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『持続可能な開発における〈文化〉の居場所』 [持続可能な開発]

持続可能な開発における〈文化〉の居場所――「誰一人取り残さない」開発への応答

持続可能な開発における〈文化〉の居場所――「誰一人取り残さない」開発への応答

  • 出版社/メーカー: 春風社
  • 発売日: 2021/01/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
内容紹介
持続可能な開発に、地域文化や文化的多様性はいかにして結びつく・結びつけられるべきか、開発学・人類学・教育学から多角的に検討。
【献本】
本書は、今年1月、発刊になったばかりの頃に、執筆者のお一人から献本された。1冊3,850円もする本を献本いただくのは身の引き締まる思いで、早く読まねばと思いながら、それでも半年経過。僕も別の本の執筆協力をして、その方にお返しで1冊謹呈したが、そっちの方は4,180円だったので、これでほぼおあいこにして、半年の遅れをお許しいただけたらと思う。

当然、献本だからポジティブなコメントからスタートさせたい。国際協力とはいえ、今僕自身が派遣されている国は本書ではほとんど出てこないが、それは置いておいても、国際協力の実践者であれば読んで示唆を得られる1冊だと思う。「持続可能な開発」とか、「SDGs」とかいうと、昨今実に多くの解説本が出ている。その多くは、そもそもそれらについて知らない人に知ってもらうことを目的に書かれているため、論旨が割とシンプルなものが目立つ。最も極端なのは、「SDGs=ビジネスチャンス」という、想定読者をビジネスパーソンに定めているような本である。それはそれでニーズがあるだろうし、出版サイドでも、「SDGs」と付けば売れるという読みもあるだろう。

それに対して、本書の執筆者のほとんどが研究者である。研究者の書きぶりは堅苦しいし、他の世界的に影響力の大きかった文献の論旨を援用して権威付けが図られるケースも多いし、カタカナ概念も目立つ。決してとっつきやすい書きぶりではないのだが、1つ言えることがある。世の中のSDGs解説本に比べて、圧倒的に考察が深く、そして面白い。にわか専門家が論じているわけではなく、各執筆者が長年そのフィールドにおいて参与観察を重ね、そしてそこからの知見を新たに国際社会を支配しようとする概念やその形成プロセスとも絡めて、留意すべき点を考察している。それに、高額であるにも関わらず、売上促進を狙って「SDGs」という言葉をタイトルに入れず、より長く使われてきた「持続可能な開発」という言葉までにとどめた点に、学界の矜持すら感じた。

SDGsの解説本を読み、ビジネスチャンスを掴もうと考えて持続可能な開発に取り組もうと入ってきた人は、次のステップとして、こういう文献も読むべきだ。

つい最近まで僕が関わっていた財団法人で、文房具をインドの事業地の学校の生徒に使ってもらいたいという外からの申し出に対し、ビジネス界出身の理事は受入れに前向き姿勢を示したが、研究者や開発協力実務者から異論が出るという出来事があった。その文房具がその生徒たちにとって最もニーズが高いものであるわけではないので、その文房具を日本で売って、現金化して向こうの学校に渡した方が、本当に必要なものに使ってもらえるのではないか。もし文房具をそのまま寄贈したら、翌日、その文房具が街の露店で売りに出されているのを見ることになる。それが異論の要旨だった。

異論を出した張本人が僕なので、僕の原体験を述べておくと、僕は1990年代半ばに駐在していたネパールのカトマンズで、街の露店で僕の中学校のジャージが売られているのを目撃した。しかも校章のアイロンプリントとともに刺繍されていた名前を見たら、なんだか見覚えがある。誰が古着を出したのか想像できてしまう。おそらく、古着の寄付か何かで供出され、それがネパールのNGOか知り合いを頼って大量に輸送されてきたのだろう。これで寒さをしのいでもらえればという善意でもあったのかもしれないが、結果は、衣が最優先ではなく、現金化されて別のニーズの充足に置き換わったのだろう。

これに近いケースが、本書では何度か出てくる。1つは、高価な教具の支援(理科実験器具とか)が数年後に粗大ごみになっているというもの(第10章)。2つめは、マラリア対策として導入された殺虫剤処理蚊帳が使われないというケースである(第12章)。理科実験室とか実験器具の供与って、昔からよく行われてきたが、始める前から維持管理できるのか疑問だったので、いっそのこと維持管理も含め、実験を実演する専門組織を作って学校巡回させたらいいんじゃないかと思っていたところ、インドにはそれを既にやってる現地NGOがいた。蚊帳の方は、蒸し暑い夏の夜の通気性を鑑みて目の粗いものを導入しようとしたら、住民はそれよりも蚊帳でできるプライバシー空間を重要視して、通気性のいい蚊帳を敬遠したという話で、これも住民の趣向に対する洞察力を高めないとという教訓である。

BOPビジネスのように、途上国の10億人もいるような貧困層相手に使ってもらえる商品を売って貧困削減に貢献したいという志はよくても、商品がサプライドリブンでは、BOPの人々に受け入れられる保証はない。そのあたりを改めて考える良い機会を、本書は与えてくれる。そこも、専門家任せにせず、企業の人もしっかり洞察力を高めないといけないのではないか。特に、僕は下記の記述については特出ししておきたい。

外部から介入する私たちにも課題はある。発展途上国の農村社会のあらゆる場所に「疎外された生産者や労働者」がいるように見えてしまうならば、その見方そのものを相対化していく必要がある。「疎外された生産者や労働者」は、プロジェクトが始める前から誰の眼にも明確に存在するわけではない。(中略)プロジェクトに参加しない農家に目を向け、地域固有の条件、あるいは取引を取り巻く社会的文脈――生態的基盤、社会関係の特質、ローカルな取引の仕組みなど――を考慮に入れることで、はじめて彼らにとっての搾取的状況がどのようなものかが明らかになった。(第8章、p.214)

あとは、第2章でのセルジュ・ラトゥーシュの脱成長論の記述の部分(pp.56-57)で、その実践例でフランスや英国の事例をラトゥーシュの文献からそのまま持って来られているが、僕はこの「生活圏の再ローカリゼーション」という潮流の現代的な1つの表れとして、2014年から始まっている「ファブシティ(Fab City Global Initiative)」も位置付けられるのかなと思った。ファブシティも欧州発だが、フランスではそれが食のローカリゼーションとして色濃く出ていると聞く。

同じく、第13章でも「持続可能なまちづくり」が取り上げられ、同章ではつくば市がケースとして取り上げられているが、鎌倉市も「SDGs未来都市」指定されていて、かつ日本で唯一のファブシティの加盟都市でもある。研究者にはそれぞれディープに関わっているフィールドがあるので、同章の執筆者がつくば市をケースで取り上げるのは致し方ないところもあるかもしれないが、本書のような文化の切り口で持続可能な都市を論じるなら、鎌倉市もいいよなぁと思った。ないものねだりだとわかってはいるが。

あとの章は論じることができなかったが、お許し下さい。本書は、僕が仕事でお世話になった方、今お世話になっている方が数名、執筆協力者に名を連ねられており、応援したい1冊です。遅ればせながら、おめでとうございました。


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