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『インド 厄介な経済大国』 [読書日記]

インド 厄介な経済大国

インド 厄介な経済大国

  • 作者: エドワード・ルース
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2008/10/16
  • メディア: 単行本
内容紹介
 インダス文明の流れを汲むスピリチュアルなインドと、ITをテコに経済的な離陸を果たし、経済大国に向かって突き進むインド。インドを贔屓する外国人は大抵、インドのもつ精神性に惹かれ、とことん嵌ってしまう。だが、世界最大の貧困人口を抱え、その社会はカーストと宗教に引き裂かれた、矛盾に満ちた国家がインドである。
 本書は、旧宗主国である英国のジャーナリストがインド社会の奥深くに入り込み、政治、経済、社会のありのままの姿を描いたルポルタージュ。
 サービス部門から経済成長がはじまった特異な経済、非効率で汚職が蔓延する役所や裁判所、選挙を左右する下位カーストのパワー、イスラム原理主義と鋭く対決するヒンドゥー原理主義の素顔、いまなお隠然たる力を誇るネルー・ガンジー王朝など、インド社会の不変な部分と変わりゆく部分を手厳しく、かつ温かに描いている。著者は、米中にインドを加えた3国が世界を動かす時代がやってくると予想し、そのためにインドが克服すべき課題も挙げている。

本文だけで460頁。こういう本は長旅のお供に丁度良いと考え、一時帰国の旅の途中で読み込んだ。JALの夜行便の機内では睡魔を誘う読み物として、そして成田で中部新空港行きのフライトに乗り継ぐ間の待ち時間も、やはり空港ロビーのベンチで横になりつつ睡眠誘発剤として、黙々と読んだ。1時間60頁のペースとして約8時間は必要な大書であり、結局実家に辿り着いてからも空いた時間を見つけてはコツコツ読み、帰国2日目にしてようやく読了した。
元々本書は読み終わったらそのまま日本に置いておくつもりだったのだが、やっぱりデリーに持って帰ろうかという気持ちが強くなった。それくらい参考になる本だった。

おそらく、「インド入門」としては最もバランスが良い1冊だと思う。急速な経済発展を遂げるインドにスポットを当てた本は日本では非常に多いが、こういう、政治的背景や宗教・文化等も絡めてインドの開発課題に切り込んでいる本には最近お目にかかることが少ない。表層的にインドの上っ面だけをなめて終わって「これからはインドの時代」と言っているのに比べれば、現地駐在を5年やり、奥様もインド人というジャーナリストの視点は非常に広く深い。大書だがお薦めの1冊である。

ここ1年ほど、僕は総人口の7割が今も居住する農村部が、不可逆的に進む市場経済化の流れの中で地域社会の機能を維持しつつ発展していけるかが課題だとずっと考えてきた。そこでは、都市部と農村部を完全に二分化して農村部だけに注目するという手法を取っていた。でも、本書を読んでみてはっきりと認識したのは、農村がこれから直面していくであろう問題は、農村だけでは解決困難なのではないかということだった。それを端的に示唆するのが下記の記述だ。
平均的な所有地は半エーカーほどで、何とか家族を養える程度でしかなく、市場で売るほどの余裕はない。息子たちの間で土地が分けられるので、世代が代わるごとに1人あたりの土地はどんどん小さくなる。常識で考えてみても、そんな小さな土地では、将来人口がますます増えていく農村で豊かな生活を夢見ることはもちろん、安定した結婚生活さえ、ほとんど期待できない。都市部への大規模な移住により、自発的な売却で土地を整理統合していかない限り、所有地の分割が続いて状況は悪くなる一方だ。(p.65)

(ラジャスタンの農村で集まってもらった地元の男性達から、彼らの生活ぶりを聞いてみたところ)ずっと村に残っていたという者はほとんどいない。農業だけでは暮らしていけないからだ。男たちが村を離れている間は、女性と子どもが牛の世話をし、小さな農地を守っている。しかし、町に出ても安定した職を見つけるのはかなり難しい。町での就職は、雇用条件にしても収入面にしても、土地を束なして完全に移住する決断を下せるほど十分なものではないのだ。(中略)多くの村の男性たちは、必然的にわずかばかりの土地にしがみつく。最大の保険を手放すわけにはいかないからだ。(p.66)
従って、農村の問題は都市との関連で考えていく必要がある。著者も述べている。「どれだけ速いスピードでインドが貧困を撲滅できるかを決めるのは、農民のためによりよい経済環境を確立し、製造業やサービス業での雇用の創設を達成できるかどうかだろう。」(p.435)

