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Owning Development [読書日記]

Owning Development: Creating Policy Norms in the IMF and the World Bank

Owning Development: Creating Policy Norms in the IMF and the World Bank

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: Cambridge University Press
  • 発売日: 2010/10/07
  • メディア: ハードカバー
内容説明
As pillars of the post-1945 international economic system, the International Monetary Fund (IMF) and the World Bank are central to global economic policy debates. This book examines policy change at the IMF and the World Bank, providing a constructivist account of how and why they take up ideas and translate them into policy, creating what we call 'policy norms'. The authors compare processes of policy emergence and change and, using archival and interview data, analyse nine policy areas including gender, debt relief, and tax and pension reform. Each chapter traces the policy norm process in order to shed light on the main sources and mechanisms for norm change within international organizations. Owning Development details the strength of these policy norms which emerge, then either stabilize or decline. The book establishes valuable insights into the strength of current development policies propounded by international organizations and the possibility for change.
本日ご紹介する1冊は、職場の勉強会で少しだけ読む機会があったものだ。「開発を所有する」という刺激的なタイトルからもわかる通り、本書は世銀やIMFにおいて政策規範がいかに形成され、それが世界の開発援助の潮流をどうリードしていったのかを、具体的な政策アジェンダを例に挙げて紹介しているものである。「ワシントン・コンセンサス」が、いかにしてコンセンサス(合意事項)になっていったのかを知りたい人にとってはとても面白い本だと思う。ワシントンのエリートが、世界の開発思想や政策改革論議を牛耳っている、意地悪な言葉を使えば、「私物化」しているということが、本書の全体的なトーンとして批判されているということなのだろう。

紙面の関係上、扱われている政策規範の事例はそれほど多いわけではない。個人的には、ウォルフェンソン元総裁の下で2000年頃から進んだ世銀内でのIT関連のイニシアチブの乱立を、こういう分析枠組みの中で見たらどうなるのかを扱ってくれた論文なんかがあったら面白いだろうなと思っている。

さて、その勉強会の中で僕が担当したのは世銀の年金制度改革における政策規範形成の事例分析の章である。

Veronika Wodsak and Martin Koch
“From three to five: the World Bank’s pension reform policy norm”
pp.48-69


世銀は、1994年に三階層からなる年金改革政策研究報告『Averting the Old Age Crisis』を発刊し、世界の年金制度改革をリードしたが、内外からの批判と年金改革向け貸出しでの教訓から、2005年に報告書『Old Age Income Support in the 21st Century』を新たに発表し、その主張をトーンダウンさせた。これは世界の年金制度の勉強をしている人にとってはかなり有名な話で、年金制度の勉強をする人にとっては、この2冊は必読書といってもいいと思う(と言っても僕は恥ずかしながら未だ読んでいない)。

本書全体の分析枠組みを振り返ると、①国際機関における政策変更と規範形成の起源とメカニズム、②規範サークルを通じた規範普及の経過、③政策規範をより包括的アプローチに近いものに移行していく経過を、世銀やIMFが打ち出してきた政策アジェンダの幾つかを事例に考察したものである。

年金制度に関しては、1990年代初頭までは賦課方式(PAYG)の公的年金制度のパラメトリック改革論議が主流だった。これは、既存制度に支給開始年齢や保険料率などのパラメーターを変更することにより制度を立て直すというものである。

1980年代末から、1990年代初頭にかけて、社会保護(Social Protection)への世銀の関心が高まってきた。その背景には、①旧ソ連邦諸国の社会保障制度の再構築の必要性が高まったことや、②1980年代にチリで年金制度改革が進み、年金基金運営を完全民営化するという民間主導の改革が成功を収めたこと、③新古典派経済学者の間で、国内貯蓄の動員と資本市場の深化に向けた年金基金の役割への注目が集まったこと、などが挙げられる。

90年代は、主要先進国での高齢化の進展から、年金制度を人口高齢化の趨勢にどう合わせていくのかが議論の中心となった。そこでは、賦課方式の年金制度と積立方式の制度の比較検討が中心的な課題となり、これまでの賦課方式から、積立方式への移行を推奨する意見が主流を占めるようになってきた。

