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『生きのびるためのデザイン』 [持続可能な開発]

生きのびるためのデザイン

生きのびるためのデザイン

  • 作者: ヴィクター・パパネック
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 1974/08/01
  • メディア: 単行本

内容紹介
ヴィクター・パパネックの古典的な研究。現代のエネルギーと資源不足の世界で生き残るための青写真を提供し、人間のニーズに応える製品を開発するための戦略を示唆した1冊。

この本は今月初旬に実は読了していた。岐阜おおがきビエンナーレ2019を見学するのに、予習も何もしていかないのもまずいかなと思い、長きにわたって読書メーターの「読みたい本」リストに挙げてあった本書を市立図書館で借りて、それを旅行中に読み切ったのである。借りた本だからマーカーで線を引いたりはできないが、代わりに付けておいた付箋が40枚近くにもなり、返却前にこれを全て外してコピーを取り、さらに読み直してコピーに線を引く作業をやっていたら今日に至った。

訳本は1974年発刊だが、原書は71年に出ている。こういう問題意識が50年近く前に既にあったということや、こうした訳本を扱っていた出版社が当時はあったということには大いに感銘を受ける。付箋を付けた箇所が40以上にも及んだというところからもわかる通り、本書は今を生きる僕たちにとっても依然として参考にできるポイントが数多く、この論点は今でも生きていると思う。もっと極論言ってしまえば、この本自体、開発学のテキストにしたいぐらいである。

本書を貫く思想は、「デザイン」とは問題解決することだということだ。行けるところまで来てしまった感がある先進国に住む僕たちにとっては、生活していて不便だと感じるものが少なくなり、メーカーは物を売るのに蛇足のようなデザインを施す。それがデザインだと僕らは思ってしまっているが、これが開発途上国であれば、社会の問題を軽減ないしは解決してくれるようなものを試作し、実用化できる余地が今でも相当に広い。

著者は、デザイナーは途上国に出かけて行き、しばらくの間そこに住み、その土地の住民の要求に本当に適合したデザインを考えるべきだと述べている。また、できればそこで地場のデザイナーの養成も行ない、一緒にデザイン活動を進めるべきだとも主張する。

僕らに非常に刺さる著者からのメッセージは他にもある。

必要とされているもの、いま必要とされているものがたくさんある。デザイナーたちは、技術が進んだら解決されるだろうといって、多くのものをあえてデザインの対象にしない傾きがある。だが、それは、一種のアリバイ工作をするようなものなのだ。たとえば、盲人がブレール式点字法で書きしるすのに使っている機械を改良しなければならないとする。その場合、10年以内にはたばこのケースほどの大きさのテープレコーダーが10ドル以下で買えるようになるといったところで、なんの役にも立たない。第一に、盲人にはいま点字書写器が必要なのであり、第二に、今日の独占的な営業状態ではそのような将来の価格をとうてい期待できないからである。たとえば、独占的な企業間の協定と勝手な価格決定のために、耳につける受話器(イアピース)と上着のポケットに入れる増幅器から成る補聴器が6ドルで生産されるにもかかわらず、小売価格が470ドルになるという状態なのである。(p.101)
要すれば、そこで暮らす人々が、負担可能な価格で手に入るものを今作らないといけないのだとの主張だ。

著者は続いて、そういう、途上国では必要とされるけれども現地には研究開発能力も生産能力も未だなく、先進国のデザイナーがもっと協力して人材育成や生産能力開発を進めなければならないものを100点ほど挙げている。関心あれば是非実際に本書を読んでみてほしい。その多くは、今でも途上国で必要とされているようなものだ。

さらに著者は、そうしたものづくりを現地で進めるための人材育成の方法論として、学生に考えさせろと述べている。

デザインにおける創造性を教育する主な<方法>は、新しいアプローチが盛んに生まれてくるような環境をつくってやることである。こういった意味では、一般に学校教育はいったいどのようなはたらきをしてきたであろうか?それは、一般に<正しい>と認められているようなデータならなんでもとり上げてまき散らすというやり方で、その時代の文化状態をそっくりあらわしてきた。そこでは人間個人の頭脳が考慮されることはけっしてなかった。反対に、人間の考えの多様さに注意が向けられたと思うと、それを平らにならして、特殊なカリキュラムや流行の理論が最小の努力で<売り場>になるようにしようとするだけのことだった。われわれは、発見、発明、独創的思考というものは本来文化を打ちこわす活動であり(E=mc2を呼び起こそう)、それに対していわゆる教育なるものは文化を保持する仕組みであるのだということについて認識不足だったのである。今日見られるような教育は、まさにその性質上、現代文化のいかなる局面であれ、そこに生き生きとした新発展が生まれることを促すようなものであはありえない。(pp.132-133)

