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『2040年の新世界』 [仕事の小ネタ]



2040年の新世界: 3Dプリンタの衝撃

2040年の新世界: 3Dプリンタの衝撃

  • 作者: ホッド・リプソン、メルバ・カーマン
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2014/12/12
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
プラットフォームとしての3Dプリンタの衝撃。この機械、人類の敵か、味方か?フリー革命、メイカームーブメントの先に何がある?ビジネスと雇用はどう変わる?ものづくりの常識は一変。限界を超えて広がる可能性を描く。

購入してから半年、積読状態にしてあった未来予想の本。7月に仕事の関係のある会議で、本書の著者である慶應義塾大学の田中浩也先生にお目にかかる機会があり、その会議自体もものづくりの未来がテーマだったので、その予習にと思って読みはじめた。他に「オープン・イノベーション」に関する専門書を読んだりもしていたので、結局読了までに時間がかかり、半ば息切れ状態になりながら、この夏休み中に読了した。

時間がかかってしまった理由自体が僕自身の多忙になったのだが、その理由は33000字強の日本語論文の英訳。おそらく誰がやってもこの手の膨大な量の日本語の英訳には時間がかかったに違いない。この論文のテーマ自体がまさにこのものづくりの話で、誰が翻訳するにしてもあまり扱ったことのないテーマだから、英文だったらどういう表現にしたらいいのか参考にしたいと思い、原書であるHod Lipson and Melba Kurman, Fabricated: The New World of 3D Printingも電子書籍版で入手し、本書を読み進めながら気になった表現を英語ではどう表わしているのか、原書でチェックするという作業も時折入れていた。そんなことまでやってたから、時間がかかってしまったのだともいえる。肝心の英訳は夏休み前の11日に納品した。分量的に8万円ぐらいが相場だと思われる英訳を、ボランティアでやってしまったことになる。見返りは論文の冒頭脚注で、ちゃんと僕の名前をacknolwedgeしてもらうことである。

さて、原題にはなかった「2040年」を邦題でなぜ入れたのかは必ずしも定かではないが、確かに2040年頃までを見越した場合、今だったら荒唐無稽だと思うようなことも現実のものになっている可能性は確かにある。例えば、月や火星に基地を建設しようと思ったら、地球から大量の資材を運ぶのではなく、現地に存在する素材を焼結させるような3Dプリンターで現地調達に置き換えることだってできるようになるかもしれないし、建設現場であっても、そこで使われるような建設資材は輸送するのではなく、3Dプリンティングで現地作成するということだって行なわれているかもしれない。あるいは、「一家に1台、3Dプリンター」が当たり前になり、注文すれば料理ができてしまうというところまで到達しているかもしれないし、家で出るプラゴミ、ペットボトル等を自宅内で再加工して、古新聞・古雑誌を縛るようなビニールひもぐらいなら自宅で作れるとか、別の生活用品を作るとか、そんなことが当たり前にできるようになっているかもしれない。

最近読んだ英国のシンクタンクの未来予想レポートでは、3Dプリンティング技術は、大量生産による製造業を崩壊させかねない力を秘めていると書かれている。企業が最終製品を大量生産してそれを輸送するのに代わり、データのやり取りだけで生産自体は消費地に近いところに分散化されるようになると、従来の貿易構造は大きく変わり、貿易収支にも大きな影響が出るだろう。本書の著者によれば、第1に3Dプリンターは、用途や環境に対して最適化された形状の製品を作ることができる。第2に、いつでもプリントできるデザインファイルをデジタルな在庫として保管するのは、環境面でコストの高い倉庫いっぱいの実物の在庫を維持するよりも環境に優しい。第3に、いずれ3Dプリントによる分散型のものづくりで、企業は製品を顧客のそばでローカルに作れるようになると述べている(p.328)

なにせ3Dプリンティングの技術は日進月歩である。今を切り取って3Dプリンティング技術で今どこまでできるのか、これから20年、30年ぐらいの間にどこまで行けそうか、そんな現状と課題、今後の展望を「現時点」で概観しておくには本書はとてもいい本だ。バイオプリンティング、フードプリンティングにそれぞれ1章を割き、さらには知的所有権の問題についても取り上げている。

