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『バイオパイラシー』 [ヴァンダナ・シヴァ]

バイオパイラシー―グローバル化による生命と文化の略奪

バイオパイラシー―グローバル化による生命と文化の略奪

  • 作者: バンダナ シバ
  • 出版社/メーカー: 緑風出版
  • 発売日: 2002/06
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
グローバリゼーションの名の下に、先進国とりわけ欧米諸国は、WTO(世界貿易機関)を媒介に「特許獲得」と「遺伝子工学」という新しい武器を巧みに使って、第三世界を再植民地化しようとしている。これはコロンブス以来行なわれてきた植民地政策の究極の形である。グローバル化は、長い時間をかけて世代を通して培われてきた「地域固有の知識」の価値を否定するばかりでなく、生命自体をも植民化しようとしている。市民は生物学的多様性と文化的多様性を守るために立ち上がらなければならない。世界的な環境科学者・物理学者の著者による反グローバル化の思想。
誤訳が多い本である。訳し方が稚拙だというのではない。明らかにこの単語を和訳したのだろうと想像できるようなもので、「黒」を「白」と言い間違えるようなミステイクを幾つか犯している。例えば、「Bretton Woods Institutions」は「ブレトンウッズ機関」というのが定訳で、これは世界銀行やIMFを指すが、訳者はこれを「ブレトンウッズ研究所」と訳しており、同じ段落の中に世銀やIMFも登場しているため、これらの機関とは別に研究所というのがあるかの如き訳し方がされている。「南の国々」(即ち開発途上国)を「南部の人々」と訳している箇所もある。そういう誤訳を除けば、全体としては読みやすい文章に訳されているようには思うが…。

それはそうとして、前回読んだ『緑の革命とその暴力』と比べても、著者ヴァンダナ・シヴァの哲学性はさらに際立っているような気がする。言い換えれば科学者としての社会的責任を相当意識し、科学が間違った方向に向かわないよう警鐘を鳴らしているということができるだろう。「生物多様性」という言葉から僕らが想像するのは、絶滅危惧生物の保護は言うに及ばず、植物遺伝資源に対する知的所有権の設定の問題や、外来生物が在来種を駆逐する現象など、かなり広範な課題をイメージできると思う。本書で著者はそれらの多くに言及している。さらには、サブタイトルが示す通り、文化の多様性にまで考察が及んでいる。グローバル化によって、先住民の生活が侵されていく姿をすぐイメージしてしまう。

では、この後は恒例の本書からの引用である―――。

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創造性の多様な伝統を認識することは、多様な知識体系を生きた形で維持するために必須である。このことは、生態系の破壊が激しく行なわれている時代には、特に重要である。生態系の知識と洞察力に関する情報源として最小単位であると言える「各地域固有の情報源」が、この地球上で人類社会が未来へ向かって生命を維持していくために必須な命綱となるかもしれないからである。
 地域固有の知識体系は、概して生態環境と調和したものである。一方、現在の科学的知識として優遇されているモデルでは、還元主義と自然界の断片化がその特徴となっている。(p.22)

 米国の多くの特許が、第三世界の生物多様性と知識を基礎としているものであっても、「知的所有権の保護なしでは創造性は埋もれてしまう」という誤った仮定が主張されている。ロバート・シャーウッドが述べているように、「どの国にとっても、人間の創造性は、莫大な国家の資源である。丘陵に埋もれている金塊のように、採取に従事しなければ、埋もれたままである。知的所有権保護は、その資源を開発するための道具である」。
 この創造性についての解釈は、正式な知的所有権保護制度が適切であるときにのみ主張されるものであって、自然界の創造性と、産業社会および非産業社会の両方における非営利目的で造られた創造性を完全に否定している。それは、伝統的文化と一般市民の発明への貢献の否定である。事実、現在優勢な知的所有権の解釈を社会に適応すると、創造性の理解において劇的な歪曲を生じさせ、その結果として、不平等と貧困の歴史に関する理解をもゆがめてしまうことになる。(pp.26-27)

 技術として、遺伝子工学は、非常に洗練されていると言える。しかし、生物多様性を人間の必要に応じて維持できる状態で使うための技術としては、不器用なものであると言わねばならない。遺伝子組み換え農作物は、多様な栄養源を供給する多様な農作物を排除することによって生物多様性を減少させてしまうのだ。
 それに加えて、遺伝子組み換え農作物のために、新しい健康リスクが生じてきた。遺伝子組み換え食品は、新しいアレルギーの原因となる可能性がある。(中略)ある1つの生物種が生態系の中で優勢になってしまったり、ある生物種から別の生物種への遺伝子の移動が起こったりする可能性があるのである。(p.80)

