『にぎやかな天地』(上・下) [読書日記]
内容紹介【Kindle Unlimited】
【上巻】熟鮓、醤油、鰹節といった日本の伝統的な発酵食品を後世に残す豪華限定本を作ってほしい――。謎の老人松葉伊志郎から依頼を受けた船木聖司は、早速祖母の死とともに消えていた糠床を蘇らせる。その後、料理研究家の丸山澄男の協力で日本各地の職人を訪ねるうちに、微生物の精妙な営みに心惹かれていく。
【下巻】聖司が生まれる前に父親が亡くなり、仕事を再開した母親に代わって彼を育てた祖母が生前遺した「ヒコイチ」という言葉がきっかけで大前美佐緒という女性を知り、聖司は道ならぬ恋心を抱く。一方、父親の死にも思わぬ真相が……。発酵という営みに人の生死や結びつきを重ね合わせ、命の根源に迫る長編小説。
メキシコでの2週間の滞在の後、帰路米国ワシントンDCで2泊したのだけれど、DCから羽田までの長時間のフライトの時間つぶしのため、長めの長編小説でも読もうと考え、ちょうどKindle Unlimitedeで薦めていたので、宮本輝だったし久しぶりに宮本作品でも読んでみるかとダウンロードした。13時間のフライトで、途中何度も睡魔に襲われたので、機中では上巻を読み切るのが精一杯だった。下巻は羽田から長岡に戻る列車の車内、及び時差ボケで早朝目が覚めてしまった朝の3時間ほどで一気に読み切った。
全体的に発酵や醸造という、手のかかる、時間もかかるプロセスを丁寧に描いている箇所が多かったし、登場人物の間の関係がまだまだ希薄で、一度登場した人がその後なかなか出て来なかったりもしたので、間延び感もあった。下巻になるとそのバラバラだったピースが徐々につながっていき、テンポも良くなっていくので、集中して読みやすくなった。
『坂道の向こう』 [読書日記]
内容紹介【N市立図書館】
城下町、小田原。介護施設の同僚だった朝子と正人、梓と卓也は恋人同士。けれど以前はお互いの相手と付き合っていた。新しい恋にとまどい、別れの傷跡に心疼かせ、過去の罪に苦しみながらも、少しずつ前を向いて歩き始める二組の恋人たちを季節の移ろいと共にみずみずしく描く。
先週末、市立図書館で予約していた本を数冊借りる際、「チョイ足し」で借りた小説である。椰月美智子作品は初めてではないし、閉館時間まで残り5分といったところだったので、あまり物色もせず、パッと目に付いた作家ということで選んだ。
過去読んだ椰月作品と同様、今回も舞台は小田原。各編ごとに主人公が異なる連作短編である。たぶん、時系列的には並んでいる作品なのだろうが、話がちゃんと進んでいるという実感のようなものがあまり感じられない形で、登場人物の心の葛藤が描かれる。そこがあまり直線的じゃなくて、一歩進んで一歩下がる、それでもって結局話が進んだのかどうかがわからないという展開が多い。
僕らの日常なんてそんなものかなと思いつつも、ちょっとじれったいし、なんなら恋人たちの関係の展開の仕方に戸惑いも覚えたりする。僕らの20代って、そんなに一進一退があったんだっけ?
