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インドの「でんじろう先生」 [インド]

昔、ネパールで青年海外協力隊の理数科教師隊員の任地を訪ねたことがある。その隊員の任地の学校も訪問させていただいたが、その中学校の校長先生から、「理科の実験器具を充実させたいので協力してほしい」と要請された。それを聞いていたこの隊員は、「実験器具を入れても維持管理がちゃんとできないんですよね」とこぼしていた。

ネパールに限らず、殆どの開発途上国の農村部の学校では、理科実験を実演することも自分達で実験して確かめることもままならず、教科書をただただ読んで書かれていることを覚えていくしかないというのが実情である。またたとえ学校に実験室のようなものがあったとしても、実験器具は維持管理が難しい。試験管やビーカー、フラスコ等は実験をやれば多少の「歩留まり」は発生するので、ちゃんと破損したものを補充できる予算や調達チャンネルを確保しておかねばならない。またそれ以前に、そもそも教師自身が実験をやって知識を身に付けたわけじゃないので、器具の正しい使い方を知らない。だから余計に歩留まりが大きい。

どうすればいいのだろうか―――。

そこで閃いたのは、理科の実験だけをやる専門にやるプロのNGOを設立し、希望する学校を巡回することだった。器具の扱いも実演の仕方も、生徒への指導の仕方も心得たプロにやってもらうのが一番確実だと思った。学校側も理科室や器具収納スペースを確保する必要はなく、先生も楽だ。しかし、このアイデアにも1つ課題があった。このNGOの事業運営費用の回収をどのようにやればいいのかということだ。僕は学校から手数料として取ればいいのではないかと思っていたが、当時のネパールの公立学校の場合、学校に配分される予算の9割以上は教師に対する給料といった人件費で消えていた。それに、実験をやる意義自体がちゃんと理解できていない校長先生や他の教師が、手数料をわざわざ払っても巡回理科実験NGOを招聘してくれるとも思えない。

そこで僕の構想はとん挫した。

ところが、同じようなコンセプトながら費用回収の課題を見事に克服して大規模に巡回理科実験を展開している団体がインドにはあった。バンガロールを拠点にカルナタカ州やアンドラプラデシュ州で活動しているアガスティア財団(Agastya International Foundation)である。

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《移動式実験実演車》

アガスティア財団の移動式実験実演車(モバイル・ラボ)は、この1台だけで約50の実験実演が可能らしい。こうしたバンが利用可能なのはカルナタカやアンドラプラデシュが緩やかな丘陵地帯で車両での移動が比較的容易だからというのがあるが、今やこのモバイル・ラボは世界最大の移動教育だと言われている。

この構想を推進するのはラムジ・ラガヴァン(Ramji Raghavan)さん。モバイル・ラボは、その優れたモデルが国際的にも評価され、ICTと開発では世界をリードする研究機関であるマサチューセッツ工科大学(MIT)のメディア・ラボやクリントン元大統領が主宰するクリントン・グローバル・イニシアチブから活動助成を受けている。ラガヴァンさんは元々米国で働いていた時に米英の投資銀行とも交友があり、多くの資金を調達、今もバンガロール証券取引所の社長等を味方につけ、さらに事業拡大を考えているそうだ。

次の地平は、各県に1ヵ所サイエンス・センターを作ることだという。そうした拠点に4、5台のモバイル・ラボを配置できれば、県内全ての学校で理科の実験実演が可能になるとみている。現在、アガスティア財団が保有するモバイル・ラボは34台。まだまだ事業拡大の余地は大きい。

今や優れたアイデアを持つ人が民間投資家を味方につけて開発事業を展開できる時代になってきたのだなとつくづく感じさせられるお話である。だが、インドならともかく、ネパールの中山間地で理科教育を普及させるためにはどうしたらいいのだろうか。まだまだ思案の日々である。

【参考記事】
"Wheel Power" India Today, July 27,2009, pp.46-47
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