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復活の週報(2/18-2/23) [備忘録]

年明けからまったく「週報」を書いておりません。往々にして週報は長くなる傾向があり、面倒くさくなってやめてしまいました。年明けのこの2ヵ月、仕事の上では不本意な事態が度々起こり、その度に対応に追われました。人を信じて任せた作業で不手際が起こり、「詰めが甘い」と怒られたこともあります。

この2ヵ月、「午後10時就寝、午前3時起床」がますます徹底され、アラームのセットを忘れても朝は3時少し前に起きることができるようになってきましたが、ブログもフェースブックも更新頻度は落としました。それで何が起きているかというと、持ち帰っていた仕事の資料を朝方から読み、4時台後半から身支度を開始し、6時30分前に家を出て会社に向かうというパターンが増えました。週末も、以前なら持ち帰った仕事を2、3割程度こなせればおんのじだったのが、今や週末2日とも「早勉」で2時間以上作業し、さらに日中コミセン図書室で数時間作業をやるなどして、実行率が8、9割というところまで上がっています。裏を返せば、それだけの仕事を抱えているということです。

ただ、もう1つの理由は、会社の顧問医から言い渡されている、「半年で5kg減量」という目標の達成期限が3月末に迫っており、少々のテコ入れが必要な状況になってきていることです。実家であろうと東京であろうと、年末年始はウェートが増えます。増えた時点で5kgどころか1kg程度の減量しかできておらず、残る3ヵ月で4kg減らさねばならない事態に陥りました。これを達成しないと、また顧問医から「自己管理能力ゼロ」「人間失格」などと言われます。

もう確実に体重を落とすには、カロリー摂取量を減らし、逆に消費量を増やすしかない、そこで始めたのが「剣道ダイエット」。2003年の夏にも一時取り組んだものです。

要するに、稽古量を増やすだけのことです。それまで毎週土曜日しか通っていなかった稽古に平日にも1日ないし2日通うようにし、20時30分過ぎに帰宅してから22時の就寝時刻までに何も摂取しないというものです。

これを実行するためには、朝は誰よりも早く出社して先に仕事にとりかかり、夕方は17時45分の終業後ただちに退社するというパターンを徹底させました。1月の道場寒稽古は仕事上のお付き合いで夜の宴会に出た1日を除いて準皆勤し、その後もだいたい週3回ペースを守っています。

これで、目標達成まであと1kgちょっとというところまで落とせてきました。

歳をとると新陳代謝が低下しており、1時間の稽古の最後の方にならないと汗が出てきません。それでもそれなりに動き回っているので、カロリーは消費していると思います。また、稽古の頻度が少し高くなったので、普段からいろいろ考えていた技を練習で試す機会も増えました。

23日(土)は、それを試す場でした。年1回の道場所属剣士同士のトーナメント戦が行なわれました。

結果から言うと、11人参加のトーナメントで準決勝敗退。三位決定戦も連敗して、4位に終わりました。シードされて2回戦から登場して準決勝まで勝ち上がりましたが、飛び入り参加した道場OBの現役大学生に競り負け、その直後に行なわれた三位決定戦も、延長戦で力尽きて不用意に出した小手を抜かれて面で負けました。今年50の大台を迎えるオジサンには、年下相手の連戦はきついです。

ちょっと言い訳を述べておきます。

2月は上旬にいちど体調を崩して9日(土)に終日寝込んだので、そこから2週間で体調を整え、調子をピークに持って行くため、いつもよりも激しめの稽古をしました。19日(火)夜の道場での稽古も、かなり動けたので、これで週末のトーナメントはかなりやれると自信を持ちました。僕の場合はフットワークが命なので、当日も素早い足さばきができるよう、普段通勤の際に駅まで歩く30分も、いつもよりも大股の早歩きを心がけました。

ところが、その後、生活のリズムが少々崩れました。

きっかけは、21日(木)の過ごし方にあります。この日は今週の最大のヤマ場となる打合せが午後に予定されていたため、普段なら昼休みにとる居眠りもできず、そのまま夜になだれ込み、会社の宴会で飲みました。朝3時から起きている状態で臨んだ宴会は大いに盛り上がり、二次会にも及びましたが、僕はそこから帰宅するまでの間、同じ列車に乗っていた同僚と何を話したのかまったく覚えていません。帰宅は1時でした。

少しだけ起床時間を調整して22日(金)は朝4時に起きましたが、喉は痛く、少し酔いが残っていました。それでもいつも通り8時前に職場入りするため、6時30分には自宅を出て、三鷹駅まで30分歩きました。その頃から、左膝に力が入りにくい、気を抜くと左膝ががくんと曲がってふくらはぎからももの裏側にかけて鈍痛を感じるのに気付きました。それも一時的なものだろうと思い、夕方定時で上がって、近所のコミセンの体育館で行なわれていた有志による合同稽古に参加しました。試合前だし、体調を整えるぐらいの軽い稽古にしようと考えていたのです。しかし、その稽古でもどうも足さばきがうまくいかない。これは相当ヤバいのではないかと不安になりました。

試合当日の朝の状況もあまり変わりませんでした。妻からは、大事をとって欠場したらどうかとも言われましたが、肉離れの状態で試合をするのと比べたらずっとましだと思ったので予定通り出場することにし、普段使わない膝用サポーターで左膝を固定して試合に臨みました。

僕の繰り出す技が右に流れるという指摘を先生から受けましたが、それは左膝の踏ん張りがいつもよりも効いていなかったからだと思います。ただ、準決勝で優勝候補の現役大学生と当たって本気で勝ちに行ったので、そこで負けて直後に三決を戦えと言われても、気力も体力もあまり残っていなかったというのは正直なところです。

お陰で、これを書いている24日(日)朝は、前日と比べても左膝は痛いです。これは回復まで少し時間がかかるかもしれません。

そんな踏んだり蹴ったりだったトーナメント戦までの1週間で、それでも収穫があったとしたら、それは、ここ数ヵ月稽古で練習していた技を本番で1つは出して1本を取れたことです。それは胴打ちでした。

僕が試合で胴を使ったのは高校時代以降初めてで、それくらい僕は小手か面しか打たない剣士でした。上背があるからそれは当然なのですが、実は半年ほど前までは胴打ちはむしろ苦手だったのです。それを克服しようと思ったのは去年11月の全日本選手権をテレビで見てからです。

僕もいい歳ですし、いい加減攻め一辺倒の剣道から、相手の技を引き出して応じ技で仕留める剣道に移行していかないと体が持ちません。そうした意味からも、胴打ちが使えるようになったのは大きな収穫でした。

取りあえず無事にこの1週間を乗りきることができ、ホッとしています。

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23日(土)は、都立高校入学試験の当日でもありました。我が家の長男の決戦本番の日でもあります。

既に私立高校では1校合格通知をいただいているのですが、公立と私立では学費も雲泥の差があるので、できれば都立高校も合格して欲しいと期待しています。でも、倍率を見ているとそうそう楽観視はできません。僕的には合格している私立の方がレベルが高いので、都立に落ちても私立でもいいとすぐに踏ん切りがつくのですが、問題は学費であり、万が一私立進学ということになった場合は、僕が今在籍している大学院博士課程の方をこれ以上続けることについて、難しい選択を迫られる可能性があります。

都立高校の合格発表は28日です。こちらの方は、固唾を飲んでその日を待つことになりそうです。

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