ああ、あった。僕の場合はこの作品の登場人物たちよりも彼女と付き合っている期間がずっと短かったが、なんで相手がこういう行動をとるのか、そういうことを言うのか、その当時はわからないことだらけだった。なんで別れることになっちゃったんだろうとか…。
今、うちの子どもたちが本作品の登場人物たちと同じ年齢を生きていて、皆誰かと付き合っていたりもしているが、登場人物たちと同じような一進一退を繰り返していて、なかなか「結婚」という言葉にはたどり着かない、親からすれば「じれったい」と感じる毎日を送っている。20代ってそういうことなんだろうな―――過去の自分の経験、現在を生きている20代の我が子たちを見て、それで本作品を読むと、合点がいくことが多いかも。
『テスカトリポカ』 [読書日記]
内容紹介【購入】
第165回直木賞受賞!心臓を鷲掴みにされ、魂ごと持っていかれる究極のクライムノベル!メキシコで麻薬密売組織の抗争があり、組織を牛耳るカサソラ四兄弟のうち三人は殺された。生き残った三男のバルミロは、追手から逃れて海を渡りインドネシアのジャカルタに潜伏、その地の裏社会で麻薬により身を持ち崩した日本人医師・末永と出会う。バルミロと末永は日本に渡り、川崎でならず者たちを集めて「心臓密売」ビジネスを立ち上げる。一方、麻薬組織から逃れて日本にやってきたメキシコ人の母と日本人の父の間に生まれた少年コシモは公的な教育をほとんど受けないまま育ち、重大事件を起こして少年院へと送られる。やがて、アステカの神々に導かれるように、バルミロとコシモは邂逅する。
仕事帰り、何か別の作業を集中して行いたいとき、僕は蔦屋書店に併設されたタリーズに行き、2時間近くを作業に費やすことがある。こちらに引っ越してきて2カ月少々、週1、2回は行っている僕の習慣である。
そうすると、蔦屋書店の方に陳列されている棚に目をやることもしばしば。それほど頻繁には買ったりはしないが、ちょっと気になる文庫本は、手に取ったりしている。買って読み終わったら、シェアハウスの同居人に読んでもらってもいいし、あまり同居人が読まないなら、退居する時に売ってもいい。
本作品を手に取ったのは、序盤の舞台がメキシコだったからである。但し、北部メキシコだが。それに、インドネシアにも多少の土地勘があったし。
しかし、読みながら、本当にメキシコに2週間も行って、自分は無事返って来られるのだろうかと不安になった。700頁近い大作を読み切った今、達成感よりも、不安感の方がはるかに大きい。
メキシコに関しては、治安が悪いからくれぐれも気を付けろと何人かの方から言われている。治安が悪いという前提でこの作品も読んだが、メキシコで暮らしている人々って全員が全員、このような麻薬密売組織の支配下で生きているのだろうか―――それが一部の例外ではなく、善良な市民の方が例外なのではないかと思えてきて、気持ちが重くなった。
加えて、わが国も…。知らず知らずのうちに、こんな無法地帯が形成されているのか、覚醒剤や臓器ビジネスが僕たちの日常生活にひたひたと近づいてきている気がして、これまた不安な気持ちが増幅された。
ふだんあまり接したことがない信仰なので、読み進めるにはエネルギーが要った。ピースがつながっていくまでの登場人物の拡散から、点と点が線でつながっていく展開に至っても、それは闇がどんどん広がっていく過程で、ワクワクというよりモヤモヤ感がどんどん広がっていくような感覚だった。ページをめくるのにもエネルギーが必要だった。
ラスト100頁ほどのところまできて、ようやく結末に向けた展開が始まった。ホッとした。
『あしたの君へ』 [読書日記]
内容紹介【N市立図書館】
