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『幸福の国で働いてみた~ブータンで過ごした17年』 [ブータン]

幸福(しあわせ)の国で働いてみた  ブータンで過ごした17年

幸福(しあわせ)の国で働いてみた ブータンで過ごした17年

  • 作者: 冨安 裕一
  • 出版社/メーカー: 熊日出版
  • 発売日: 2020/06/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
内容紹介
農業技術を教える専門家としてブータン王国で暮らした著者が、17年間の経験をつづった一冊。指導方法がブータン人の気質に合わなかったり、毎晩のように起こる停電に悩まされたり、掘削機で道路を造ったり、畑の中で勲章を授与されたりと、ブータン生活は驚くことばかり。文化も国民性も日本とは違う異国での、サバイバルとも言える日々の中で、著者は「幸福(しあわせ)の国」に魅せられていきます。これから国際協力を志す若者、また、発展途上国での生活に関心のある方にもおすすめです。

昔、職場で書籍シリーズの刊行プロジェクトを担当していた頃、親交のあった某出版社の社長さんから、「ブータンの農業の本が1冊欲しいよね」と言われたことがある。ブータンの農業の父といえば、「ダショー(最高の人)」という称号を国王から授与された西岡京治さんが有名である。西岡さんのご功績については、奥様との共著もあるし、他にも触れられている書籍はいくつかある。その社長さんがおっしゃっていたのは、「ダショー西岡がお亡くなりになってからのブータンの農業の発展を中心に描かれた本」が欲しいということだった。

この社長さんのお話を聞き、真っ先に思い浮かんだのが冨安裕一さんのことだった。ネパールでの20年以上にわたって園芸指導に携わってこられた冨安さんは、1999年に帰国された後、ブータンの農業大臣から請われて、2000年にJICAの専門家としてブータンに渡られた。故・西岡京治氏が西部のパロから農業を中心に地域開発を進められ、中南部シェムガン地域開発などでも実績をあげられたのに対し、ようやく東部への道路アクセスが改善していった2000年代、冨安さんは東部タシガン県カンマ駐在を皮切りに、モンガルを拠点に東部での果樹・野菜の普及振興に尽力されてきた。そして、2016年から3年間、中部バジョを拠点に、プナカ、ワンデュ・ポダン、チラン、ダガナ等、中部の園芸普及振興に関わって来られた。

社長さんの要望に応えられるような本は、冨安さんでないと書き上げるのが難しいと思っていた。

僕が社長さんとその話をしたのは今から10年近く前のことで、当時は冨安さんのおられたJICAの園芸プロジェクトは、東部モンガルを拠点にしていた時期だ。プロジェクトの当事者であった冨安さんが、すぐに執筆できるとは到底思えなかったし、この出版シリーズにはそれなりの枠組みがあって、既に客観的な評価がなされているものであるとか、プロジェクトの当事者でない第三者の客観的で冷静な視点が必要だとか、いろいろ条件がついた。結局、「ポスト「ダショー西岡」期の対ブータン農業協力」は、そのシリーズでは扱うことができなかった。

それを、通算17年に及ぶブータンでの駐在を終えて帰国された冨安さんが、2000年以降のブータンの農業の歩みを振り返り、ご本人の手で1冊の本にまとめられた。それがこの、地方メディアの出版部から出された個人出版書籍なのである。

前述のシリーズは、その後担当者も何度か交代し、取扱い出版社も変わり、その過程のどこかで、「ブータン農業協力」の後任への申し送りが途絶えた。企画担当していた部門自体も、2015年頃から、ある事情により「ブータン」自体を遠ざけるようになってしまった。初期のシリーズ本に比べると、プロジェクトの当事者が執筆することへの懸念は後退したように思えるが、それでもプロジェクト以外の記述に紙面を割くことにはある程度の制約はかかると思う。

なので、今回冨安さんが熊日出版から出されたのは、著者本人が書きたいことをそのまま本にできるという点で良かった。この本は園芸プロジェクトで何をやったかという記述にとどまらない。地方で家を借りて、生活でどのような苦労があるのか(虫害、獣害、そして人害も)、どんな食材が市場で入手でき、手に入らない野菜はどう育て、調理したのか、ブータン人はどんな暮らしをしているのか、日本人の考え方や行動パターンとどんな点が違い、一緒に働くと戸惑いが生じるのかとか、異文化の中で働き、暮らすための情報が豊富に詰まっている。

ふだん僕らが知らされている微笑の国の人々のイメージと、彼らと一緒に働いた筆者の直面した苦労のギャップが率直に語られている。腹立たしいことも相当あったのではないかと想像するが、そこをユーモアも交え、飄々と対応されていた様子が文章から垣間見える。ブータン人は一筋縄ではいかない。実体験を交えてそうした例証が随所に見られるが、それだけでなく彼らに注がれる温かな視線も感じられる。

また、全編通じて、2000年代以降のブータン社会の劇的な変化、好ましからぬ側面も含めて起こっている大きな変化を、足かけ20年間にわたって同国と関わることで、目撃されてきたのだというのも強く感じた。2000年の赴任当時の状況と、2019年の離任当時の状況との対照には、開発のあり方についてどうしても考えさせられてしまうところがあった。

ブータンに渡航し、ホテルでの短期滞在ではない形で長く住んで働く予定がある人は、平山修一さんの『現代ブータンを知るための60章』と合わせ、購入して手元に置いて時々参照することを強くお勧めする。地方の出版社から、販促オビも付けない形で出されている。謙虚な著者の人柄がよく表れている。自費出版に近く、初刷部数も少ないに違いない。でも、この本はもっと多くの人の目に触れて欲しい。増刷になるほどの引き合いが出版社に寄せられるよう期待したい。

◇◇◇◇

冨安さんの著書が遂に世に出て、そして読ませていただいて、僕は、5カ月放置してあった自分の本の原稿リライト作業をようやく再開する気持ちになれた。商業出版狙いで某D社に昨年8月に原稿を持ち込んだが、約5カ月待たされた挙句、相当な再構成を示唆された。さすがに読者受けする再構成には相当な覚悟が必要で、その気にどうしてもなれずにぐずぐずしていた。

でも、最近になってようやく、電子書籍とオンデマンド印刷製本の組合せで自費出版できる手段を見つけ、さらに冨安さんの著書に刺激をもらって、先週1週間かけて、大幅な再構成は伴わずに文章の贅肉を落とす形でリライト作業を進めた。

第一候補の出版社には、昨日企画書を提出した。リライト済みの第二稿は、出版社から引き合いがあればすぐに提供できる状態にしてある。冨安さんの著書ほどリッチな中身じゃないが、吉報を待ちたい。

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