『羆嵐』 [読書日記]
内容紹介【MT市立図書館】
北海道天塩山麓の開拓村を突然恐怖の渦に巻込んだ一頭の羆の出現!日本獣害史上最大の惨事は大正4年12月に起った。冬眠の時期を逸した羆が、わずか2日間に6人の男女を殺害したのである。鮮血に染まる雪、羆を潜める闇、人骨を齧る不気味な音……。自然の猛威の前で、なす術のない人間たちと、ただ一人沈着に羆と対決する老練な猟師の姿を浮彫りにする、ドキュメンタリー長編。
読了の順番は前後するけれど、妻の名前で借りた本は早めに返却した方がいいと思うので、先に書いておく。
日本における史上最悪の獣害といわれる「三毛別羆事件」を扱ったドキュメンタリー小説。昨年の海外駐在時代、テレビとは無縁の生活を送っていた僕の癒しはYouTubeであった。その中の1つに、北海道の廃道・酷道・廃墟探索をテーマで動画配信されている方のサイトがあり、そこで昨年、三毛別羆事件の舞台を車で走るというものがあった。
小学生時代によく学校の体育館や公民館で開かれていた教育映画の上映会で、夜囲炉裏を囲んでいたところをクマに襲われるシーンがあったと記憶している。いきなり壁板をぶち破って入って来るクマの姿が強烈だったので、三毛別の動画を見た時、もしかしたらこの羆事件絡みの映画だったのかなとも思った。でも、調べてみるとやはりわからない。
別に調べたからといってその映画がまた見てみたいと思ったわけではないのだけれど、小学生時代まではよく開かれていた映画上映会も、今はどうなっちゃったのかなと少し寂しい気持ちには駆られる。
三毛別の件は自分の中ではそれでおわっていたのだけれど、先週たまたま妻と2人で市立図書館を訪ねた際、僕は図書館カードを携行しておらず借りる気はなかったのだけれど、貸出図書の返却ラックにたまたま『羆嵐』の表紙を見かけた。単なる偶然だったのだが、これも何かの縁かもしれないと思い、妻の図書館カードで借りることにした。
実は、吉村昭の作品を読むのはこれが初めてである。ジャンルとしては歴史小説だが、近現代を扱うものが多いから、史実を描いているウェートが相当大きく、よりきめ細かな主題も扱えるのではないかと思ってはいた。元々作品数が多いからなのか、それとも作者が三鷹で暮らしておられたからなのか、どちらが理由かわからないが、近所の図書館や図書室に行くと、吉村作品を射かけることが非常に多い。
それでも手を出してこなかったのは、作品のボリュームにあったと思う。結構分厚いので、興味があっても手が出しづらい。相当なディテールまで描き、かつ登場人物の心の動きまで克明に描くので、自ずとボリューミーな作品が多くなるのではないかと思う。
そんな中でも『羆嵐』にスッと手が伸びたのは、僕がこれまで見てきた吉村作品の中では、260頁の文庫本というのは最も薄いというのもたぶんにあったと思う。
本作品に関しては、「あれは小説だから」という声をたまに見かける。中世や近世を扱った歴史小説では史実がわからない空白が相当多いから、そこの穴埋めを作家のイマジネーションで行っていると僕らも割り切っているが、比較的史料が多い近現代を扱うと、作家のイマジネーションで補う余地が限られていて、描きようによっては当事者の子孫から「そこはそうじゃない」と言われてしまう可能性もあるのではないかと思う。小説家も大変だなと思う。
僕のような読者は、ディテールの正確性よりも、出来事の概略さえわかれば歴史小説はOKだととらえているので、『羆嵐』という作品は好意的に受け止めている。たぶん、今後もちょくちょく吉村作品は読んでいくと思う。
【追記】
1月17日に第170回 芥川賞・直木賞の受賞作が発表された。万城目学『八月の御所グラウンド』は読んだ直後だったし、河崎秋子『ともぐい』は未だ読んでないけれど、舞台が明治後期の北海道で、登場人物は猟師で、しかも熊との死闘もシーンとして出て来るらしい。なんたる偶然!
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