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『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』 [読書日記]

祝・読書メーター登録2,000冊目!
2009年6月に読書メーターで読書管理を始めてから、本書読了をもって通算2,000冊の大台に到達しました。コミックスや雑誌によるかさ増しも少々あるのですが、それでもよくやったと思います。


出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記

出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記

  • 作者: 宮崎 伸治
  • 出版社/メーカー: 三五館シンシャ
  • 発売日: 2020/11/19
  • メディア: Kindle版
内容(「BOOK」データベースより)
30代のころの私は、次から次へと執筆・翻訳の依頼が舞い込み、1年365日フル稼働が当たり前だった。その結果、30代の10年間で50冊ほどの単行本を出すに至った。が、そんな私もふと気がついてみれば、最後に本を出してから8年以上も経っていた。―なぜか?私が出版業界から足を洗うまでの全軌跡をご紹介しよう。出版界の暗部に斬りこむ天国と地獄のドキュメント。
【コミセン図書室】
僕自身も海外の原書を翻訳できたらなぁと密かに思うところがあり、その世界を垣間見えるなら読んでみようかと思い、今週末コミセン図書室に行った時に本書を借りてくることにした。知り合いの中にも訳本の出版にこぎつけた人もいるし、超有名な人が監訳者に名を連ねている本の翻訳者を務めていた人もいる。大学院時代の指導教官も訳本を3冊ほど手掛けている。どういった経緯でそうした仕事に取り組むことになったのか、どうして監訳者という人がいるのか、どれくらい時間をかけて翻訳に取り組んでいるのか、そんな諸々のことを知りたくて、興味津々で読み始めた。

既にタイトルがすべてを語ってしまっているが、本書のメッセージは、「そんな甘いもんじゃないよ」ということだった。かなりきついスケジュールで翻訳作業をさせておいて、しかも二校や三校ゲラチェックまで進んでいながら、出版自体が中止になることもあるようだし、そうなると翻訳者印税も入ってこないので、そこまでの努力が無駄になりかねない。ちゃんと翻訳者自身の名前が表紙に載ることも確認しておかないと、翻訳者を別の有名人にされたり、ひどい時には原著者本人が日本語能力をアピールするために自身が日本語に訳したことにされてしまうような事態もあり得るらしい。

驚かされるのは出版社、特に編集担当者のかなりいい加減な対応だ。本書は翻訳者と編集者との関係性に潜むリスクを赤裸々に語っているが、原著者と編集者の間にも当てはまることが多い。特に、原著者側があまりネームバリューのある人じゃないと、扱ってくれるだけでありがたいとばかりに、出版社側の言いなりになりかねない。

そういえば、僕も自分が某大手出版社に持ち込んだ原稿を、4カ月にもわたって担当編集者に握られ、本にするのかしないのかもわからない状態で待たされたことがあったなぁ。結局、早く本にしたかったので僕はその編集者から原稿を引き取って別の電子書籍&POD版を扱う出版社に持ち込んで本にした。出版契約書を最初に取り交わせたあたりは、本書で出てくる幾つかの出版社よりは良心的な対応だと思うが、表紙のデザインや本のタイトルのつけ方については一方的に通達され、著者側が意見をさしはさむ余地を与えてくれなかったのを思い出す。

また、別の出版社から出した本の共同執筆では、当初発刊予定日から実際の発刊までに1年から2年も遅れるケースも経験した。1つは現在進行形である。共同執筆だから執筆者の誰かの筆が遅かったか、編著者の編集姿勢が優柔不断だったか、何が理由なのかはわからない。

世の中こんなひどい出版社や編集者ばかりじゃないと思いたいが、本書で出てくる出版社は、僕らでも容易に想像できる有名どころが結構含まれている。今後もしまた本を出すことを考える機会があれば、今まで以上に注意して臨みたいが、こうしたトラブルの根底には、編集側のなあなあ気質に加え、長年言われてきている出版不況というのがあるような気がする。誰だって海外の良書を日本でも紹介したいという気持ちは持っていると思うが、本を刷っても売れなければペイしない。だから、ギリギリまで様子を見て出版の可否を判断したいという潜在的な気持ちは出版社側には当然あると思う。

とはいっても、本書で出てくるケースはどれもブラック過ぎて、著者に同情したくなる。著者が得意とするジャンルと僕の読書のジャンルが合っていないから、これまで著者の翻訳した作品を読んだことは一度もないが、体育会的な無理が効き、かつ翻訳の質が高い翻訳者としては、結構な売れっ子だったらしい。訳本の発表が途絶えて既に8年が経過しているそうだが、訳本ではなく原著である本書が売れて、少なからず印税が懐に入っていくことを、著者と同世代の読者としては祈りたいと思う。

出版業界のシビアな側面を垣間見ることができるいいルポだと思う一方で、出版翻訳から長いブランクがあるので、現在の出版翻訳を巡る状況への考察が足りていないのは残念な気もする。昔と今とでは、少なくとも電子書籍出版に関しては出版のハードルは下がっていると思うが、その際の翻訳本出版の扱いってどうなっているのだろうか。また、先駆者ともいえる著者が法廷闘争も経ていくつかの前例を作ってきて下さってきている中で、今の出版業界の法律に関するリテラシーは改善しているのだろうか。そんなことが気になった。

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