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『13億人のトイレ』 [インド]

13億人のトイレ 下から見た経済大国インド (角川新書)

13億人のトイレ 下から見た経済大国インド (角川新書)

  • 作者: 佐藤 大介
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/08/10
  • メディア: Kindle版
内容紹介
 トイレを見れば、丸わかり。都市と農村、カーストとイノベーション……ありそうでなかった、「トイレから見た国家」。海外特派員が地べたから徹底取材!!
 インドはトイレなき経済成長だった!? 携帯電話の契約件数は12億件以上。トイレのない生活を送っている人は、約6億人。経済データという「上から」ではなく、トイレ事情という「下から」経済大国に特派員が迫る。モディ政権の看板政策(トイレ建設)は忖度の産物? マニュアル・スカベンジャーだった女性がカーストを否定しない理由とは? 差別される清掃労働者を救うためにベンチャーが作ったあるモノとは? ありそうでなかった、トイレから国家を斬るルポルタージュ!.
【市立図書館MI】
某夕刊紙に紹介記事が掲載されているのをたまたま見かけ、書店で探したけれども見当たらず、市立図書館で検索したら簡単にヒット。予約したらすんなり借りることができた。

インドに駐在されている日系のメディアの特派員の方から昔よく聞かされた話として、日本の視聴者向けによく採用されるニュースネタというのは、「経済成長が著しい輝けるインド」か、「日本人には信じられないおかしな風俗習慣」か、いずれかしかないという。日本の全国紙や国営放送の特派員だったら当然前者だし、変わったネタに飢えている民放関係者の短期出張の場合は、当然後者だ。そうすると、日本のメディアの特派員が、草の根レベルでインド社会の矛盾や実態を暴くようなドキュメントはなかなか取り上げられない。企画書を上げても本社からはねられるのだそうだ。

視聴者や読者受けするようなネタを本社が取り上げたがるから、特派員も自ずとネタの選別を行い、受ける話ばかりを日本に送るようになる。英国BBC放送なんて、なかなか見つけられない実際のインドをよく拾った、いい報道をやるなぁと思うことが多いが、日本の場合はなかなか難しいみたいだ。

でも、日々の報道でなかなか拾えない実態を、地道な取材を進めて1冊の本にまとめるという、まさに「その手があったか!」と唸らされるような素晴らしいルポが世に出た。国際交流基金の現地駐在員や、大使館の専門調査員ならまだしも、本書の著者は共同通信社の特派員である。よくぞこのテーマに地道に取り組んで下さったものだと思うし、出版社もよくぞこの企画を採用して下さったものだと思う。

僕はずっとインドウォッチャーを続けていたわけじゃないから、「スワッチ・バーラト」という、モディ首相の掲げたトイレ整備政策のことはあまりよく知らなかった。5年間という期限を設けて、それまでに達成するべき数値目標を掲げ、まるでSDGsのような指標の裏付けを伴う目標にして、国際社会にもアピールされている。モディ政権の看板政策の1つらしく、達成には首相の執念のようなものも感じさせる。

それで実態はというと、本書からの抜粋で包括的な要約ではないが、①せっかく建設されたのに使われていない、②政府発表では建設されたことになっていて、助成金も交付されたことになっているのに、実際には建設もされていない、③政策のことは知っていて、世帯内の女性は支持していても、男性構成員がトイレ建設に反対していて、実現していない、④トイレ建設だけが数値目標化されていて、その清掃を行う人々(指定カースト)の労務環境の改善は未着手だった、等の問題が、現場の実態だったと指摘されている。

これらを通じて言えることは、トイレを不浄なものとして、家屋内や家の敷地内に置きたくないとか、それを掃除するような作業をわざわざ自分たちでやりたくないとか、屋外で簡単に用が足せて、誰の手も煩わせないのに、なぜわざわざ費用負担してトイレ建設などする必要があるのかとか、そういった意識変革に絡む課題を未着手に、ハコだけ作るという政策だけを導入しても、持続可能なものにはならないという指摘がなされているように思う。

こういう、政府の看板政策を現場のリアリティと突き合わせるという作業を、日本のジャーナリストがインドでやったというケースは案外少ない。アマゾンの書評には、「専門家の知見が足りない」といったちょっと辛口のコメントも出ていたけれど、僕はこれはこれで良いと思う。さすがに日本向けに記事を書くのに慣れておられる特派員らしく、読みやすい文章を書かれているし、情景描写もけっこうふんだんに盛り込んでいて、読みながらその光景がイメージしやすい。僕はいいルポだと思っている。

こういうアプローチのルポは、アルンダティ・ロイの著作や、P.サイナートの全国紙寄稿などでよく見かけるもので、本書の著者も、サイナートあたりのインタビューでも拾えたら、本書にもっと重厚感が出せたかもしれない。

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