裁判所職員採用試験に合格し、家裁調査官に採用された望月大地。だが、採用されてから任官するまでの二年間――養成課程研修のあいだ、修習生は家庭調査官補・通称“カンポちゃん”と呼ばれる。試験に合格した二人の同期とともに、九州の県庁所在地にある福森家裁に配属された大地は、当初は関係書類の記載や整理を主に行っていたが、今回、はじめて実際の少年事件を扱うことになっていた。窃盗を犯した少女。ストーカー事案で逮捕された高校生。一見幸せそうに見えた夫婦。親権を争う父と母のどちらに着いていっていいのかわからない少年。心を開かない相談者たちを相手に、彼は真実に辿り着き、手を差し伸べることができるのか――。彼らの未来のため、悩み、成長する「カンポちゃん」の物語。
過去に柚月裕子の作品は読んだような記憶があるのだが、どの本かは思い出せなかった。初めての作家ではないと思っていたのと、図書館所蔵の単行本の装丁がちょっと良かったので、借りてみることにした。また、最近NHKの朝ドラ「虎に翼」の舞台となっている家庭裁判所の日常のお話なので、朝ドラの世界を知る意味でもいい作品かなと思う。
朝ドラでも取り上げられていたが、元々家庭裁判所は少年審判所と家事審判所が統合されてできた。家事事件と少年問題は地続きだと言われていて、ドラマでもそんなケースが紹介されている。先々週は戦争孤児の問題、先週は遺産相続の問題が中心テーマとして取り上げられていた。これを見ながら、少年問題と家事事件をいずれも取り上げるのが家裁だというのは理解できるようになった。
本作品は5つの短編から成るが、前半の2編は主に少年犯罪で、中1編の後半ぐらいからそれ以降は、離婚調停とその背景にある各々の家庭の事情が取り上げられる。家裁調査官として採用されたばかりの調査官補を主人公に、家裁の中でも少年事件担当から家事事件担当への配置換えも行われる。そうした中で遭遇する様々な事案が描かれる。
これ読んでいると、家裁調査官が事件の背景をよりよく知るために外を歩き回る姿がよく描かれている。本作品を今読むと、朝ドラの世界もよりよく理解できるようになれるだろう。いいタイミングでいい作品に出会うことができた。
『負け逃げ』 [読書日記]
内容紹介【N市立図書館】
逃げたい、逃げなきゃ。でも、どこへ? 野口は、この村いちばんのヤリマンだ。けれど僕は、野口とセックスしたことがない―― 大型スーパーと国道沿いのラブホが夜を照らす小さな町で、息苦しさを抱えて暮らす高校生と大人たち。もはや人生詰んでるけど、この外でならば、なんとかなる、かも、しれない。あきらめと若さが交差する、疾走感に満ちたデビュー作。
引越し先の長岡で、ようやく公立図書館の利用者カードを作ることができた。東京の感覚でいたら閉館時刻が19時というのが早すぎて、しかも職場を出られるのが18時30分頃なので、どうしても平日の利用が難しく、なかなか図書館に行くことができなかった。なんとか時間を作ってようやく行ったら、利用者カードを作るには、市内で勤務していることを証明する勤務先の社員証ではダメで、現住所を示す書類の提示が必要だと言われた。公共料金の領収書でも、宅配便の送り状でもなんでもいいという。住民票を長岡に移していない僕には利用がしづらい図書館である。
4週連続で東京に戻っていた5月が終わり、6月の第2週から週末も長岡にとどまっている。週末にいられるようになったので、ようやくゆっくりと図書館に出かけて、利用者カードを作って本を借りることができた。まだ小説の棚がどのあたりなのか、土地勘もなかったので、誰かが返却したばかりで書架に戻されていない蔵書の中から、手頃なものを借りることにした。
