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『Education in Bhutan(ブータンの教育)』 [ブータン]

内容紹介
ブータンは、比較的新しい教育システムと国民総幸福量(GNH)として知られる独自の統治哲学を備えたヒマラヤの国である。本書は、ブータンでの学校教育の歴史、文化、課題、そして今後の可能性を探る。仏教の出家教育に関する歴史的展望、教育開発に対する地域と国際社会からの影響、伝統的な医学教育、高等教育、ブータンの教育政策の進化などのトピックについて説明してゆく。また、成人教育、インクルーシブ教育、幼児教育、地方と都市の格差、ジェンダーなど、ブータンの学校教育に対する現代的課題についても検討する。本書を通じて、GNHの開発哲学は、ブータンの教育への斬新かつ文化的に重要なアプローチとして探求される。著者の大多数は著名なブータン研究者と教育分野の指導者であり、ブータンとの強いつながりを持つ、ブータン人以外の国際的な研究者も執筆に協力している。本書は、ブータンの教育に特に関心のある人だけでなく、南アジア研究、一般アジア研究、教育開発、比較教育、仏教教育、GNH開発哲学に関心のある人にとっても貴重な資料といえる。
【会社の図書室】
この本のことは、発刊前から知っていた。2016年4月にブータンに赴任する時、知り合いだったブータン研究の先生に、「何か読んでいった方がいい文献ありますか?」とお尋ねしたところ、その先生、「お見せできるほどの論文はありませんが、今、知り合いの研究者と一緒に本を書いています」とおっしゃっていた。結局謙遜されて何も勉強になる文献を下さらず、出される本のテーマも教えていただけなかったのだが、本書が出た時にその先生が執筆協力者に名を連ねられていたので、この本のことだったに違いない。

それにしても高価な1冊。ペーパーバックでも電子書籍でも、1万円以上する。それが読むのを躊躇して今日を迎えてしまった最大の理由である。しかし、コロナ禍の国内待機がこれだけ長引くなら今のうちに読んでおいた方がよかろうと思い、会社の図書室に購入依頼を出し、置いてもらうことにした。

助かったなと思ったものの、実際に読み始めてみて相当いい本だということもよくわかった。学術書というよりもブータンの教育制度の多面的な解説書で、これを読んでおけばブータンの教育の歴史や現在の制度、重点政策や課題など、あらかたのことは理解できると思う。価格をある程度までは正当化できる内容だ。

また、今後青年海外協力隊の派遣が再開されて、ブータンの小中学校や大学、障がい者特別学校などに配属されるような人も、本書は読んでおいた方がいい。ブータンの教育施策の方向性を規定している政策文書が何なのかがわかるし、ブータンの教員がすべからく順守しなければならない「GNHのための教育(Educating for GNH)」についても、知って現地で活動するのと知らずにするのとでは、相手側の受け止め方も違うであろう。

それを痛切に感じたのは、「GNHのための教育」を教室での実践にまで落とし込めておらず、依然としてテストの成績を重視している教員が多いとの問題点の指摘がなされていたからである。僕が駐在していた当時も、体育や美術といった分野で協力隊員は大勢活動されていたが、なかなか学校が科目として重視してくれなかったと報告されるケースが多かった。体育隊員の方々の売りの1つは「運動会」の開催で、これは時には地域の住民も参加した競技が組まれるなど、なかなか楽しいイベントだった。

運動会のコンセプトと開催のメリットをブータン人に説明するのはなかなか難しいが、ひょっとしてGNHへの貢献(コミュニティの活力とか)に絡めていたら、もっとすんなり受け容れられていたかもしれないと今にして思う。JICAもあれだけ世界中で「運動会」を隊員活動の売りにするのであれば、ブータン事業だけに限定せずに、運動会を売るためのコンテンツの整備をもっとしたらいいのに。

話がちょっと逸れたが、ここでのポイントは、本書はブータンで教育分野での協力に関わるならおそらく必読の文献になるということである。

ただ、ないものねだりだとわかっていても、今日的な文脈では少し考察が物足りないところも実はあった。

その1つは、科目別での考察がない点。正規教育の中では、国語(ゾンカ語)、英語、算数を中心にとらえて記述がなされているが、先述したような体育や美術など、さらに各論の部分での考察があったらもっと面白い文献になっていたと思う。

それとの関連にもなるが、もう1つはSTEM教育への言及がないことも物足りなさを感じさせる。2016年発刊だからしょうがないのだけれど、その後政府が進めようとした「プレミアスクール」の是非についても考察がない。

さらには、職業訓練の考察はほとんどされていない。高等教育を取り上げた章はあるものの、そこでの中心は王立ブータン大学を中心とした大学教育の制度説明に終始していて、同じく高等教育にカテゴリーされるであろう職業訓練については何の指摘もない。

そして最後に、「万人のための教育(EFA)」といった場合のブータンのもう1つの課題はへき地での教育機会の保証だと思うが、特に高地の子どもたちへの教育については僕は特別な考察が必要だったのではないかと思う。来月には『ブータン・山の教室』という映画が日本でも公開されるが、これ見たらこのラストマイルの教育サービスの課題というのも見えてくるに違いない。



最後に、ちょっと苦笑を余儀なくされたのが、本書の中で1カ所だけJICAが出てくる章があるのだが、なんと「市民社会組織(CSO)」にカテゴリーされていた。おいおい、ちゃんと情報収集しろよと思ったが、査読者もちゃんとチェックしなかったのだろうか。どちらにしても、その章の執筆者は外国の大学に籍を置く研究者で、彼らがそういう認識なんだというのがわかって面白かった。

タグ:教育 Springer
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