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『冬物語』 [南木佳士]

冬物語 (文春文庫)

冬物語 (文春文庫)

  • 作者: 南木 佳士
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2002/01
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
冬になるとワカサギ釣りに熱中していた時期があった。シーズンが始まったばかりの頃、氷が割れて湖に落ちかけたことがある。それを救ってくれたのが、釣り名人の園田かよさんだった―。表題作の「冬物語」をはじめ、人生の喜びと悲しみを温かな視線で切りとって見せた、珠玉の短篇12篇をおさめる。
久々に南木佳士作品を読んでみることにした。260頁ほどのボリュームで収録されている短編が12もあるということは、1篇当たり20頁前後で、あっという間に読み終われる。その上、殆どの作品で死が絡む。『冬物語』というのは収録短編のタイトルでもあるが、静けさと優しさに包まれた作品ばかりで、全体のトーンとしても「秋」から「冬」が連想される。時々「夏」の光景も描かれているが、あまり暑さを感じさせない描き方だ。

南木作品を読むと舞台が佐久や軽井沢であることが多く、しかも著者が参加したカンボジア難民キャンプでの医療活動とか、著者が実際に関わっている癌患者を対象とした終末期医療の話とかが非常に多いので、どの作品にも読んでいてデジャブーに襲われることがあった。

どの作品もいい。アマゾンの書評とかでは、「冬物語」や「急須」の評価が高いようだが、個人的には「晩秋」の最後の数頁は僕にしては珍しく涙を流しながら読んだ。

この作品は、浅間山の向こう側にある群馬の山村の実家と特養ホームとの間を行ったり来たりしている寝たきりの父の面倒を見ていた義母が、骨折して介護に支障が出たために息子一家がひと冬だけ父を引き取りに向かう話なのだが、そこに息子の回想シーンが出て来る。内科医である息子が10年前に軽井沢の町立病院に出向していた頃、一度だけ父が自宅に泊まりに来た時の話だ。因みにその頃はまだ父は杖歩行ができた。

深夜1時に病院から呼び出し電話があり、末期の肺癌で入院中だった身寄りのない調理師の男性の容体が悪化して間もなく息を引き取るという連絡だ。息子は患者の最期を看取った。
 家にもどったのは午前3時半だった。妻と子供たちは眠っていたが、父は暗闇の中で肩に毛布をかけ、上半身を起こして腕を組んでいた。
「終わったのか」
 おまえも哀しげな仕事をしているんだな。
 そんなふうに言いたそうな、慈愛と悲哀の混じり合った口調だった。医者になってから、病人である父にいたわりの言葉をかけられたのはこのときが最初で最後だった。
「ああ、終わったよ」
 子供たちを起こさないように小さく返事して蒲団をかぶった。
 冷え切ってしまった手をパジャマの股ぐらに挟んで膝を抱えたのだが、死者の残した底知れない冷感はいつまで経ってもほぐれてくれなかった。(p.81)
父と子との間にある特別な空間を感じさせる短い記述だが、情景が頭の中で容易にイメージでき、このシーンだけでちょっと泣けてきた。

そして最後のシーン。父の実家から息子一家が父を引き取るシーン。
 近所の老人たちが数人手伝いに来てくれていたが、妻を含めて誰もが無言で移送の作業を開始していた。オムツを替え、車椅子に乗せ、二階の出入り口から駐車場に出して、車の後部座席に妻と2人で抱えて入れた。
「思ってたよりずっと重いわ」
 足腰のあまり頑丈でない妻が、しみじみと腰を伸ばしたとき、にわかに重暗くなってきた浅間山の方から小雪が舞ってきた。
「雪になりそうだよ」
 ドアを閉める前に父に語りかけると、途方に暮れた目でふり返り、義母の姿を見つけて声をあげて泣きだした。
 狭い谷間に、深手を負った野性動物の断末魔を思わせるような父の泣き声が反響した。その短い咆哮はすぐに小雪にまぎれ、晩秋の澄んだ青が初冬の冷え切った鉛色に侵食されつつある空に流れていった。(p.84)
自分が寝たきりになって、介護してくれていた妻の下をどうしても離れなければならなくない状況になったら、僕もこのように妻を求めて泣くのだろうか。多分そうだろうと考えると、このシーンはとても他人事とは思えなくなった。
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