1994年に世銀が発表した報告書は、①賦課方式の公的年金は廃止、②積立方式を推奨、③ファンドの運用は民営化、という大きな方向性が打ち出されていた。この報告書は、当時の世銀チーフエコノミスト、サマーズ教授が推進役となった。集められた研究チームは経済学者と金融の専門家から構成され、社会保障の専門家はメンバーに入っていなかったという。この論文のタイトルが示すように、この報告書が打ち出したのは三階建ての年金制度枠組みで、そこでは、①最低限の公的年金、②確定拠出建て積立方式でファンド運用は民営化、③追加的自主的貯蓄で構成されていた。

報告書が発刊されると世銀では強力な普及キャンペーンが行われた。対外的には、報告書のローンチやセミナー、ワークショップ、世銀傘下の研修機関でもあるWBIでの年金制度改革研修、国際会議などでの重点的な発表が行われた。報告書発刊後の2年間で、7つの国際会議が開催され、それにかかった費用は51.7万ドルにも達する。研究チームのメンバーは、ほぼ1ヶ月に1回のペースで世界各地で開催されるイベントで報告書の内容について紹介する発表をやったという。

また、対内的にも、世銀貸出案件での三階建て年金制度の推奨と、そのために世銀組織内での重点的な普及が図られたという。ブラウンバッグランチや世銀の社内ネットでの情報普及が行われた。

この結果、世銀は世界80カ国の年金制度改革を推進するための貸出案件を実行したほか、融資とは別に年金制度改革を進めようとした国々に政策助言を行った。報告書は世界中の学術研究誌にてのべ300回も引用され、メディアの注目を集めた。OECDやADB、USAIDといった国際機関、開発援助機関がこの研究チームの業績に対する認知を高めた。

しかし、世界中の注目が集まるにつれて、世銀に対する世界の専門家ネットワークや他の国際機関(ILOなど)からの批判も強まっていった。その推奨のされ方が一方的で、批判の的になったのである。

報告書の不備については幾つかの指摘がある。

第1に、方法論と分析の誤り。既に実施中で様々な実施面の問題に直面していた賦課方式と、理論上の積立方式を比較しており、積立方式を実施する場合に直面しそうな実務上の問題に対する考慮を欠いている。

第2に、当時世銀内で強まっていた新古典派的経済学者の台頭を背景として、当時はケインジアン型の福祉政策を攻撃する戦略がとられており、ケインジアン的政策を指向する意見は黙殺されるという傾向があったという。ケインジアン的政策を含んだ貸出案件は優先度を引き下げられたという。

第3に、不十分な実証データに基づいて政策が志向されていることが指摘されている。例えば、積立方式は加入者が少ない途上国では特に管理コストが高いという問題に対する考慮を報告書は欠いており、この点については世銀内部、特にラテンアメリカ地域担当局の関係者の間で高まっていたという。また、報告書は、制度移行に伴うコストや、途上国の制度管理能力、金融市場のリスク、年金給付額の変動、規制当局の規制枠組み、金融リテラシー教育の必要性に対する考慮を欠いていると批判されている。

1995年、ウォルフェンソン氏が世銀総裁に就任し、ストラテジック・コンパクトやCDF(包括的開発フレームワーク)、「ナレッジ・バンク」といった新たなアジェンダを推進し始めた。その一環として、社会保護担当課も新設された。チーフエコノミストもニコラス・スターン氏に交代し、スターン氏は社会保護担当課長に対し、新しい報告書の作成を指示した。

この報告書が完成したのは2005年のことである。新報告書では、よりオープンで融和的な書きぶりが試みられ、三階層だった選択肢も五階層に拡大している。また、従来の三階層の1階に相当する部分に、概念上の拠出建て(NDC)制度を新たに加えた。これは、俗に「スウェーデン方式」と呼ばれるもので、実質は賦課方式だが、加入者個々人が将来いくら年金を受け取れるのかを示されるというもので、一時日本で年金制度改革論議が高まった際も、スウェーデンではこんな取組みがあるというので紹介されていたので覚えておられる方も多いと思う。社会保護担当のホルツマン博士はもともとNDC方式の専門家で、90年代から2000年代に世界各国で進められたNDC方式の導入を推進し、実績をあげてきた。報告書にはその経験が生かされている。

