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『あの日にドライブ』 [読書日記]

あの日にドライブ (光文社文庫)

あの日にドライブ (光文社文庫)

  • 作者: 荻原 浩
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2009/04/09
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
牧村伸郎、43歳。元銀行員にして現在、タクシー運転手。あるきっかけで銀行を辞めてしまった伸郎は、仕方なくタクシー運転手になるが、営業成績は上がらず、希望する転職もままならない。そんな折り、偶然、青春を過ごした街を通りかかる。もう一度、人生をやり直すことができたら。伸郎は自分が送るはずだった、もう一つの人生に思いを巡らせ始めるのだが…。

最近、人生回顧を時々しているSanchaiである。あの時こうしていれば今はどうなっていただろうかと、そんなことをたまに考える。そういう選択を迫られるシーンがいっぱいあったのが10代、20代だったように思う。30歳で今の会社に転職した時は、これで自分が使えるオプションは使い果たしたのだと覚悟を決めた。30代でも選択を迫られる状況は何度かあったと思うが、答えは明白だった。選択に迷いはなかったし、今でもそれを後悔することは殆どない。

主人公・牧村と違い、僕は同じ銀行でも地方銀行勤務だった。また、僕は「新人類」と言われるようになった最初の年齢層に属しているため、本書に描かれている都市銀行のモーレツ振りには多少の違和感もあった。対照を際立たせるために敢えて極端な描き方がされたのかもしれないが、牧村が大手都銀を辞めるきっかけとなった出来事については、「今どきの大手銀行でも、個人より会社優先がここまで露骨にやられているところが本当にあるのか」というのが驚きであった。成果さえちゃんと挙げてれば早く帰ったっていいじゃないかと考える若い世代の社員は多いと思うし、自分を立ててくれているかどうかで部下の生殺与奪を決めてしまうような組織のトップの下では「イエスマン」しか残らないから、組織自体の業績が悪化してしまうだろう。

だから、銀行を辞めるきっかけについては違和感はあるが、辞めてからの牧村の行動は理解できるところが多い。逆境に置かれているかどうかは別としても、機会があれば昔住んでいた家や生活していた地域を訪れてみたいと思うことはこの10年ぐらいの間にとても多くなったし、時間を見つけてはそういうことを実際にやってみたりもした。大学進学と同時に東京に出てきてから僕は13回も引越しをしているが、どこの土地にも思い出はある。加えて、友人宅や飲み歩いた場所、よく通ったお店、市民ランナーをやっていた頃の練習コース等、10年20年経過しても訪れてみたい場所というのはかなり多い。仮に自分が車のハンドルを握り、どこでもいいから24時間営業してこいと言われたら、昔懐かしの土地から始めてみようかと思うのは当然のことだろう。

ただ、たいていの場合、10年20年前のその場所は今は大きく様変わりし、昔付き合いのあった人々に仮に会えたとしても、10年20年前のその人々の置かれた状況からは大きく変わってしまっているだろう。昔憧れた女性も相応に歳を重ねてオバサンになっているだろうし、大きな子供がいたりするだろう。昔のままの姿で自分の前に現れるなんてことはあり得ないのだ。大学時代の大親友のT君のように、交通事故死してそこで時間が止まってしまったという場合を除けば。だから、実際に訪れてみると「懐かしい!」と高揚感を味わうよりも、時間の移り変わりという現実を見せつけられて肩を落とすことの方が多い。かく言う僕らの方だって、髪の後退や白髪が気になり始め、腰や膝に慢性的な痛みを抱えるなど、それ相応に歳をとっているわけだし。

そんなわけで、主人公の牧村もタクシーの運転手をやりながら、「こんな筈ではなかった」「人生やり直せるとしたらどの地点に戻るか」などと考え、そして昔の恋人の今を一目見たいと思いを募らせる。今彼女と会えば、無味乾燥な妻や子供達との生活を捨ててもう一度やり直せるのではないかとか、いろいろ妄想を膨らませながら…。しかし、実際にその彼女を目にして牧村が感じたことは、僕が既に述べたようなことだった。

「あの時こうしていれば、ああしていれば」という後悔の念は、思い出話としてとどめておく限りにおいてはいいけれども、それにすがって現実から逃避することなどできないということなのだと思う。結局のところ、今の仕事、今の生活の現実の中で、少しずつでも努力して折り合いを付けていくことこそが、「今よりもちょっとより良い明日」に繋がっていくのだろう。最初は低迷していた牧村のタクシー旅客売上も、偶然が重なって営業成績改善されたのではなく、彼が他の運転手のやり方から学び、さらに自分なりの工夫を加えて実現していったものなのだから。

本書のあとがきの冒頭に書かれていたフレーズで結んでおきたい。
暗いと不平を言うよりも、すすんであかりをつけましょう

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