 私は、生命操作と資源の独占化に対する反対運動を推進しているが、私の最近の仕事には2つの方向性がある。1つは、地域固有の種子の多様性を保護するために、「ナヴダンヤ」――地域社会種子銀行を設立するためのインドの全国ネットワーク――を通して、生命の工学的視点に代わるものを築き上げようとしている。もう1つは、知的共有物を保護する仕事を通して――農家の運動によって着手された「種子サトヤグラハ」の形式か、「第三世界ネットワーク」とともに我々が着手した知的所有権のための運動の形式で――知識とし生命自体が私的所有物であるというパラダイムに代わるものを築き上げようと試みている。(pp.82-83)

 社会共有の財産を商品に変えることが正当化され、その応用を所有権として取り扱うべきであるという考えのもとに利潤が作り出されるが、このような企業の社会要求は、第三世界の農家にとって、深刻な政治的・経済的影響を与える。第三世界の農家は、今では、特許による生命体と生命過程の独占を要求する企業と3つのレベルで関係を持つことを余儀なくされるであろう。
 第1に、農家は国際企業への生殖細胞質の供給者となる。第2に、遺伝子資源への発明と権利に関して、競争相手となる。第3に、企業の技術的・産業的生産物の消費者となる。言い換えると、企業の特許を保護することによって、農家は資源の無償提供者となってしまい、競争者として立場を追われ、種子のような極めて重要なインプットを産業供給者に完全に依存するようになってしまう。企業は異常なまでに農業分野の特許保護を主張しているが、これは、まさに、農業における生物学的資源を掌握するための策略なのである。
 特許保護が発明に必須であると議論されるが、それは、企業ビジネスのための利潤を蓄積する発明にとってのみ必須なのである。結局のところ、所有権や特許保護なしでも、公的な研究機関は何十年も発明を続けてきており、農家は何世紀も発明を続けているという事実があるのだ。(pp.110-111)

 現在では、土着の種子、地域固有の知識、農家の権利がどのように取り扱われるべきかという点において、異なった2つの立場がある。1つは、種子と生物多様性の本来の価値を認識し、農業の発明と種子の保護への農家の貢献を謝辞し、特許を遺伝的多様性と農家の両方ともへの脅威として考える立場である。これは世界中に広まってきている。(中略)
 しかし、これらのイニシアチブにもかかわらず、地域固有植物の多様性を特許化された品種で置き換えようという第2の立場が優勢である。同時に種子企業から圧力をかけられている国際企業は、農家の知性と権利を否定する知的所有権の規制を推し進めている。(pp.116-117)

「グローバルな生物多様性」や「グローバルな遺伝子資源」などという話題が持ち出されることが多くなってきたが、生物多様性は――大気や海洋とは異なり――生態学的に言ってグローバルな共有財産ではないことを認識せねばならない。生物多様性は特定の国に存在し、特定の地域社会によって使用される。生物多様性は、グローバルな企業にとっての資源物質として考えられるようになって初めて、グローバルなものであると言われるようになってしまったのである。(p.134)

 社会は何もかも特許化する方向へ向かっているが、それで先住民の知識が保護されるのであろうか。先住民固有の知識を保護することは、日常のヘルスケアと農業に関して、将来の世代の人々も連続的に利用できる環境を整えることを意味する。もし、特許を軸にした経済組織が地域固有の生活習慣と経済体制を変貌させてしまうのなら、知識は生きた伝統として保護されているとは言えない。支配的な経済体制――それは自然資源の生態学的な価値を強調することができなかった――が生態学的な危機の根源であることを認識するのなら、それと同じ経済体制を拡大することは、地域固有の知識や生物多様性を保護することにはつながらないであろう。
 我々には、すべての価値を市場の価格に還元したり、すべての人間活動を商業に還元したりすることのない、代替となる経済のパラダイムへ変化していくことが求められているのである。(pp.153-154)

 究極的な意味では、特許とは、将来性を予想できない資本投資のための保護体制であるに過ぎない。それゆえ、特許が人々を保護することもなければ、知識体系を保護することもない。
 そして、生物資源開発は、共有物の囲い込みを拒む人々の権利や地域社会の権利に敬意を表することはない。我々は、生物資源開発の代替となるべき方法に注目する必要がある。(p.158)

