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BTブリンジャル(ナス)、取りあえずの決着 [ヴァンダナ・シヴァ]

先週の新聞紙面上で最も取り沙汰された報道の1つは、遺伝子組換えナス(Bt brinjal)の商業生産認可に関し、インド政府が認可を先送りする結論を下したことだろう。ラメッシュ森林環境相が9日(火)に記者会見を開いて発表したものだ。

BtBrinjal.jpgBt brinjalは、米国穀物大手モンサント社が株主を占めるインドの種子開発会社マヒコ(Mahyco)社が開発したもので、在来種のナスにCry1ACと呼ばれる特殊な遺伝子を注入することで、害虫にとっての毒性を強める操作がされた種子である。害虫を防ぐのに農薬を使う必要がなくなるから、農業生産の投入コストを抑制する効果が期待されている。マヒコ社はこの種子の研究開発に6年以上の歳月をかけ、インドのバイオテクノロジーに関する規制当局である遺伝子工学認可委員会(Genetic Engineering Approval Committee、GEAC)が求めていた検査を全てクリアした。このため、GEACはBt brinjalの商業生産を認可した。

しかし、GEACのこの決定に対し、科学者やNGO、農民の間から反発の声が上がった。科学者の中には、Bt brinjalは害虫に対してだけではなく、人体に対する毒性も強い可能性が高いと指摘する声が多い。インドの分子生物学の権威であるP.M.バルガヴァ博士も、この人体への毒性が相当に強いと危惧する1人である。さらには、遺伝子組換え技術を用いなくとも害虫管理の技術は他にもあるし、そもそも2007-08年度に338トン、1,920万ルピーのナス輸出を行なったインドが、ナス増産のためにBt brinjal導入を進める妥当性自体が疑問だとの声も上がっていた。

GEACの規制機関としての独立性に疑問を投げかける声もあがった。委員の何人かは遺伝子組換え産業との関係が指摘される人物であるばかりか、実際の試験を行なったインド野菜研究所(Indian Institute for Vegetable Research、IIVR)は米国国際開発庁(USAID)が資金拠出して形成されたBt brinjal開発コンソーシャムのメンバーであるからだ。IIVRは米モンサント社の資金援助による研究も行なっており、独立した検査を行なうには利益相反が起き得ると指摘されている。

こうした批判を受け、ラメッシュ森林環境相は、1月上旬以降、全国主要7都市にて公聴会を開催した。公聴会には科学者・研究者やNGO、消費者団体、農民代表等延べ8,000人が出席して意見を述べた。科学者、NGO、市民グループ、農民の各レベルで意見は割れたが、最も意見対立が鮮明だったのは農民間で、中にはBt種子導入で生産性が上がり、害虫被害を抑制できるのであれば、新種子を導入するリスクは負ってみてもいいという声も目立ったようだ。科学者の間では否定的な見解の方が優勢だったという。

他方で、政府レベルでは早くから導入反対の声が強かった。全国ナス生産高の60%以上を占めるオリッサ、ビハール、西ベンガル州が反対を表明した他、国民会議派が政権与党を担っていないカルナタカ、ウッタルカンド等合計10州が導入反対の立場を表明した。与党内でも、ラメッシュ森林環境相は様々な角度から検証して全体的なコンセンサスが得られるまでは導入慎重という姿勢であったのに対し、シャラード・パワル農相、プリティビラージ・チャヴァン科学相は導入に積極的であると伝えられてきた。

そうした中でのラメッシュ大臣の今回の決定は、独立性のある科学研究が人の健康と環境への長期的なインパクト、安全性に関して国民と専門家の双方を十分納得させられるだけの調査結果を出すまでBt brinjal商業生産認可を見合わせるというものだ。記者会見の席上、ラメッシュ大臣は問題先送りを判断した理由として、①科学者の間で明確な合意が欠如していたこと、②10州、特にナス主要生産州が導入反対の声明を出したこと、③安全性と検査プロセスへの疑問が呈せられたこと、④バイオテクノロジーの規制機関の独立性が欠如していたこと、⑤一般大衆のセンチメントがBt brinjalに否定的で、特に消費者の間で恐怖心が強いこと、⑥世界的に見ても前例がないこと、等を挙げた。さらにラメッシュ大臣は、規制当局の独立性を高めるため、GEACの改組に言及している。

こうした政府の決定に対しては、多くが歓迎の意向を表明している。インドで「緑の革命の父」と言われるM.S.スワミナータン博士は、決定を急ぐ必要はなく、皆が納得するまで検討を続けてよいとの見解を表明、他にもNGOナブダニヤとその科学研究財団の代表を務めるヴァンダナ・シヴァ博士も、今回の決定を「科学者、農民、エコロジスト、そして遺伝子組換え技術に注意を呼び掛けた全ての関係者の勝利である」と歓迎の意向を表明した。一方、種子研究開発を進めたマヒコ社のスポークスマンは、今回の政府の決定を尊重し、その方向で対応を検討すると発表した。

