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『編集者という病い』 [読書日記]


先週発売の『文芸春秋』12月号で、久々に故・尾崎豊の記事が掲載されている。わざわざ買って読むほどの尾崎ファンではないが、1992年4月に亡くなった時のことは意外とよく覚えている。記事によると、遺族の意向によりこれまで存在が伏せられてきた遺書とその全文が明らかにされたというものである。亡くなられた時の状況から自殺か他殺かで意見が分かれた尾崎の死も、遺書の公開で一応の決着をみるのだろうか。

その尾崎と2年ほど行動を共にし、尾崎のコンサート会場には必ず足を運んでいた人物がいる。当時角川書店の編集者で、その後独立して1994年に幻冬舎を興す見城徹である。尾崎の才能に魅入られた見城は尾崎の本を出したいと彼にアプローチし、徐々に信頼を勝ち取っていく。その結果が『誰かのクラクション』という1冊に繋がるのだが、尾崎による見城独占欲のようなものが大きくなり、コンサート会場に見城が姿を現さないと切れるようなことが度々あったという。

編集者という病い

編集者という病い

  • 作者: 見城 徹
  • 出版社/メーカー: 太田出版
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
顰蹙は金を出してでも買え!僕はこうやって生きてきた。いや、こうやってしか生きられなかった。

本日ご紹介の1冊は、文春の記事とは全く無関係に、「編集者ってどんな人たちなのだろうか」という単純な好奇心から手に取った。しかし、冒頭の数章は見城の尾崎との思い出を克明に描いており、その中でも、尾崎が破滅に突き進んでいる様子が窺える。角川書店時代の見城は、自分が「この人の本を出したい」と思った作家やアーチストには熱烈な手紙を送り、関係構築に奔走する。そうして信頼を勝ち取ったのは、高橋三千綱、中上健次、銀色夏生、五木寛之、石原慎太郎、村上龍、松任谷由美、郷ひろみ…。角川を退社して幻冬舎を設立した時も、こうして培った信頼関係が生き、『ダディ』(郷ひろみ)や『ふたり』(唐沢寿明)、『弟』(石原慎太郎)などのヒット作品を世に送り出している。

今の世の中は出版不況と言われ、なかなか本が売れないと言われる。しかし、見城に言わせると、それは売れない本を出すからであり、世の中が必要としている本は必ず売れる、本が売れないのは出版社の努力が足りないからだと豪語する。それを裏付けるかのような見城の数々の実績が本書の中で語られている。書き下ろしではなく、どこかの雑誌に連載されていたエッセイや対談録から構成されているので、同じエピソードが何度も語られる箇所が幾つかあるのはご愛嬌だ。でも、「売れる本は必ず売れる」というその信念と行動の凄まじさは、読む者を感動させるだろう。

但し、誰もがこんな実績をあげられるのかというとそうじゃないとも思う。成功者が上から目線で自らの成功譚を語っても、結局「持っている人」と「持っていない人」の明確な線引きを読者に印象付けるだけに終る可能性はある。それに、「売れる本を世に出す」といっても、松任谷由美や尾崎豊、郷ひろみなどは、先ず「囲い込み」に成功した時点で本が売れる確率が高くなる。選挙で有名人を自陣営から立候補させようとする政党のやり口と同じものを感じてしまう。そうして良い素材を取り込むことも編集者の才能なのだと言われると、確かにそうかもしれないが…。しかし、それと引き換えに、彼は幸せな結婚生活は送っていない。

本書を読んで僕が感じたのは、この人の真似などとても自分にはできないという諦めの気持ちだった。どんな仕事でも極めよう全身全霊を傾ければ、それなりの実績も上がり、「仕事ができる人」としての評価を得ることができるだろう。でも、有名人を味方につけるために毎晩のように飲み明かして朝を迎え、そこから会社に直行するような無理までしないと見城の領域に迫れないとしたら、僕だけではなく多くの人にとってはとても真似できない生き方だと思わざるを得なくなる。家族を不幸にしちゃいけないという気持ちは働くと思うし、それ以前に、そんな生き方を続けていたら自分の心も体も持たないとして自制心がブレーキをかけるに違いない。

ここまでしないと仕事が極められないとしたら、僕は一生「プロフェッショナル」としての評価は得られないだろうなぁ。そして、時代がこういう人を求めているのだとしたら、日本の少子化やコミュニティの崩壊には絶対に歯止めがかからないだろうなぁ。この著者の仕事ぶりに感銘を受けるとともに、寂しさも感じたのであった。

――最後に日記っぽくまとめる。このところ、僕はある出版社の編集者の方と時々メールでやり取りをしている。こちらのメール送信に対し、向こうからのメール返信の時刻が深夜12時を回っていることもよくあり、一体何時まで起きておられるのだろうかと舌を巻いた。僕が編集者の方とやり取りしているのは自分の本の出版の件があるからだが、本書を読むと売れる中味になるよう、著者自身の努力も相当に必要なのだと改めて痛感させられた。
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