今回ご紹介するのもそんな1冊である。初めての作家だが、そもそもがデビュー作らしい。プロフィール欄の好きな作家に重松清と窪美澄を挙げておられる。読んだ感想を言わせてもらえば、重松清というよりも窪美澄寄りの作風だなと思う。窪美澄はそれほど読んでいないが、主人公は若い女性で、しかもそのダークサイドの方をえぐり出すような作風で、読んでいてあまりいい印象を受けない。重松清はというと、たぶん舞台設定として地方の高校あたりを取り上げた作品は重松には多い気がするが、それほど重苦しい、S●Xが絡むような作品は重松はあまり書かないし…(例外もあるが)。
『笑う森』 [読書日記]
内容紹介【購入】
5歳の男児が神森で行方不明になった。同じ一週間、4人の男女も森に迷い込んでいた。拭えない罪を背負う彼らの真実と贖罪。
このブログの記事でもたびたび示唆している通り、僕は5月初旬に東京から長岡に生活拠点を移した。ただ、それ以前から始まっていた研修の実習が毎週末横浜で行われており、これに出るために5月は毎週末東京に戻り、長距離バスで横浜通いを続けた。こうソーシャルメディア上で書いていれば、本作品で出てくる拓馬のような「特定のプロ」だったら、僕の素性は一発でわかるに違いない(笑)。
幸い、横浜通いは先週で終了したので、週末の深夜バスで僕の姿を見かけることはもうあまりないと思う。今となっては笑い話で済ませられるが、横浜通いをしていた頃は、アサインメントをクリアするのに追いまくられて精神的に相当追い詰められていた。加えて、ふだん睡眠時間を削って深夜まで机にへばりついて作業していたので足腰が弱くなってもいたので、いつエコノミークラス症候群になるか心配でたまらなかった。そのくせ、5月で職場が切り替わったので、新しい健康保険証が手元に届いたのは5月20日過ぎだった。よく無事で過ごせたと思う。
さて、深夜のバスの車中では社内消灯で当然読書などはできないが、待ち時間でなら読書はできる。そのため、手が寂しいと感じた時は図書館で文庫小説を借りるか書店で新刊小説を購入してそれを旅のお供に携行するようなことも何度か行った。
荻原浩さんの新作を知ったのは、横浜通いの最後の週末だった。ふだんと違って金曜日には現地入りして実習を受けた後、週末を挟んで月曜日にも補習があったので、土日は東京の自宅で過ごした。
土曜の朝に自宅でグダグダしている状況なんて、本当に久しぶりだ。ゆっくり起きたわけではなかったが、早々に朝食を済ませてテレビで『王様のブランチ』を観た。そこで紹介されていたのが本作品で、しかも荻原さんへのインタビュー付きだった。
この5カ月間、そういう世の中の動き全般に疎かったので、全然知らなかった。ただ、わりと荻原作品は読んでいる方だったし、面白そうだったので、これも何かの縁だと思い、自宅周辺の書店で探してみて、なかったので週明けに横浜の有隣堂で見つけて1冊購入。読み始めたのは数日後であった。
『十の輪をくぐる』 [読書日記]
内容紹介【コミセン図書室】
認知症の母が呟いた家族の「秘密」とは。
スミダスポーツで働く泰介は、認知症を患う80歳の母・万津子を自宅で介護しながら、妻と、バレーボール部でエースとして活躍する高校2年生の娘とともに暮らしている。あるとき、万津子がテレビのオリンピック特集を見て「私は……東洋の魔女」「泰介には、秘密」と呟いた。泰介は、九州から東京へ出てきた母の過去を何も知らないことに気づく。51年前。紡績工場で女工として働いていた万津子は、19歳で三井鉱山の職員と結婚。夫の暴力と子育ての難しさに悩んでいたが、幼い息子が起こしたある事件をきっかけに、家や近隣での居場所を失う。そんな彼女が、故郷を捨て、上京したのはなぜだったのか。泰介は万津子の部屋で見つけた新聞記事を頼りに、母の「秘密」を探り始める。それは同時に、泰介が日頃感じている「生きづらさ」にもつながっていて──。1964年と2020年、二つの東京五輪の時代を生きる親子の姿を三代にわたって描いた感動作。いま最も注目を集める若手作家・辻堂ゆめによる圧巻の大河小説!!
