週刊エコノミスト「インド攻略」 [インド]
『週刊エコノミスト』2010年9月7日号
特集:インド攻略
ただ、「外資誘致で海外企業の草刈り場に」を読みながら、アンドラ・プラデシュ州が投資適格かというと、そういえばテランガナ地方独立州化の運動は今どうなっているのだろうかと気になった。最近のインドの週刊誌でもあまり取り扱われず、テランガナ問題は方向性が見えてくるには長い時間がかかるのだと思う。その間、忘れた頃にはスト多発なんて状況が度々起きるのだろうなぁ。こういう、日本からインドを見ている人の見方と、実際にインドに住んで現場を見ていた人の認識との間には、ちょっとズレがあったりするのかなと思う。昨日インドがテーマになっていた勉強会に出た。断片的には見てきたことを繋ぎ合わせて考える良いきっかけにはなったのだが、「本当にそうだったかなぁ」と首を傾げるような解釈の仕方を発表者がされていたところも気になった。
1.韓国企業の人材育成について
因みに、別の記事の中には、「インド2001年国勢調査によると、母語とされる言語は1635で、このうち話者人口1万人以上の言語は122となっている」(p.32)そうである。
2.消費市場としてのインドの潜在性について
3.大都市で姿を消すスラムについて
また、あのフリージャーナリストの石井光太さんがムンバイのスラム取壊しについて紹介している囲み記事もある。さすが石井さん、スラムには強い。というか、確か彼の近著もムンバイを扱っていたような気がする。起用するライターとしては非常にタイムリーだということだろう。
第2に、これはムンバイに限らないということ。間もなくデリーでは英連邦スポーツ大会(Commonwealth Games)が開幕するが、これに向けてデリー市内のスラムの中には立ち退きを迫られていたところもあったと聞く。僕の訪れたことがあるロディ・コロニー地区のスラムなど、大会メーン会場のネルースタジアムから至近距離にあるため、かなり前の段階から市当局にプレッシャーをかけられていた。さらに大会に向けた市内の競技会場の整備や道路交通インフラの整備も徐々に終わりつつあり、土木作業員がリリースされてコンノート・プレイス地区には溢れ返っているとも聞いた。彼らはこれから市から退去を求められるだろうが、村に戻るのか、それとも郊外で新たなコロニーでも形成するのか、注意が必要だと思う。
石井さんが書かれている通り、インドは街のきらびやかなところだけを見ていては全体はわからないのだ。
4.最後にインド映画に関する数字
特集:インド攻略
記事目次以前から編集部の方にやると聞かされていたインド特集号が発売になった。もっと先の話かと思っていたら、結構早かったのですね。まあ、インドに駐在していた頃はこういう形で経済の視点から包括的にインドを俯瞰する機会が殆どなかったので、20頁ぐらいある特集記事は読んで非常に勉強になった。
‐外資誘致で海外企業の草刈り場に(岡部貴典)
‐小型車市場で勝ち残ったメーカーがインドを制する(伊藤洋)
‐進出加速させる日系鉄鋼メーカー(伊藤洋)
‐激化する日韓家電対決(巖在漢)
‐インタビュー:丸尾秀(パナソニックアジア大洋州本部副本部長
‐ジェネリック薬の生産・輸出拠点に(増田耕太郎)
‐中間層台頭で進む小売革命(伊藤博敏)
‐政治、宗教、文化―――インドを読み解くQ&A(近藤則夫)
‐ムンバイで進む「貧困のドーナツ化現象」(石井光太)
‐存在感高まる「世界のIT拠点」(小島眞)
‐140年以上引き継がれるタタ財閥の経営哲学(小島眞)
‐官民協調型巨大プロジェクトに山積する課題(近藤正規)
‐インフラ整備はゆっくりと局地的に進む(成田龍介)
ただ、「外資誘致で海外企業の草刈り場に」を読みながら、アンドラ・プラデシュ州が投資適格かというと、そういえばテランガナ地方独立州化の運動は今どうなっているのだろうかと気になった。最近のインドの週刊誌でもあまり取り扱われず、テランガナ問題は方向性が見えてくるには長い時間がかかるのだと思う。その間、忘れた頃にはスト多発なんて状況が度々起きるのだろうなぁ。こういう、日本からインドを見ている人の見方と、実際にインドに住んで現場を見ていた人の認識との間には、ちょっとズレがあったりするのかなと思う。昨日インドがテーマになっていた勉強会に出た。断片的には見てきたことを繋ぎ合わせて考える良いきっかけにはなったのだが、「本当にそうだったかなぁ」と首を傾げるような解釈の仕方を発表者がされていたところも気になった。
1.韓国企業の人材育成について