他にも「目からウロコ」だったり、「あれはそういうことだったのか」とインドの事情について理解が深まったところはあった。詳述はしないが、備忘録として項目だけ挙げておく。
◆先の下院選挙で大敗したRJDのラルー・プラサド元鉄道相の背景
◆最近時々耳にする、「アルーナ・ロイ女史」とは何者か
◆アルーナ・ロイ女史とジーン・ドレーズ教授と全国雇用保障法(NREGA)の関係
◆T.N.ニナンの「1パーセント社会」
◆労働組合が貧困層ではなく自分達の利益の代弁者となっており、既得権益集団となっていること

いろいろある中で、日本人としてちょっと嬉しい記述が2箇所ある。日本の援助によって整備が進んでいるデリー地下鉄に関する記述である。
シェイラ・ディクシット(デリー州首相)が抱える問題は、インドで国家を改革することがいかにむずかしいかを示している。だが、たとえニューデリーであっても、改革は不可能なことではない。2004年3月、ニューデリー・メトロの最初の18kmの区間が開通した。ほとんどが地下を通る鉄道で、2015年の完成時には225の駅がインドの巨大な首都のほぼ全域をカバーする。このような交通インフラの飛躍的発展は都市を様変わりさせる。2006年までに50近い駅をつくる計画は、これまでのところは予定より早く工事が進み、鉄道自体は清潔で、効率的で、時間も正確だ。インドの他の地域では、インフラ整備計画はのろく、汚職が横行し、粗雑なことが多いが、ニューデリー・メトロはそれとは対照的だ。官民の提携によるもので、日本とドイツがソフトローンで一部資金提供し、日常的な政府の介入を受けることなく管理されている。ディクシットはこの公営企業が運営上の独立を保つようにあらゆる努力をしてきた。(p.276)

インドには新しいテクノロジーを利用して飛躍的に発展した分野が数多くある。今のうちによりクリーンで、より効率的な都市部の輸送システムの導入計画を立てることで、古典的な交通渋滞の段階を飛び越えられるかもしれない。デリーメトロのようなプロジェクトが、進むべき方向を指し示している。こうした大量輸送計画には莫大な資本コストと助成金が必要ではあるが、インドのどの都市も、デリーメトロを必要としている。さらに、世界でも2番目に広い範囲をカバーする6万3000kmにおよぶ鉄道路線についても機能向上をはからなければならない。道路よりも環境にやさしく、経済的コストも低く、モノと人の大量輸送を可能にする方法になるはずだ。(p.442)

訳者は僕と同い年で同じ大学出身の方である。多分キャンパスですれ違ったりもしていたかもしれない。これだけの大書をよく翻訳されたなと感心する一方で、インドの人名や固有名詞の記述にはもう少し気を遣われたらもっと良かったのにと所々で思った。
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コメント 3

インドより

本書をイギリス人が書いたと読む途端、どのような内容かすぐに予想したが、ここでサマリーを読んでいると想像どおりでした。イギリス人は昔から支配した国々が独立してから、相手国がいやでも手を離したくないという事例が圧倒的に多く、その国がなんらかの発展に向けて進歩し次第、何らかの意見を言いたくなることは英連邦諸国ではよく知られている。そもそも英連邦という言葉はどうして今だに存在するのか、なぜ英連邦大会(来年はデリー開催予定)まであるのか、不思議なほどですが、よく言われる言葉で、「イギリス人は死ぬまで英連邦諸国のことを殖民地域だと信じていたい」ことは知られている。この本の書き方も著者が熱心に「心配している」ように高く関心をもっているように見える。ちなみに、こういったイギリス人が書く本はやたらとある。香港に関しても、ニュージランドも、どこもそうだ。
by インドより (2009-05-30 21:13) 

Sanchai

☆「インドより」さん、コメントありがとうございます☆
なんだか、ご紹介してはまずい本だったみたいですね。
思慮が足らず失礼致しました。
by Sanchai (2009-05-31 06:34) 

なりぐるみ

いつも楽しく拝見しております。
ちょうどこの本を読み終わったところで、
インドについてバランスよく知るという意ではとても参考になりました。
私もサンチャイさんと同じく、デリー在住ですが、
都市部に住んでいると知りえない、農村の現状や
インドの遂げた近年の経済発展の危うさ、光と影
インドの今後を期待する以上に、心配が増えてしまいましたが・・
現状を知ることで、インドへの理解がより深まりました。
これからも本の紹介を楽しみにしています。
by なりぐるみ (2009-06-25 14:57) 

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