先週、恒例の週末帰京を行った際、時間があったのでコミセン図書室で本を3冊借りた。その時は6月8日の週末も東京に戻るつもりでいたので、貸出期間2週間なら3冊読めると見込んだのだが、その帰京が不要となったため、どうしてもこの週末に返却してしまう必要が生じた。このため、コミセン図書室で借りた3冊どころか、市立図書館で借りた4冊も軒並み返却を今週中に済ませる必要が出て来て、僕は先週末に新潟に持って帰った本を、全部今回東京に持ち帰った。実際のところ、読み終えることができたのは2冊のみ。市立図書館で借りた4冊のうち、2冊は参考書なのでまあいいとして、5冊を1週間で返却しなければいけなくなった。結局読めたのはうち2冊のみ。残る3冊は泣く泣く返却した。
本作品は作家も初めてだし、あまり期待もせずに借りた。借りた理由は、主人公・泰介が僕自身の年齢と近く、かつ母・万津子の年齢もうちの母と近いと感じたからだ。万津子は51年前に尾張一宮の紡績工場に集団就職で来て勤めていたが、うちの母もお隣りの岐阜の紡績工場に勤めていた。中卒か高卒かの違いはあるが、登場人物の設定としてちょっと共感するところがあったのだと思う。
ただ、泰介の自己中心の傍若無人ぶりは、読んでいて嫌悪感がひどすぎてつらかった。3歳の頃の泰介も、58歳の現在の泰介も、どちらもそんな調子で、本編を通じてあまりいいキャラクターとしては描かれていない。「落ち着きがない」「人の話を聞かない」「言い出したら聞かない」等は僕も小さい頃には言われたことがあったが、普通は大人になっていけば気付くだろう。そこを還暦近くまで気付くこともなく過ごしてきてしまい、家族や職場の同僚を困惑させている姿は正直引く。
そういう、読みづらさをある程度覚悟して読む必要はあると思う。
それを差し引けば、読んでよかったと思える作品だった。自分の母の紡績工場での生活とか、たぶんそうだったんだろうというのが垣間見えた気もしたし、自分自身の子どもの頃ってこうやって毎日近所の子どもたちと連れ立って遊んでいたんだよなっというのを思い出すいい機会にもなった。
再読『チーム』 [読書日記]
箱根駅伝の出場を逃した大学のなかから、予選で好タイムを出した選手が選ばれる混成チーム「学連選抜」。究極のチームスポーツといわれる駅伝で、いわば“敗者の寄せ集め”の選抜メンバーは、何のために襷をつなぐのか。東京~箱根間往復217.9kmの勝負の行方は――選手たちの葛藤と激走を描ききったスポーツ小説の金字塔。【MT市立図書館】
池井戸潤の新作『俺たちの箱根駅伝』を読んだ後、デジャブ感が強かったので、同じく学連選抜チームの激闘を扱った堂場瞬一『チーム』を再読することにした。なお、本作品は2011年1月に一度読んでいる。学連選抜を主題としてとり上げる作品は『チーム』で1つの形が作られてしまったので、池井戸氏の最新作を知った時も、ちょっと二番煎じかなという危惧はしたし、どこで『チーム』との差別化を図るのかで頭をひねったのかも見どころではあった気がする。
『俺たちの箱根駅伝』をご紹介した際、「この波乱が起きるには、①学連チーム監督の采配と選手との適合性、②荒れた気象条件、③学連チームのチームとしての一体感の醸成、④他の有力校の抱える不安要素―――等々の要素が重ならないと難しい」と書いた。
『チーム』の方は、4位どころか優勝争いを描いているので、『俺たちの箱根駅伝』以上にハードルが高いが、『チーム』にも同じ要素はあったように思う。山上りや山下りのコースに適性がある選手が予選会敗退チームにいるかどうかはやはり大きな要素だろう。いずれの話でも、ブレーキになる区間もある。それはストーリー展開上必要不可欠な波乱だと言える。
『教養としての上級語彙』 [読書日記]
教養としての上級語彙―知的人生のための500語―(新潮選書)
- 作者: 宮崎哲弥
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2022/11/24
- メディア: Kindle版
内容紹介【MT市立図書館】
「さらば、ボキャ貧!」――文章の即戦力となる言葉の数々。
「矜恃」「席巻」「白眉」……ワンランク上の語彙を使いこなして表現をもっと豊かにしたい。そんな要望に応えるべく、博覧強記の評論家が中学生の頃より本や雑誌、新聞からメモしてきた「語彙ノート」の1万語から500余語を厳選。読むだけで言葉のレパートリーが拡がり、それらを駆使できるようになる異色の「文章読本」。索引は新潮社の本書ページでダウンロード可能。
