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『極楽征夷大将軍』 [読書日記]

極楽征夷大将軍 (文春e-book)

極楽征夷大将軍 (文春e-book)

  • 作者: 垣根 涼介
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2023/05/11
  • メディア: Kindle版
内容紹介
第169回直木三十五賞受賞作
やる気なし、使命感なし、執着なし、なぜこんな人間が天下を獲れてしまったのか?
動乱前夜、北条家の独裁政権が続いて、鎌倉府の信用は地に堕ちていた。足利直義は、怠惰な兄・尊氏を常に励まし、幕府の粛清から足利家を守ろうとする。やがて後醍醐天皇から北条家討伐の勅命が下り、一族を挙げて反旗を翻した。一方、足利家の重臣・高師直は倒幕後、朝廷の世が来たことに愕然とする。後醍醐天皇には、武士に政権を委ねるつもりなどなかったのだ。怒り狂う直義と共に、尊氏を抜きにして新生幕府の樹立を画策し始める。混迷する時代に、尊氏のような意志を欠いた人間が、何度も失脚の窮地に立たされながらも権力の頂点へと登り詰められたのはなぜか?幕府の祖でありながら、謎に包まれた初代将軍・足利尊氏の秘密を解き明かす歴史群像劇。
【購入(キンドル)】
大きなイベントが終わって仕事が7月末でひと段落し、8月は少しは楽になるかなと思っていたら、さほどではないという毎日を過ごしている。ただし、確実に日曜日はオフ日にすることができるようにはなった。考えてみたら、7月に日曜日も働いていた記憶しかない。

先週日曜日に高杉晋作の本を読み切り、ブログでご紹介したところだったが、次に何を読むかというので、6月以降ずっと「読みたい本」のリストの筆頭に挙げてあった垣根涼介『極楽征夷大将軍』を読むことにした。「読みたい本」のリストに挙げた時点では当然まだ決まっていなかったのだが、本作品は7月19日に第169回(2023年上期)直木賞を受賞した。仕事でかまけていてちゃんとフォローしていなかった。


ちょっと自信がないけれど、南北朝時代を扱った作品が直木賞を受賞するのは、第2回(1935年下期)の鷲尾雨工『吉野朝太平記』以来なのではないでしょうか。1991年にNHK大河ドラマで『太平記』が放映された当時、南北朝ものは沢山読んだけれど、その中でも最も面白かったのが『吉野朝太平記』だった。直木賞と聞いて、久しぶりに懐かしく思い出した。『極楽征夷大将軍』でも、最後の方で楠木正儀が登場してきて、ちょっと嬉しかった。

キンドルでダウンロードして読み始めたはいいものの、電子書籍版は920頁もあって、なかなか読み進めることができなかった。アマゾンによると書籍版だと552頁だそうで、要するにこれは上下二段組みで552頁あったらしい。そりゃあ読み進めるのが大変だ。1週間毎日少しずつ読み進めて行ったけれど、それでも翌週末までに50%にもたどり着けなかった。そこから、13日(日)の休日をまるまる使い、一気に読み切ったという次第である。

余談だけれど、当地では土曜夜からまたひどい集中豪雨に襲われ、日曜日も午前中いっぱいは雨が降り続いた。自室の天井からの雨漏りもまた起きたため、ろくに外出もできず、その間やってたことといったら、読書しかなかったのだった。

足利高氏については好意的に描かれている歴史小説は意外と少ないのだが、これもまあひどいことひどいこと。但し、主人公は高氏というわけではない。弟の足利直義と、足利家執事の高師直という2人の目線から当時の出来事が描かれている。超堅物と言われていた直義、女好きで傍若無人ぶりばかりが後世に語り継がれている師直、ともにあまりいい評価がされていない人物だが、本作品では2人の有能ぶりがクローズアップされていて、とても新鮮だった。ダメな当主に頭を抱えながら、それでも支え続けた2人という感じで、好感が持てた。

NHK大河ドラマでの足利高氏は真田広之演じるイケメン棟梁だったが、本作品で描かれている高氏は、どちらかというと奥田英朗作品に出てくる「ドクター伊良部」を彷彿とさせる。頼れるやつが近くに2人もいたから、自分自身が本気を出さなくてもなんとか回って行ってしまう、という感じの描かれ方だった。でも、ご存知の通り、このトリオは建武政権打倒までは強固な連携を誇っていたが、その後は特に直義と師直の関係が破綻し、結果2人とも退場している。高氏の極楽当主ぶりが変わっていくのも、こういう有能な側近が退場していく過程でのことで、その辺の変化(成長?)は確かに面白い。

冗長だとも批判を受けかねない作品かもしれないが、足利家臣団———上杉氏とか斯波氏とか、桃井直常、石堂頼房なんかまでちゃんと描いている作品は意外とまれだし、この時代を扱っている他の作品を理解するのにも役立つ作品だと評価したい。1990年代前半に北方謙三がやたら南北朝ものを書いていた頃、『破軍の星』の主人公・北畠顕家のライバルとして描かれていた斯波家長とか、『南北朝の梟』の主人公だった常陸国滞在中の北畠親房の敵として登場していた高師冬とか、どうしてそこにいるのか、その後どうなったのかわからないという登場人物がいたが、それらの情報が『極楽征夷大将軍』の中にはちりばめられていた。

特に、本作品で前半と後半の潮目を変えたきっかけとなった足利直冬の描かれ方も、僕は好意的に見たいと思う。高氏の落胤で直義の養子として育てられたことになっている点は通説と大きくは変わらないけれど、大河ドラマなどでの描かれ方がかなりゆがんだ性格の持ち主だったので、それなりの器量を発揮して九州や中国石見地方で勢力を拡大した点についての説明ぶりがイマイチだとずっと思っていた。実際のところは本作品で描かれたような姿だったんじゃないかと思えて、受け容れやすい内容だった。

他にもいろいろ書きたいことはあるのだけれど、長くなるのでこれくらいにしておく。足利家臣団を丁寧に描いている点では、南北朝ものが好きな読者にはお薦めの作品だと言える。これ原作にして大河ドラマでまた南北朝を取り上げてくれないかな。そういう群像劇には向いている展開とボリュームを持った大作だった。
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