『夜叉の都』 [伊東潤]
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2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の世界を描く!武士の府は、誰にも渡さない――頼朝亡き後、弟・義時とともに次々と政敵を滅ぼしていく北条政子。鬼となって幕府を守り抜いた「尼将軍」を描く、圧巻の歴史巨編!
1月にご紹介した『修羅の都』の続編である。『修羅の都』の方は、頼朝と政子、それに義時のそれぞれが主人公という感じで描かれていたが、源頼朝は劇中亡くなっていて、『夜叉の都』は、残った政子の視点から一貫して描かれた作品となっている。前作において、頼朝が亡くなって長子・源頼家が将軍に就任するシーンから、承久の乱の幕府軍出陣のシーンまでが一気に飛んでいたが、『夜叉の都』はまさにその時間的なギャップを埋める作品となっている。
但し、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の世界をよく知りたくてこの時代を取り上げた歴史小説を読もうと考えている人にとっては、この伊東潤の2作品が、お勧めできるのかどうか少し悩ましい。『修羅の都』では、自分にとっての脅威となりそうな人物を先手を取ってどんどん消していく司令塔役を頼朝が、その実行部隊を北条義時が担っていた。頼朝の死後、性格や行動が瓜二つで、将軍没後自分自身が頼朝に代わって武家の世を築くと義時が誓うシーンがあったが、『夜叉の都』はまさにその後の義時の先手必勝策が次々繰り出され、幕府創立時の頼朝近臣たちが次々と退場させられていく。
「退場」という言葉を使ったが、もっとありていに言えば陰謀に蟄居謹慎、暗殺、毒殺等が次から次へと行われる。小栗旬さんがどう義時を演じるのかわからないが、本作品を読んだら、大河ドラマでの北条義時に対する見方が、ものすごく変わってしまうことが予想される。読後感は決して良くない。読む人は心して読むべきだ。
小説なので、作家の想像がかなり加えられているのだろうと思うが、実際のところ頼朝時代の中心が次々と退場させられて、残ったのが政子・義時の姉弟に絞られてしまうわけで、大なり小なりこれに近い行為が、生き残った2人の周辺から繰り出されていたのに違いない。
こんな時代に御家人やってるのも大変だったのだろう。人がいいだけでは世の中渡っていけず、あらぬ嫌疑や濡れ衣を着せられて惨殺されるリスクだってあるし、領地を貰って開墾に精を出していても、朝廷から派遣されてくる国司との対立にも晒される。親にだって気を許してはいけないし、我が子にだって足元をすくわれかねない。これ読んでたら、とんでもない時代だと思えてくる。
同じ平安末期から鎌倉初期の作品なので、先月から五木寛之『親鸞』のシリーズも読みはじめた。そして再び伊東作品に戻った今回、あらためて気付いたのは、伊東作品の登場人物は幕府と朝廷の関係者のみで、この殺伐とした時代を庶民がどう捉え、どう生きていたのかは、ほとんど描かれていないということだった。日本史の教科書等でも描かれている政治史的なものの復習と、その断片的な出来事の数々の間の穴埋めは伊東作品を読めばひと通りできるかもしれないが、当時の庶民の暮らしは別の作品を読んで、バランスを取ることを心掛けた方がいい。
なお、本作品の主人公は北条政子なのだが、僕らが昔大河ドラマ『草燃える』で岩下志麻さんが演じておられた「尼将軍」のイメージとはだいぶ違う気がした。頼朝との間で子宝にも恵まれたが、その子どもたちが大人たちの都合に翻弄されて成長過程で性格すら一変させていき、母親としてどうにもならない状況に苦悩する姿が作品中では頻繁に描かれる。結果的に我が子どころか孫よりも長生きすることになってしまい、母親としての苦悩はいかばかりかと思われる。愛する夫と夢見た武家の都を守り抜くために、最後の最後に「夜叉」になる覚悟を決める――そんな描き方がされていた。
なお、423頁という大部な作品だが、5日(土)の大雪による停電多発の中、寒さに震えながら気晴らしに読み進めた。
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