現代自動車はインドを小型自動車の輸出基地と位置づけ、輸出港の近くにあるチェンナイに工場を持っている。インドの公用語はヒンドゥー語、準公用語は英語だが、工場の従業員は現地の言葉しか理解しない人が多い。現地で話される言葉は派生語も含めると800以上。チェンナイではタミル語が話されるが現代の駐在員は現地語を習得し、従業員とのコミュニケーションも十分できるという。(p.25)――すごいな現代。韓国企業が若手社員をインドに送り込んで、インドビジネス専門要員として最初から育てるという話は昔自分のヒンディー語の先生から聞かされたことがあるが、これは日本企業と比べて大きな違いだと思う。歳をとってからインドに派遣されても、頭が固くなっていて現地語の習得を妨げてしまう。
因みに、別の記事の中には、「インド2001年国勢調査によると、母語とされる言語は1635で、このうち話者人口1万人以上の言語は122となっている」(p.32)そうである。
2.消費市場としてのインドの潜在性について
ハイパーマーケット「ビッグ・バザール」などを運営するインド最大の小売企業グループであるパンタルーン・リテールのラケシュ・ビヤニCEOは、インド市場の今後の可能性について次のように語る。「若者が形成するインドの市場は、新しいモノへの適合性が高く変革を恐れない。サプライヤー側がこれまでにない新たな習慣や価値観を提供することで、爆発的な拡大が期待できる。市場が大きな変革期にある今こそ、勝負をかける絶好のタイミングだ」。(p.30)――人口構成が若い国っていいなぁ。進取の精神に富んだ若者がいっぱいいるのだから、火が点けば爆発的に売れるというのはその通りかもしれない。
3.大都市で姿を消すスラムについて
また、あのフリージャーナリストの石井光太さんがムンバイのスラム取壊しについて紹介している囲み記事もある。さすが石井さん、スラムには強い。というか、確か彼の近著もムンバイを扱っていたような気がする。起用するライターとしては非常にタイムリーだということだろう。
問題はこうしたスラムの人々が立ち退き後にどこへ移っているかという点である。ほとんどの人々が、郊外の貧しい町に押し寄せている。都市の中心部では警察の取り締まりが厳しくなり、新たなスラムをつくることができない。そこで、郊外に流れ、路上生活をしているのだ。(中略)だが、インドから貧困者が消えるわけではない。見えない所に押しやられているだけなのだ。読み書きや計算もできない彼らが再び都市の中心に戻ってくることはないだろう。だからこそ、今後はきらびやかな都市とともに、郊外へ追いやられた人々にも目を向けていく必要がある。(p.33)この話を読んで、2つ考えたことがある。第1に、僕の知っている日本のNGOがムンバイのスラムで活動計画していた児童向け音楽教室のこと。準備に手間取っている間に4年以上が経過してしまったが、その間に児童の数が減ってきたと仰っていた。こういう活動は見直しが迫られるだろう。プロジェクトを立ち上げるまでに時間をかけ過ぎると、立ち上げた時には状況が変わってしまっていたというのは大きな教訓になる。
第2に、これはムンバイに限らないということ。間もなくデリーでは英連邦スポーツ大会(Commonwealth Games)が開幕するが、これに向けてデリー市内のスラムの中には立ち退きを迫られていたところもあったと聞く。僕の訪れたことがあるロディ・コロニー地区のスラムなど、大会メーン会場のネルースタジアムから至近距離にあるため、かなり前の段階から市当局にプレッシャーをかけられていた。さらに大会に向けた市内の競技会場の整備や道路交通インフラの整備も徐々に終わりつつあり、土木作業員がリリースされてコンノート・プレイス地区には溢れ返っているとも聞いた。彼らはこれから市から退去を求められるだろうが、村に戻るのか、それとも郊外で新たなコロニーでも形成するのか、注意が必要だと思う。
石井さんが書かれている通り、インドは街のきらびやかなところだけを見ていては全体はわからないのだ。
4.最後にインド映画に関する数字
世界最多の制作本数を誇る映画は、そこから派生する音楽やビデオなどを合わせると依然としてインドの大衆娯楽産業で大きな位置を占める。2009年に公開された1288本のインド製長編映画のうち444本がボリウッド製である。言語別にはヒンディー語映画が235本で最も多い。(p.33)話のネタとして押さえておきたい数字ということで!
>こういう、日本からインドを見ている人の見方と、実際にインドに住んで現場を見ていた人の認識との間には、ちょっとズレがあったりするのかなと思う。
沖縄に住んでいても、内地の人が語る沖縄と、実際に住んでみて感じる沖縄にはズレがあると思います。外国はなおさらでしょうね。
by うしこ (2010-09-13 05:04)