 生物多様性を保護するためには、多様な生物をその土地で利用する多様な農業体系と医学体系を持つ多様な地域社会の存在が必要となる。経済的な非中央集権化と多様化は生物多様性保護の必要条件である。グローバル化された経済体制は多国籍企業によって操られている。その中で、TRIPがさらに深く経済体制の一部として取り入れられると、均一性の拡大と多様性の破壊の拡大を促進する条件が作り出されるのである。多様な農作物品種は、様々な環境条件と文化的必要性の結果として生まれてきた。これらの品種は遺伝的に多様であるため、あらゆる害虫、病気、環境ストレスなどに対して収穫が保障されている。さらに、混合作付けなどの伝統的な農業方法によって収穫の保障が強化される。(pp.172-173)

 生物体へ知的所有権を行使することは、他の生物を道具と見なす究極的な行為である。それとは反対に、保護倫理の立場からは、他の生物はそれ自体で本質的な価値を持っていると見なされる。他の生物の本質的な価値を認識することは、生物を「生気のない、価値のない、構造のない物体にすぎない」として取り扱うことのないように、人間に重大な義務と責任を提示するのである。生物の本質的な価値が知的所有権の主張に組み込まれた道具的価値に置き換えられるとき、生物多様性保護の倫理的基礎と他の生物への共感がむしばまれてしまう。(pp.185-186)

 地域社会は、生物多様性の補充と使用という利害関係を持ちつつ、生物多様性の保護者としての役割を果たしてきた。種子、植物を起源とする物質、地域固有の知識体系に対して行使される知的所有権は、地域社会の権利を侵害し、生物多様性の保護における地域社会の役割を破壊するのである。(p.188)

 グローバル化という言葉は、多様な社会・文化の交流を意味するのではない。それは、ある特定の文化をすべての文化に強要することである。また、グローバル化は、地球規模での生態学的均衡を求めるものでもない。ある1つの特定の生物種、特定の階級、特定の人種、そして、しばしば、特定の性別だけのために他のすべてを犠牲にすることである。「グローバル」という言葉は、支配する側の論理で使われており、世界的な管理を目指す優勢な地域が制圧の対象とする政治的な勢力範囲のことを意味する。生態学的な持続可能性と社会的な正義の崩壊という緊急事態を招いた責任から逃れるための言葉である。この意味で、「グローバル」という言葉は、人類共通の志向を代表するものではない。それは、ある特定の地域の偏狭な志向と文化を体現しているに過ぎないのである。グローバル化は、勢力範囲の拡大、管理体制の強化、責任逃れ、相互関係の欠如という形で推進されてきたのである。(p.200)

 ナヴダンヤ(9種類の種子)やバルナジャ(12種類の農作物)という農法《訳注:インドに伝統的に伝わる、輪作・混合作付けによって収穫高を上げる方法》は、高い生産性を持ち、多様性を基礎とする混合作付け・多種栽培の例である。これは、どのような単一栽培よりも高い収穫高を得ることができる。しかし、不幸にも、そのような伝統的な農法は消え去ろうとしている。生産性が落ちたためではなく、外部からのインプットをまったく必要としないからである。窒素化合物を穀物に供給するマメ科植物との共生を基礎としているからである。それに加えて、それらのアウトプットは多様である。家族の人々が必要な栄養的なインプットをすべて供給する。
 この多様性は、商業的な興味に反するものである。商業的に利潤を最大化するためには、単一のアウトプットの生産を最大化する必要がある。けれども、多品種栽培が、その本質的な性質から、生態学的に賢明であることに変わりはない。つまり、生産過程に多様性を回復することは、世界中で人々の生計・文化・生態系を破壊しているグローバル化・中央集権化した均一な生産方法へ対抗する力を提供してくれるのである。(pp.237-238)

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著者がウッタラーカンド州デラドゥンで主催しているのがナヴダニヤ大学である。デラドゥンに行く機会があったら訪問してみたかったところなのだが、結局実現しなかったのが残念。


Biopiracy: The Plunder of Nature and Knowledge

Biopiracy: The Plunder of Nature and Knowledge

  • 作者: Vandana Shiva
  • 出版社/メーカー: South End Pr
  • 発売日: 1997/03
  • メディア: ペーパーバック



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