『未来政府』 [仕事の小ネタ]
内容紹介
今の政府は、40年前のOSで動いているコンピュータのようなものだ。遅くて、処理できる問題の範囲もせまい。こんなに世界がつながっているのに、誰も政府とつながろうとは思わない。では、どうするか。シリコンバレーを擁するカリフォルニア州の副知事であり、自らも起業家としてビジネスを手がける著者が、起業のビジョナリーたちとの対話を通じて、未来の政府の姿を描く。
少し前に、稲継裕昭編著『シビックテック』をご紹介したが、そこからの派生で、次に読んでみたいとして挙げていたのが本書であった。そもそも『シビックテック』の編著者がこのテーマを追いかけるきっかけになったのが、大学サバティカルで訪れていた米国カリフォルニア州オークランド市で、たまたま本書と出会って感銘を受けたからで、そこから知り合いの編集者に本書の訳本刊行を持ちかけたという経緯があるらしい。
本書のことは、『シビックテック』の中でも随分語られているので、編著者が非常に役に立ったという「クライムスポッティング」と同様の、アプリを通じた行政サービス開発の事例が沢山出てくるのかと期待に胸を膨らませて読み始めた。確かにオークランドの「クライムスポッティング」の誕生ストーリーは詳述されているが、本書はお役所仕事の変革というよりも、テクノロジーによって市民の政治への参加が進んで行く姿を描いた本で、政治への参加意識の醸成に役立つアプリのケースは結構豊富かつ具体的だが、行政サービスへの参画という点では、それほど多くの具体例があるとは思えなかった。
本書も図書館で借りて読み始めたが、さすがに読んでみて、本書は参考にこそなれ、実際に購入して座右にまで置いておきたいとは思えなかった。
以上でだいたいの本書の雰囲気は述べてしまったので、2カ所だけ付箋を付けた箇所を挙げさせてもらう。
◆市民がやった方がいい
「建国の父たちの時代に戻れば、政府が非常に小さかったことに気づくでしょう。そこはボランティアの消防隊、相互保険会社、会員制図書館の世界です。しかhし今では政府がその種の仕事をするようになっています」と、ティム・オライリーは言う。「むしろそれらは、私たちがお互いのためにするべき仕事ですよ」。この数十年間で、私たちはそうした考え方からずいぶんと遠くに離れてしまった。この風潮は転換させた方が賢明だ。
「市民が自らやった方が(政府より)うまくできることを調べあげてみるべきでしょう」と、オライリーは続ける。「(一般の人々がアプリを作り、最後はアップルがそれを売る)アイフォーンの例にならって、政府の仕事を大幅に市民の手に委ねるには、政府が何をすればいいのかを考えるのです」。どのようにすれば―――アプリやウェブサイト、SNSなどを通じて―――市民がより大きな当地の役割を担うことが可能になるだろうか?
1つ大胆な考え方を示そう。これを実現させるのは、おそらく私たち政府側の人間ではないのだ。政府がそれを可能にしてくれることなど待たず、市民がその力を単純に奪還すべきなのだ。いくつかの点で、そのプロセスはすでに始まっている。(pp.282-283)
◆ディスインターメディエート
テクノロジーは私たちが「ディスインターメディエート」することを可能にする。長ったらしい単語だが、私はこの言葉がとても好きだ。ディスインターメディエートするとは、要するに仲介者を排除するということ。テクノロジーはエンドユーザーに力を与え、粘土の層を突破させてくれる。今日の政府に巣くう「以前からのやり方」「標準的な手順」「9時から5時までの精神」といったものを打破できるようになる。テクノロジーは私たちに柔軟性をもたらし、協働したり適応したりすることを――そして組織図を捨て去り、新たな水平思考を取りいれることを――可能にするのである。
大づかみな言い方をしたが、実際のところ、私は何を言わんとしているのか? 政府が問題を解決してくれないかと不平ばかり漏らしていないで、市民が自ら組織化してそれに当たれということだ。(中略)
私たちが教わってきた昔ながらの政府との関わり方(投票したり、手紙を書いたり、議員に電話したりすること)では、もはや不十分なのだ。今こそその鋳型を完全に打ちこわし、テクノロジーの助けを借りたピアツーピア(接続されたコンピュータ間に上下関係が存在しないネットワークの形態)の新たな問題解決法を採用しよう。(pp.292-293)
この辺まで引用すれば、さらに論調の全体像がかなり想像できるだろう。行政はデータをどんどんオープン化して、それを活用して住民生活の利便性を向上させる仕組みは、シビックテックが住民と協働して作っていこうということなのだ。
ただ、本書は、サンフランシスコ市長としての著者の実績を喧伝するために書かれたものではない。実際に市長として著者がサンフランシスコで挙げた実績は、実はあまり書かれていないし、特に一期目の実績については、このラインで何をなさったのかは書かれていない。
また、著者もそうだし、監訳者の巻末解説もそうだが、サンフランシスコのジェントリフィケーションの問題については、切り込み方がかなり曖昧で詳述を避けているような印象も受ける。ホームレスが減らないのは、サンフランシスコ郊外からシリコンバレーまでの間に集積するIT産業のエンジニアが市内居住して家賃を釣り上げているからで、ホームレスとして滞留しているのは、元々その街区に住んでいた人々ではないのだろうか。だから、こういう形でプラットフォーム民主主義だ、市民の政治への参加だというのは聞こえがいいが、それが巡り巡ってホームレス滞留の問題にもつながっているのだという分析は本書にはない。
とはいえ、ローカルシビックテックを活用した市民の側からの政治や行政への働きかけというのは、僕たちの仕事においても欠けている重要な視点だと気付かされる。いっそのこと、我が社もCTO(首席技術官)とか、CIO(首席情報官)とか、CDO(首席データ担当官)といった、データやテクノロジーのことがわかる人を民間から招聘して、やっている仕事を抜本的に見直してみたらどうだろうかと思ってしまった。
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