僕が昨年末まで海外駐在生活を送っていた際、日本での毎日の報道の情報源はニッポン放送ポッドキャストにあった「飯田浩司のOK COZY UP」である。毎日異なるコメンテーターが登場して、その日の新聞朝刊の記事を中心にニュースに有識者としてコメントをされる。コメンテーターによって程度にばらつきはあるけれど、上から目線でコメントする嫌~なコメンテーターもいる。
実は本書の筆者もこのラジオ番組のレギュラーコメンテーターの1人で、2週間に1回程度の頻度で出演されている。他にもっと上から目線での物言いをするコメンテーターもいるので、宮崎氏のコメントが鼻につくという印象は、この番組を聴き続けるうちに徐々に薄れていった気がする。それでも、どちらかというとあまり印象の良くない方のコメンテーターの1人である。(あくまで主観ですので…。)
その宮崎氏が、2022年秋頃にこの本のことを盛んに番組出演の時に語っておられた。いつもシニカルなコメントをされる著者のこと、「上級語彙」というタイトルも刺激的で、「おまえらどうせ知らないだろうけど、上級国民はこういう語彙を使いこなせるんだよ」と訴えかけてきているように感じていた。
そのうち読もうと思っていたけれど、遅くなったのは著者に対する僕の印象論が素直に食指を伸ばすのを邪魔したからである。あと1週間で僕も国内で引越しして、しばらくは近所の市立図書館を利用することができなくなる。長らく「読みたい本」リストに挙げてあった本は少しぐらい読んでおこうと思い、何冊かをリストアップして図書館の貸出予約に登録した。その中で比較的早く順番が回って来たのが本書で、他の本はひどいもので27人待ちというのもあったりして、予約を断念したものが多い。
『アレの名前を言えますか?』 [読書日記]
アレの名前を言えますか?: 日本人が知らない《呼び名》400! (KAWADE夢文庫)
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2021/02/11
- メディア: 文庫
内容紹介【MT市立図書館】
レジでお金を置く「トレー」の正式名称は? 上野の西郷さんが連れている犬の名前は? パブロ・ピカソの本名は……? 知ってそうでじつは意外と知らない名前と、その驚きのルーツに迫る!
「アレ(ARE)」が去年のバズワードになったので、便乗商法かと思ったがさにあらず。本書は刊行が2021年2月で、「アレ」が流行りだすより前だった。
本書も他の本を借りるのに市立図書館に行った際、予約してあった本を借りるのの「チョイ足し」で借りた文庫本だった。図書館の蔵書はたいていの場合は背表紙に貼られたラベルで検索するか、あるいはそこにある本のタイトルと著者を見て借りることになるのだが、本書はなぜだか表紙を前面にして、少し後ろ倒しにして立てかけてあった。(こうした蔵書展示の仕方にも何か決まった名称があるのだろうか。それこそ「アレ」だ。)
文庫本なのに、1頁二段組みになっていて、1つの項目には一段と1/3、つまり見開き2頁で3つの名称が紹介されている。しかも、五十音順には列挙されていないため、事典の索引として利用することは難しい。あくまでも読み物で、記憶力の落ちたオジサンにとっては、読むしなからどんどん抜け落ちて行く、ざるで水をすくっているような感覚にとらわれた。
読み物としては面白かったが、こういう本をどう紹介したらいいのかちょっと悩ましい。現在自分が置かれた状況を考えると、いちばん身につまされた言葉は「獲得的セルフ・ハンディキャッピング」だろう。「大事な用事があるとき、つい別のことをやっちゃう」ことを指す。これ、メチャメチャわかる。やらねばならないことははっきりしているのに、ダラダラと着手するのを先延ばしにして、他のしょうもないことを先に片付けようとしてしまうのである。別の言い方をすると、「現実逃避」とも言える。
そんな、ふだん僕らがよく見かけるけれども正式名称がわからないという名前のオンパレードだが、本書はそれだけで構成されているわけではなく、第4章以降は、有名人のこぼれ話とか、俗語・慣用句の由来とか、逆に僕らがよく知っているイベントや商品名、食品名、料理名等の由来とか、社名の由来とかになっていく。もはや本のタイトルからは大きく逸脱しているが、まあそれはご愛敬ということで。
タグ:河出書房新社