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『風待ちのひと』 [読書日記]

風待ちのひと (ポプラ文庫)

風待ちのひと (ポプラ文庫)

  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2018/03/02
  • メディア: Kindle版
内容紹介
“心の風邪”で休職中の39歳のエリートサラリーマン・哲司は、亡くなった母が最後に住んでいた美しい港町、美鷲を訪れる。哲司はそこで偶然知り合った喜美子に、母親の遺品の整理を手伝ってもらうことに。疲れ果てていた哲司は、彼女の優しさや町の人たちの温かさに触れるにつれ、徐々に心を癒していく。喜美子は哲司と同い年で、かつて息子と夫を相次いで亡くしていた。癒えぬ悲しみを抱えたまま、明るく振舞う喜美子だったが、哲司と接することで、次第に自分の思いや諦めていたことに気づいていく。少しずつ距離を縮め、次第にふたりはひかれ合うが、哲司には東京に残してきた妻子がいた――。人生の休息の季節と再生へのみちのりを鮮やかに描いた、伊吹有喜デビュー作。
【購入(キンドル)】
この1週間、ちょっとした空き時間を使って、紀伊半島絡みの動画を2本続けて見た。1本目はYouTuberスーツさんの旅行チャンネルで、紀伊半島1週の旅を取り上げておられた。この1年、スーツ旅行チャンネルは楽しく拝見している。続いて紀伊半島の「酷道」をドライブするというYouTuberの動画を見た。「日本三大酷道」の1つである国道425号線を、終点から起点まで逆にたどるという動画で、その目的地が三重県尾鷲市だった。

前回吉田修一『ミス・サンシャイン』を取り上げた後、次に何読もうかと物色していたところ、そういえば伊吹有喜さんは新作出していないのかと気になり、アマゾンで調べてみた。でも、結局は新作ではなく、見つけた未読作品は彼女のデビュー作で、しかも舞台が三重県南部だった。YouTube動画を立て続けに2本見た直後だったし、なんとなく、「これ読めよ」と言われているような気がして、それでダウンロードした。

ごくたまにではあるが、僕は数年に1回、小説の再読をしている。近年のケースで言えば、恩田陸『夜のピクニック』や吉田修一『横道世之介』、重松清の『卒業』や『その日のまえに』である。一期一会、一回読んだらおしまいというのではない。初読で読了した直後にはそんな予感など露ほどもないのに、数年経過すると、何かの拍子に作品を思い出し、無性に読みたくなることがあるのだ。

初読で作品を読了した直後に、「これはまたすぐ読むだろうな」と予感を抱くようなことは今までまったくなかった。ところが、この伊吹有喜さんのデビュー作は、読んでる最中から、そんな予感がプンプン漂っていた。

僕は年齢的にアラフォーをとっくの昔に通り過ぎてしまったが、自分が主人公の2人と同じ39歳だった19年前を振り返ってみると、仕事の上で置かれた状況が哲司と酷似していたことに気付かされた。僕は共稼ぎでこんなにバリキャリの女性をお嫁さんにはもらわず、比較の対象が身近にいたわけではないから、ここまで追い込まれたりは幸いしなかったものの、「こんなのできて当たり前でしょ」という価値観の女性が家庭内にいたら、息が抜けなくて大変だったに違いない。男性エリート銀行マンはこうじゃなきゃいけないとか、外資系証券会社に勤める自分はこうでなきゃいけないとか、子どもは中学受験で勝ち組にいなきゃいけないとか、家族はこうでなきゃいけないとか…。そういう型にいちいちはめる相手だと、そりゃきついよなぁ。そんな同情の念が哲司に対してはあり、どうか救われて欲しい、生きる喜びを知って欲しいと願いつつ、ページをめくり続けた感じだった。

一方の、喜美子の方は、1回読んだだけではちょっと理解しにくいキャラだった。夏の間だけしか美鷲の町にはいないということだが、他の時期はどこで何をやっているのかが描かれていたという記憶がない。だから、この女性の全体像がこの作品を読んでいて今一つ掴めなかった。おそらく、そうした自分の理解不足が読んでいる途中からわかってきたので、もう一度読み直さなきゃねという気持ちになっていたのだと思う。

加えて、上記の内容紹介では触れられていないが、2人の主人公をつなぎ合わせる重要な役割をピアノ音楽が担っていて、グレン・グールドとか『椿姫』とか『蝶々夫人』とかが出てくるわけだけど、そのあたりは僕はまったく聴いたことがないので、味わい方が中途半端になってしまったところがある。わからずに読んでいたので、もうちょっとピアノ音楽を聴いてからでないと、この作品の本当の良さは味わえないのではないか。それがわかれば、表層的なアラフォー男女の出逢いのストーリーではなく、もっと違った作品の味わい方も見えてくるような気がする。

2人のYouTuberさんの動画を見て、尾鷲周辺の入り江の風景とか、山中を抜ける国道42号線の矢ノ川峠当たりの景色とかを知ると、なんだか魅力的な土地だなと感じる。たぶんこのあたりなんだろうなという、作品の舞台も想像できたが、JR紀勢本線の最寄り駅もあるのに、なんで国道のドライブインや長距離バスを使っているのかは謎だった。これも、読み直して確認せねばと思ったポイントであった。

わりと褒めながら作品を紹介してきたわけだが、これがブログ読者の皆さんにもあまねくお薦めできるかはわからない。ただ、相応に年齢を重ねてきた40代や50代の読者には受け入れられやすい作品だと思う。こういう読後に優しい気持ちになれる小説っていいですよね。作品発表から13年も経過しているけれど、いい作品に出会えたと思う。

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