 デザイナーや学生たちを、多くの阻害や抑制のはたらかないようなところに住むようにさせたならば、もっと理想に近い創造的なデザインの環境が得られることとなるだろう。同時に、実験上の失敗も高いレベルで容認されることになるだろう。さらに、基本原理の教育と探究という問題も、それらがたといその性質上直接応用されないものであるにしても、重視されなければやらない。このようなやり方は、既成のありきたりの答えや、学校や事務所でつくられるたいていのデザインに特徴的な、うすっぺらでハイカラなきわもの(キッチュ)に対する<信仰停止>を呼び起こすこととなるだろう。(p.133)

随分と記述が長くなってきたので先を急ぐが、本書ではさらに、デザインが世界中の本当の要求に応えていけるようになるには、デザイン教育とは、デザインにかかわりを持つ他の学問分野の研究もしなければならないし、チームも異なるバックグランドを持つ複数のメンバーからなるクロス・ディシプリナリーなチームでデザインに取り組まなければならないと主張している。

最後に、デザイン教育のための環境をどう整えるかという点についての著者の見解である。かなりの既視感を感じる記述だった。

私の考えでは、これは学校というよりはむしろ作業の場ないし工房的なものだ、と思う。ここでは、若ものたちは、人為的につくり上げられた訓練ではなくて、現実のデザイン問題の作業を通じて<学習>することとなるだろう。当然、このような作業の場は規模も小さく、せいぜい一時に30人以下の<学生>を収容する程度のものであろう。(中略)この原型として最初の学校に集まる若ものは、世界の各地から来ることとなるだろう。かれらは、そこに1年間あるいはそれ以上滞在して、統合的なデザインについて理論と実習を同時に学ぶこととなるだろう。また、これらの若い男女は、その年齢もさまざまで、勉強や仕事の経験も多様であるだろう。だが、つねにかれらは諸分野を集めた統合デザイン・チームのメンバーとして作業を進めることとなるのである。(pp.246-247)

 その<カリキュラム>は、創造的な課題解決に必要な活動と技術修得を粗い網の目に織りなしたものとなるだろう。そこでは、<作業>と余暇の活動との分離ということはありえない。チームは、データ処理、映画制作、その他の最新の方法を利用することができる。このような、デザインの研究と計画のためのセンターでは、多くの分野の専門家を自由に迎えなければらない。それらの迎えられた人びとは、数日間、数週間、あるいは1年間も、チームとの共同作業と共同生活を体験することとなる。このようなセンターは、使われる建物の実験的な性格からいって、せいぜい地方に設けられることとなるだろう。(中略)何を、いかに研究するかは、社会の要求から有機的に展開してくることになるだろう。(p.248)

私の信ずるところでは、もしもこのようなセンターが設立されれば、やがて同じようなセンターがいくつも<副産物>として生まれてくるからである。これらの新たにできたセンターは世界中の地域的問題と取り組むことができるようになるだろう。(中略)各センターでは、若ものたちは広く旅行して歩くことができる。この旅行には、他のセンターへ出向いて、数カ月間あるいは数年間そこでの作業に参加する、といったものも含まれるだろう。(p.248)

―――なんか、ファブラボの登場を1970年代初頭に既に予見していたのではないかと思えてくる。

「デザイン」という言葉の定義に関する僕の見方が変わるきっかけになった1冊であった。途上国で数年暮らすような人なら事前に読んでおくといいかもしれない。こうい施設が今の途上国でも確実に増えてきているので、人材育成の場として、使わない手はない。

因みに、訳本は既に絶版になっていて、中古本を入手するにもプレミアムが付きすぎていてほとんど入手困難だが、原書の復刻版は今でも入手できる。原文であっても手元に置いておきたいと思い、さっそくアマゾンで注文してしまった。

Design for the Real World Human Ecology and Social Change. Victor Papanek

Design for the Real World Human Ecology and Social Change. Victor Papanek

  • 作者: Victor J Papanek
  • 出版社/メーカー: Thames & Hudson
  • 発売日: 1985/02/01
  • メディア: ペーパーバック


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