでも作品をなかなか読まなかったのは、この作家が長く外資系企業に勤めてきたビジネスマンという前歴があったからだ。脱サラして歴史小説家になったといえば真っ先に思い付くのは童門冬二だが、童門作品は例外で、ビジネスマンが書いた歴史小説は面白くないものが意外と多い。史料が少なくて想像で書ける余地が相当あるということが裏目に出て、ストーリーが面白くなかったり、逆に史実の解説がくどくなって小説としての面白さに影響を与えてしまうことも多い。要するに、今までは食わず嫌いだったというわけ。

でも、今回読んだ『天地雷動』は、予想していた以上に面白かった。

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