一方で、この政府決定は、遺伝子組換え(GM)技術を他の野菜にも展開しようと計画していた民間企業は、計画の見直しを強いられることになる。Bt brinjalは世界的に見ても初めての野菜での遺伝子組換え種子の導入であったが、この後トマトやオクラでも検討されていたらしい。インド全国種子協会(National Seeds Association of India)のR.K.シナ会長は、今回の決定によって主要な民間イニシアチブはスローダウンを余儀なくされるだろうとコメントしている。

なお、これでひとまず決着のついたBt brinjalだが、ラメッシュ大臣の記者会見での引用を巡り、別の疑惑も湧きおこっている。大臣は、記者会見の中で、フランスのケーン大学のジル・エリック・セラリーニ教授の研究グループが、Bt brinjalを「安全ではない」と結論付けた2008年の研究論文を引用したが、教授が遺伝子組換え種子について行なった研究のスポンサーが過激な環境保護団体グリーンピースであったことから、中立性の高いラボ実験を経ずにBt brinjal批判が行なわれたのではないかと指摘されている。欧州の食料安全性についてリスク評価を行なう機関である欧州食料安全協会は1月、モンサント社のMON863と呼ばれるBtトウモロコシに関するセラリーニ教授の研究結果を却下する結論を下した。関係者によると、教授はトウモロコシにしてもナスにしても、Bt遺伝子へのアクセスが制限されているため、独立した安全性研究など行なうことは不可能だと指定している。GEACの委員の1人も、そもそも、フランスにはBt brinjalの種子が輸出されておらず、セラリーニ教授はBt brinjalに関する研究などやりようがない、彼が行なったのはBt brinjalの安全性に関する既存のデータを、バイアスがかかった形で解釈したに過ぎないと批判している。が、後の祭りでしょう。

一連の記事の中で、結構面白かったのは米モンサント社のエグゼクティブ・バイスプレジデントのブレット・ベーゲマン氏が2月3日に滞在先のデリーで語ったコメントだった。敢えてここでは書きませんが…。

*本日参考にした記事は以下の通りです。
"Monsanto defends Bt crops" Hindustan Times, February 3, 2010
http://www.hindustantimes.com/rssfeed/corporatenews/Monsanto-defends-Bt-crops/Article1-504623.aspx

"Gazette notification adds to outrage over Bt brinjal" Hindu, February 7, 2010
http://www.hindu.com/2010/02/07/stories/2010020755420900.htm

"Who gives a brinjal?" Hindustan Times, February 7, 2010
http://www.hindustantimes.com/rssfeed/india/Who-gives-a-brinjal/Article1-506165.aspx

"Govt likely to give conditional green signal to Bt brinjal" Hindustan Times, February 9, 2010
http://www.hindustantimes.com/india-news/newdelhi/Govt-likely-to-give-conditional-green-signal-to-Bt-brinjal/Article1-506852.aspx

"It's moratorium on Bt brinjal: Jairam" Hindu, February 10, 2010
http://www.hindu.com/2010/02/10/stories/2010021058000100.htm

"Decision on Bt brinjal not an indictment of genetic engineering as such: Jairam" Hindu, February 10, 2010
http://www.thehindu.com/2010/02/10/stories/2010021060061000.htm

"Swaminathan hails decision" Hindu, February 10, 2010
http://www.hindu.com/2010/02/10/stories/2010021060041000.htm

"Brinjal cloud on private GM players" Hindustan Times, February 11, 2010
http://in.news.yahoo.com/32/20100211/1506/tls-brinjal-cloud-on-private-gm-players.html

"Scientists slam key study behind Bt brinjal ban" Hindustan Times, February 12, 2010
http://www.hindustantimes.com/Scientists-slam-key-study-behind-Bt-brinjal-ban/H1-Article1-507896.aspx
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みちかα

日本でも一時期は遺伝子組み換え作物は食べたく無いと言う人も多かったですが、喉元過ぎればで…関心が薄れがちですね。
私は、生協や大地を守る会で食料品を購入しますが、その団体に頼りきりで自分で調べたり勉強したりはしていません。
自分だけおいしいもの、安全なものが食べられればいいわけではないとは思うものの…Sanchaiさんは本当に勉強家なんですね!
by みちかα (2010-02-16 22:09) 

Sanchai

☆みちかα様☆
コメント&nice!ありがとうございます。ナスはインド原産でインド料理ではよく使われる野菜であるだけに、GM種子の毒性についてはかなり懸念されています。(私はナスが苦手で、出されれば食べますが、自分から「ナス食べたい」とはあまり言いません。)
by Sanchai (2010-02-17 00:28) 

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