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『灯台からの響き』 [読書日記]

灯台からの響き (集英社文芸単行本)

灯台からの響き (集英社文芸単行本)

  • 作者: 宮本輝
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2020/10/02
  • メディア: Kindle版

内容紹介
板橋の商店街で父の代から続く中華そば店を営む康平は、一緒に店を切り盛りしてきた妻を急病で失って長い間休業していた。ある日、分厚い本の間から妻宛ての古いはがきを見つける。30年前の日付が記されたはがきには、海辺の地図らしい線画と数行の文章が添えられていた。差出人は大学生の小坂真砂雄。記憶をたどるうちに、当時30歳だった妻が「見知らぬ人からはがきが届いた」と言っていたことを思い出す。なぜ妻はこれを大事にとっていたのか、そしてなぜ康平の蔵書に挟んでおいたのか。妻の知られざる過去を探して、康平は旅に出る――。市井の人々の姿を通じて、人生の尊さを伝える傑作長編。

2、3年前だったか、手持無沙汰で小説でもダウンロードして読もうと思い、でも適当なのがないなと思いながら物色を続けていた時、ふと『青が散る』が目に留まった。ちょうど僕らが大学生だった1980年代前半の作品で、舞台も大学、小説発刊後すぐにテレビドラマ化もされた。僕らの大学生時代の空気感にも合っていたし、なんだかすごく読みたくなった。でも、上下巻に分かれていていったん読み始めてもさすがに2冊分読むには時間も足りない。結局見送りとした。

その時の印象もあって、宮本輝という作家は、随分と昔の作家だという印象を勝手に持っていた。僕にとっては次に思い出す宮本作品といったらこれも映画化された1986年の『優駿』なのだが、そうした先入観もあって、宮本輝は1980年代の作家だと思っていたのである。

それが、近所のコミセン図書室の新着本のコーナーに、宮本作品が1冊陳列されていた。宮本輝って過去の人じゃなかったのか―――これも何かの縁だろうと思い、試しに借りてみた。それが『灯台からの響き』である。刊行は2020年。ちなみにこれをきっかけに宮本輝でAmazonの作品リストを見てみたが、これまでもほぼ毎年、コンスタントに作品を発表して来られている。

当然、作品群は膨大だ。今、征服できていない山の麓から、その頂を見上げている、そんな感覚を抱いているところである。たぶん、これをきっかけにして、何冊かの宮本作品は読んでいくことになるだろう。

作品が良かったかどうかというのは、読み手の僕らの年齢とか置かれた立場とか、いろいろな条件が絡んでくるように思うので、一概に「宮本輝はおススメ」というつもりはない。ただ、50代も半ばを大きく過ぎ、還暦の足音がひしひしと伝わってくる今、62歳という主人公のまとった雰囲気とか、それまで歩んできた人生とかが、読者の僕には合っていたのだと思う。

僕は別に妻を亡くしているわけじゃないし、両親も健在である(故郷の父の健康状態は良くないが…)。板橋在住じゃないし、中華そば屋を営んできたわけでもない。そういうディテールの部分はさておくとしても、記憶力や判断力の衰えを感じるシーンとか、足腰の踏ん張りが効かずに転倒するシーンとか(僕も2019年1月に前のめりに転倒して顔面に大きな擦り傷を作ったことがある)、骨折のリハビリに時間がかかるとか、そういう、「老い」を自覚しつつ日々を過ごす主人公の姿というのに、なんだかすごいリアルを感じてしまったのである。

それに、灯台のお話。たまたま偶然、この10月に、僕も犬吠埼灯台に行っちゃっているんですね~(下写真)。僕の場合は、本来だったら今年行くはずだった妻との台湾旅行の埋め合わせ。今年は結婚25周年だったので、台湾旅行しようと思っていたところに今回の新型コロナウィルス騒ぎで、しょうがないから目的地を大幅変更して、行った先が九十九里だったという…。お陰で、本作品でもちょっと出てくる九十九里や犬吠埼は、風景をイメージしながら読むことができた。それに、過去を遡れば、僕は1993年夏にトライアスロン大会に出るのに伊良湖にも行っている。伊良湖岬灯台や恋路が浜(NHK朝ドラ『エール』OPシーンのロケ地だよね)の位置関係も知っていて、作品での登場シーンがイメージできる。

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そして、同じ1993年夏、実は出雲にもデュアスロン大会に出るので旅したことがある。その時は、一畑電鉄に乗って出雲大社にまでは行ったけれど、日御碕灯台にまでは足を延ばさなかった。残念。

それくらい、作品に出てくる風景への共感を持てたこともあるが、もう1つ本作品で大きいのは、中華そば屋を継いで還暦を迎えるまで切り盛りしてきた主人公の康平が、実はものすごい読書家だということ。その読書量が半端なくて、自宅の2階が「書斎」と化しているというところがすごい。

この作品では、急死してしまう友人・寛二が実は重要な役割を演じているのだが、主人公・康平が24歳の時、この寛二に「お前の話がおもしろくないのは、お前はラーメンのことしか知らないからだ。本を読んで雑学を詰め込め」と忠告されたという出来事がきっかけになっている。
「康平、とにかく本を読むんだ。小説、評論、詩、名論文、歴史書、数学、科学、建築学、生物学、地政学に関する書物。なんでもいいんだ。雑学を詰め込むんだ。活字だらけの書物を読め。優れた書物を読みつづける以外に人間が成長する方法はないぞ」(p.39)
―――ああ、ホントそうですねぇ。それで、康平は別の、60代半ばの来店客と話すうちに、どんな本を読んだらいいかとアドバイスを受ける。そこで薦められるのが、アレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯』、次にユゴー『レ・ミゼラブル』、そして次が森鴎外『渋江抽斎』だったとか。

そうして始まった主人公の読書癖、それを知っている妻が生前に仕掛けたトリックが、主人公を灯台巡りへといざなっていく。言ってみれば読書が主題のお話で、いいな~と感じずにはおれない。

しばらく宮本作品と向き合ってみようかな。勿論、本書の中で挙げられていた作品も、何かの機会に手に取ってみたいとは思う。

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