新報告書では、1階部分のさらに下に0階部分を新設し、そこでは税収を財源とする賦課方式の「ソーシャル・ペンション」制度を新たに提唱している。2000年代に入り、国連などの場では「ソーシャル・ペンション」という言葉を頻繁に耳にするようになった。例えば、インドのIGNOAPS(インディラ・ガンジー全国老齢年金制度)もその1つで、貧困層の高齢者は60歳を迎えると月額定額の老齢年金を受け取れることになっている。但し申告制であるが。これは一種の条件付現金給付(Conditional Cash Transfer)で、開発援助の業界では今最も注目されている制度である。

こうして選択肢を増やした2005年の新報告書だが、3階建てを5階建てにしたことにより、一貫性に欠け、主張がはっきりしなくなったという指摘もある。それは1つには、積立方式を導入した国々で実施面での問題が表面化して、画一的な積立方式推奨が難しくなってきたことが背景にある。また、ウォルフェンソン体制下では「貧困削減」が世銀の組織目標として前面に出てきて、年金制度についても、ベネフィットの適正水準や貧困層へのカバレッジの拡大に取り組む必要性が高まってきたことがある。0階部分の「ソーシャル・ペンション」や、4階部分で老後の生活資金を年金だけではない他の社会保障や住宅保有によって手当てするという方策が出てきたのは、1994年報告書の3階建てでは、元々定期的な収入があって積立に資金を充てられる余裕のあるような所得階層の人々しか加入できず、そんな余裕がない低所得者層は年金制度から排除されるという批判があった。

こうして、一時は主流を占め、政策規範として確立されるかに見えた1994年報告書とそれが推奨した三階層の年金制度は、内外からの批判を浴びて見直しが余儀なくされた。こうして年金制度のファイナンスや各階の設計、階層間のウェート付けの議論はまだ残っているが、その間、「高齢期の生活保障の必要性」には注目が集まったし、単一制度に代わる「多層年金制度の検討の必要性」については大方の理解が得られてきたといえる。従って、これらを政策規範としてみた場合、世銀は規範の普及・定着には成功したと見なすこともできる。(ズルイですよね。章のタイトルでは「年金制度」を政策規範にしているように見えて、結論部分では「高齢期の生活保障の必要性」が政策規範だったなんて…)

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多少僕自身の解釈による事例の挿入はしたものの、以上が本稿で書かれていたことである。

最後に若干の感想を述べておこう。この著者、三階層が五階層になった際に、0階部分のソーシャル・ペンションと1階部分のNDC方式についてはそこそこの言及をしているが、何故4階部分を付け足したのかについては、殆ど考察していない。このソーシャル・ペンションやNDC方式は世銀内にも提唱者や推進役がおり、ここ10年ほどの国際社会での議論の中でも相当に検討が進んできたといえるのではないかと思えるが、4階部分については、付け足されたもののそこに注目して国際社会での議論が進んだとも思えない。

実はこの部分は日本の取組みが意外と進んでいるところでもある。家族・コミュニティの社会保障機能をいかに活用するか、また近代化とともに弱体化していく地域社会をいかに維持・強化するかに関して、2005年世銀報告書に具体的な提案があるわけではない。一方で、介護保険制度を含めた日本の地域福祉のあり方は、世銀が提唱してきた多層的アプローチを先取りしたものだということができる。このことは、大泉啓一郎さんの『老いていくアジア』の中でも強調されていることである。

そうしたことから、なぜ世銀が4階部分を付け足したのか、本章いはその部分についての満足行く説明がなかったのが残念だった。

年金制度改革の議論が、経済や金融の専門家の間でだけ行われ、社会保障や福祉の専門家の声が反映されていなかったというのはかなりショッキングな指摘ですね。
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