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『インドの「闘う」仏教徒たち』 [読書日記]

昨秋来、チベット亡命政府での指導者的立場からの引退を示唆していたダライ・ラマ14世であるが、そうこうするうちに、先週は亡命政府の新首相に米ハーバード大学研究員のロブサン・サンゲ氏が当選したというニュースが流れた。このニュースを聞いた時、インド・ダラムシャーラーにあるチベット亡命政府には首相をヘッドにした行政機構があるのだというのに初めて気付いたという方も多かったのではないだろうか。

インドの「闘う」仏教徒たち―改宗不可触民と亡命チベット人の苦難と現在 (ブックレット アジアを学ぼう)

インドの「闘う」仏教徒たち―改宗不可触民と亡命チベット人の苦難と現在 (ブックレット アジアを学ぼう)

  • 作者: 榎木 美樹
  • 出版社/メーカー: 風響社
  • 発売日: 2010/11/10
  • メディア: 単行本
内容紹介
発祥地にもかかわらず1%に満たないインドの仏教徒たち。多元社会で、カースト制度や差別からの解放、チベット独立に向けて活動する人々の実像を追う。
飛び石連休の積読在庫一掃プロジェクトの一環として本日ご紹介するこの1冊には、チベット亡命政府の三権分立制度についてなかなか詳しく描かれている。800円のブックレットとしてはかなり有用な情報源であり、費用対効果が高い1冊だと思う。

本書は、昨年発刊された直後に著者ご本人にお目にかかる機会があり、寄贈された本である。60頁弱のコンパクトな本なので、そのうち機会があれば読もうと思っていたら、今の時期になってしまった。このGWの序盤、僕は家族を連れて岐阜の実家に帰省中であるが、チベット仏教だけではなく本書はナグプール(マハラシュトラ州)を拠点にした不可触民の間での仏教改宗運動についてもレポートされており、インドにおける仏教の今を考える上では非常に有用な本なので、読み終わったら実家に置いておき、父にも読んでもらおうと考えて、急いで読み切った。著者の榎木さんは学生時代にナグプールの佐々井秀嶺師の追っかけをやっておられた方で、昔アンベドカル博士が推進した不可触カーストの仏教への改宗の流れを汲む佐々井師の活動を日本に伝えられる数少ない語り手の1人である。そもそも佐々井師がブッダガヤ(ビハール州)からナグプールに拠点を移したきっかけは「南天竺で龍樹に会え」というような夢のお告げだったという話を師ご本人の著書で知ったが、仏教が普及した当時のインド(天竺)の南端はナグプールのあたりだということでそこに行き、アンベドカルの運動についてそこで知ることになったと仰っていたと記憶している。

本書は、前半はナグプールの改宗不可触民の今、後半はチベット亡命政府の今を取り上げ、今インドの仏教徒の間ではこの2つの大きな流れがあるが、両者が交差する機会があまりないことも認めている。この2つを繋げられるのは、若い頃(今も十分若いが)に佐々井師の活動を追いかけ、今もナグプールの改宗不可触民の調査をしており、しかもダラムシャーラーの亡命政府の職員とご結婚されている榎木さんをおいて他にはいないのではないかと思う。おそらく本書は入門編ともいえるブックレットであり、いずれはしっかりとした学術書でも論じられるのだろう。今後もその著書は読ませていただければと思っている。

ただ、少し気になったことも付け加えておきたい。

第1に、ダラムシャーラーでもナグプールでも、極めて高名な指導者の後を継ぐような人が育っているのかという疑問。チベット亡命政府では首相交代があって後継者が育っているのではないかという印象も受けたが、ナグプールの佐々井師の後継者についてはどうなのだろうか。既にかなりの高齢である佐々井師も、ダライ・ラマよりも行動半径は狭いけれども1人で列車やバスで動かれていると聞くと、ポスト佐々井という方がいるとも思えない。本書を読んでいて、その点はかなり不安を感じた。

第2に、本書では著者が「私」という一人称で結構登場しており、研究者としての客観性は後退していて、研究者というよりもむしろ活動家としての主体性が前面に出ているとの印象を受けた。ブックレットという本の性格上それもありなのかもしれないが、もう少しボリュームのある本を今後書かれるとしたら、この点はハンデとなるかもしれない。僕も今出版物にするための原稿を執筆中であるが、編集担当の方からは、主観を極力抑えて客観的事実だけを淡々と書き連ねるようアドバイスを受けている。本書の場合はそうした編集者のアドバイスとは対極にあるような書き方になっている。

とはいえ、僕は著者ご本人をよく知っていて、一緒にお仕事もさせていただいたことがあるだけに、本書を読んだ読者が感じられるであろう著者の明確な意図、そしてその意図に基づき常に正しい行ないをするという姿勢というのを好感をもって捉えている。まさに「言行一致」の人であり、尊敬できる人である。今でも時々メールのやり取りをさせてもらっているが、本書のあとがきで書かれている「正しい意図で行動を起こすとき、そこには菩薩が宿り必ず助けが入る」というのを、最近のやり取りの中で改めて感じているところである。
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