でも、意外だった記述もある。僕は3Dプリンティングが温室効果ガス排出削減にプラスの貢献をするものだとずっと信じていたが、本書を読むと必ずしもそうとはいえないという先行研究があることを知り、僕は見方の修正を迫られた。要は最終製品の輸送コストは削減されるけれども、プリンティングに使われる素材の製造と輸送にはやっぱりコストがかかるし、また結構歩留まりが小さいようでもある。やたらと試作品を作って処分に困るというような事態も実際にはあったようで…。社員がネットで変なサイトを閲覧しているのに代わり、社員が3Dプリンターでフィギュアのプリンティングをやっちゃってて、やたらと素材の消費が速かったりとか…。

以下は、2か所ほど印象に残った記述の引用―――。
 3Dプリンティングとそのデザインのテクノロジーによって、デザインと製造は手早くできるようになる。小さな企業も、かつてはグローバル企業にしか使えなかった強力なツールを手にする。才知に長けた企業が、3Dプリンタとデザインソフトを装備すれば、かつては社内の設計・技術部門の専売特許だった、優れたサービスを提供できる。
 本書のための調査をするなかで、われわれは、3Dプリンティングがかつての製造業の地域に、つまりニューヨーク州北部からアメリカ中西部の一部にかけての経済的に衰退しつつあるラストベルト(斜陽鉄鋼業地帯)に根付いていることを知った。そうした地域の企業では、多くの場合、従業員は、廃業した地元の製造工場の元従業員だ。外注生産と工場のオートメーション化という二重の打撃を受けて仕事が干上がると、一時解雇された従業員は難しい決断を迫られた。仕事のある場所へ引っ越すべきか、それともその地にとどまってなんとかやっていく方法を見つけるべきか?
 かつて、工業規模の3Dプリンタを購入し、工業用デザインソフトを動かせるだけの演算能力をもつハードに金を出せるような中小企業はなかった。その状況が今変わりつつある。われわれが訪問したある中小企業を興した人は、西側世界の製造業の黄金時代にキャリアを積んでいた。彼を「マイク」と呼ぼう(家族がその会社を特定されないように臨んだので、本名ではない)。マイクの会社は、地域の企業に設計工学やプロトタイプの製作や3Dプリンティングのサービスを提供している。(pp.45-46)
この記述は、大規模な産業の立地が難しいような遠隔地、僻地であっても、3Dプリンティングが生業として成り立ちそうだということを示唆している。

 今日、メイカーが新製品を売り出すには、最初から多く作らなければならない。工業規模の製造機械は、一度に一個だけ品物を作るようにはできていない。起業家になろうとする人は、大量の素材を調達し、規模の経済を利用できるだけの工場のマシンタイムに投資して、小売店の棚スペースを確保する金をださなければならないのだ。
 3Dプリンティングによって、人々は本業を続けながら、自分が創作した新製品の市場可能性を探ることができる。中小企業は、高価な機械類や、使わないおそれのある棚スペースや、専門的な技術支援に投資する金銭的リスクを減らせる。発展途上国の自給自足経済のなかで暮らす、資本を持たない人々は、地元のものづくりセンターで、使わない可能性のあるインフラに投資をせずとも製造に着手することができる。
 3Dプリンティングは、ものづくりのビジネスへ参入するコストを下げ、起業家に対しては、市場へのより安く、よりリスクの小さなルートを提供するだろう。工場を建てる資金を調達する代わりに、起業家は3Dプリンダでサンプルをひとつふたつ作り、自分のアイデアがうまくいくかどうか確かめられるのだ。最初のサンプルが売れたらもういくつか作って、購入者の要望があればデザインを変更することもできる。需要が伸びつづけたら、生産をスケールアップして従来の工場へ移管したり、大量の3Dプリンタを動かすのに投資したりすることも可能だ。(pp.96-97)
ここは、ビジネススタートアップをやりやすくする3Dプリンタのメリットについて描かれている箇所だが、あえて途上国の「地元のものづくりセンター」と描かれている箇所は「ファブラボ(Fab Lab: Digital Fabrication Laboratory)」のことを指し、途上国での普及の可能性について触れている。

わかりやすい翻訳だった。

Fabricated: The New World of 3D Printing

Fabricated: The New World of 3D Printing

  • 作者: Hod Lipson and Melba Kurman
  • 出版社/メーカー: Wiley
  • 発売日: 2013/02/11
  • メディア: ペーパーバック


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