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『湖水の疾風ー平将門』(上・下) [読書日記]

平将門―湖水の疾風(かぜ)〈上〉 (人物文庫)

平将門―湖水の疾風(かぜ)〈上〉 (人物文庫)

  • 作者: 童門 冬二
  • 出版社/メーカー: 学陽書房
  • 発売日: 1996/07
  • メディア: 文庫
平将門―湖水の疾風(かぜ)〈下〉 (人物文庫)

平将門―湖水の疾風(かぜ)〈下〉 (人物文庫)

  • 作者: 童門 冬二
  • 出版社/メーカー: 学陽書房
  • 発売日: 1996/07
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
猟官運動に明け暮れる都での生活に見切りをつけ、東国に帰った将門は、父の残してくれた土地を奪おうと謀る親族たちを相手に激烈な戦いへと突入してゆく。無垢な心を傷つける遇発事件の連続から次第に地域の独立と“常世の国”の実現をめざした戦いへと突き進む風雲児将門の悲劇の生涯。 美しい湖水に囲まれた東国の地に、理想の王国を築こうと努力しつつ、さまざまな苦難に立ち向かった一人の武骨な武人の生き方を通して、中央と地方の対立、民衆愛、地域愛、信ずることの哀しみ、都への妥協と反逆への道すじを描き切った童門冬二の新境地を開く傑作小説。
1年前、妻の実家に預けていた僕の蔵書を「断・捨・離」した際に、捨てられなかった本がかなりある。以後、ハードカバーの単行本から手始めに、処分する前にもう一度読んでおこうと取り組んできたが、なかなかその作業も進まず、既に1年が経とうとしている。

そんな中の1つが、堂門冬二著『湖水の疾風』の上下二巻だった。本日のブログは1996年発刊の文庫版の方で表紙のイメージをご覧いただいているが、僕が読んだのは1993年7月に学陽書房から出た単行本の方である。童門冬二の著書って読みやすいし、現代に通じる歴史からの示唆のようなものが必ず含まれているから、捨てる前にちょいと読み直しておこうかと考えてしまった。結局1年かかったが、先週半ばの12日(水)に風邪で午後半日会社を休む機会があり、病床で横になりながら小説でもパラパラ読もうかと考え、ようやく上巻に手を付けることになった。上巻を読み切るには4日要したが、この週後半は、幸いにも仕事がひと区切りついていて週末に仕事を持ち帰らずに済んだこともあり、下巻も一気に読み切ってしまうことができた。

平将門に興味を持つきっかけは、NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』だった。僕が辛うじて自分が見ていたことを思い出せるのはもう少し前の『新・平家物語』や『国盗り物語』だが、オープニングの勇ましさで印象に残っているのは、僕が小学6年生の1月から放送開始されたこの『風と雲と虹と』だった。歴史大好き少年がテレビ映像として記憶していたのはそれまでなら平安時代末期の源平合戦あたりまで遡るのがせいぜいだったので、平安時代前半の、しかも京の都ではなく坂東で活動していた桓武平氏の話というのは、衣装も含めてとても新鮮だった。将門の叔父3人の厭らしさとか、真野響子さんの美しさとか、緒方拳さん演じる藤原純友の野生児ぶりとか、鹿島玄明を演じさせてもクールでシャープだった草刈正雄さんとか、いい役者さんをキャストされていたと思う。

当然ながら、観音寺潮五郎の原作も文庫版では持っていて、それもいずれ読んでブログでも紹介してみたいが、とりあえずは読みやすさという点で、童門冬二版の将門の方をご紹介する。

良いところも悪いところも含め、典型的な童門冬二作品だと思う。悪しき点を先に述べておくと、小説として読むにはドラマ性には欠けていると思う。おそらくは史実に忠実で架空の人物をキャストしてドラマ性を強めるような脚色はほどこされていないからだろうが、淡々とした描き方で、スリルには乏しい。平将門といえばよく対比されるのが平貞盛であり、基本的に本作品はこの2人の目線で描かれていく。だから、将門の叔父で貞盛の父である平国香はほとんど登場しない。大河ドラマでは将門は京での宮仕えの期間中に藤原純友とも交流を深めたことになっているが、童門作品では西国での藤原純友の乱と坂東での平将門の乱は、発生時期はほぼ同じで、背景は似通っているけれど、両者が示し合わせて地方で反乱を起こしたということにはなっていない。

そもそも童門作品の良さというのはドラマ性ではなく、時代背景の解説の多さと、現代を生きる我々にもたらされる歴史からの示唆というところにある。その意味ではいい作品だと思う。

よく考えてみると、歴史にはよくわからないことが多い。例えば、歴史上の人物には、「上総介」とか「武蔵守」とか「常陸掾」とか、様々な官職が出てくるが、その違いがよくわからなかった。それに、「守」と付いている人がその国に赴任せずに都だとか別の場所にいるのはなぜなのか、地方の役人は普段は何をやっていたのか、都からの通達はどのように地方に伝えられ、それを地方の役人はどういうふうに受け止め、行動していたのかとか、各々の国の内政だけでなく、隣国との関係はどうなっていたのかとか、考えてみたらよく知らないことが多い。

さらに疑問は、中央の人事で赴任した平氏や源氏がどのようにして地方に長く影響力を残せたのかとか、平安後期になると中央政界で活躍した平清盛の祖先がなぜ坂東を拠点にしていたのか(坂東は平氏というより源氏の拠点だという印象の方がはるかに強いが)、どのようにして中央に進出していったのか、中央から地方に赴任した上官はともかくとして、始めから地方政庁で採用されている役人は、どのように採用されて、上官に対してどういう感情を持っていたのかとか、童門作品は、歴史ものを読んでいてもなかなか気付かないことに気付かせてくれるような解説がふんだんに盛り込まれている。

歴史の勉強をしたければ、童門冬二作品を読むのはありだと思える。

さて、そうしたドラマ性には欠けた本作品だが、読んでいるとそれでも平将門というのはつくづく時代や周囲の人々の思惑に翻弄され続けた生涯だったというのがわかる。作者も述べているように、将門は地方の独立性をもっと強めたい、その地に合った政策を独自に採用して地域を富ますような自治を実現させたかったというのは間違いないのだろうが、完全な独立国ということではなく、独立性を確保するために、中央への貢物はふんだんに贈るという関係にそのイメージはとどまっていたようだ。当時の都では、将門が東国に独立国家を作ろうとしているという危機感を相当感じていたことだろう。結局将門の地方自治像は、中央には理解されなかったようだ。そして、将門は農牧の生産性を上げることで中央に貢げるだけの余剰を作ろうと試みたようだが、それだけではインパクトは十分ではなかったのかもしれない。将門の理想とするものは、のちに奥州藤原氏によって東北に実現するが、それはこの地で金のような都にとっても貴重な鉱物資源が採れたというのが大きかったのではないかと思う。

タグ:童門冬二
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