SSブログ

『自殺する種子』 [シルク・コットン]

自殺する種子―アグロバイオ企業が食を支配する (平凡社新書)

自殺する種子―アグロバイオ企業が食を支配する (平凡社新書)

  • 作者: 安田 節子
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2009/06
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
巨大アグロバイオ(農業関連生命工学)企業が、遺伝子工学を駆使した生命特許という手法で種子を独占し、世界の食を支配しつつある。本書は、工業的農業の矛盾を暴きつつ、その構造を徹底解剖する。グローバリズム経済を超えて、「食」と「農」の新たな地平を切りひらく。

16日(金)、大学院の論文指導教官からの要請により、1日会社を休んで知多の母校に行き、学部生向けのゲスト講義を1コマやらせていただいた。このところ続けざまにインドの綿花栽培農家の苦境についてブログで書いているが、お察しの通りこのテーマをグローバル化と繋げて講義を組み立てたのだ。

いきなり農民の自殺の話から入ったもので、教授はハラハラされたそうだが、つかみとしてはまあまあ効果的で、授業後のコメントシートはしっかり書いてくれている学生さんが多かった。朝1限目の授業だったので、出席率は悪かったみたいだし、授業がつまらないと判断する間もなく開始早々から机に突っ伏していた学生さんも何人かいたので、学部生といったらそんなものなのかもしれないなと苦笑もした。

さて、この準備の過程で、これまで紹介した新聞や雑誌の記事の他にも、参考文献として読んだ本が何冊かある。『インドの衝撃』に収録された「コットンベルトは自殺ベルト」はその1つだが、その他にも2冊ほど参考文献がある。紹介するのはそのうちの1冊で、遺伝子組み換え種子(GM種子)について書いてある本ということで読んでみることにした。

本書のタイトルになっている「自殺する種子」というのは、農家に自家採り(種の使い回し)をさせないよう、1回収穫した種を次の作付期に播いてもうまく生育しないような仕掛けが施された「ターミネーター種子」のことを言っている。米国の大手種子会社が開発したもので、そうすると農家は作付するたびに種を町のタネ屋から買ってこなければならない。そうやって大手種子会社は勝手に自社の種を使い回しされるのを防いでいるのだという。

こういうのを読んでいると、米国の大企業の横暴を感じざるを得ない。

ただ、タイトルをこう付けている割に、ターミネーター種子について書かれているのはわずかに1章のみで、あとは別の話題である。基本的に著者は消費者運動を主導してきた立場から、GM種子反対、オーガニック栽培賛成、農産品市場開放反対といった立場をとっている。わけのわからぬ農産加工品を口に入れて、後で健康上問題は起きないのか、多収量に惹かれて多投入の種子や化学肥料、農薬を使う農法が、土地の生産性を長く維持できるのか、といった問題提起をしており、これについてはまあ反論がしづらい。僕自身も立場としてはこれに近いものがある。

だが、天邪鬼な僕はこんなふうにも考える。この著者、食の安全性をさかんに強調するが、従来型農法で生産されている農産品がそんなに危ないのか、それについては何も言っていない。うちの実家の父は、政府が認めた銘柄のコメを、政府が決めた農薬や化学肥料を使って生産して、その一部を食べてきた。それで健康上の問題が生じたという話など聞いたことがない。もし間もなく78歳になろうとするうちの父が、もし今の農法を変更して、有機農法でコメ栽培をやるなんてことになったら、収量は多分落ちるし、病害虫管理や有機肥料の供給などで余計な手間がかかり、農作業に従事していられなくなるに違いない。近所では親戚が既に耕作に従事できなくなり、父は親戚の田んぼでも稲作をやっている。これが有機農法になれば、他人の田んぼの面倒までとても見ることはできないだろう。

要するに、著者が本書で書いていることは基本的に消費者の視点からの考え方であって、農業の担い手が高齢化してしまった今の日本で、生産者の視点を欠いているのではないかと感じるのだ。著者の言っていることは基本正しいのだが、農業従事者が無理なく受け入れられる方法論を提示せず、理想論だけを展開するのでは片手落ちなのではないかと感じるのである。

著者は今の日本と世界の農業の担い手をどう見ているのだろうか。有機農業は手間がかかるといっても誰でも無理なく始められると思っておられるのだろうか。途上国で取扱説明書もちゃんと読めない識字率の低い農家が、ほとんど村に巡回に来ない農業普及員の指導もなしに農業に従事し、それでも遺伝子組み換え種子の購入を賢く避けられると思っておられるのだろうか。そこまで配慮して語って欲しかったと思う。正論も、地に足が付いていなければ虚しく響く。


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0