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デリー北東スラム街のNGO活動(前編) [インド]

インドのIT起業家であるCS氏は、営利企業の他に調査業務を請け負う会社と社会セクター開発に従事する非営利のNGOも保有する、企業グループDの設立者である。そのCS氏からはかねてから「一度我々の事業地を見に来い」とお誘いいただいていたが、多忙を理由に延び延びにしていたら僕のインドでの勤務も折り返しを過ぎたような気がしたので、僕自身の大仕事だったオフィスの移転と年度末の決算が終了したのを契機にCS氏に連絡を取り、実際の活動を見学させてもらうことにした。

4月25日(土)、場所はデリー北東部ザフラバード(Zafrabad)である。デリー地下鉄シーラムプール(Seelampur)駅から北に広がる地域はデリーでも最も貧しい人々が住むスラム街である。住民の90%以上がムスリムであり、デリー北部のラール・キラやジャマー・マスジッドがある辺りの再開発で移転を強いられた人々が多く移り住んだ地域らしい。ムスリムが多く住む地域だから、路地裏を歩いていても黒いブルカをかぶった女性を多く見かける。女性が遠くに出かけることは非常に難しく、また男性(67~68%)に対して女性の識字率は56~57%と低いため、地域の平均女性は情報にもあまりアクセスができない。どのような公共サービス、生活保護を受ける権利を有するのかすら知らない女性が多いのだ。

そういう地域のビルの一角、2階と3階を間借りするのがジェンダー・リソース・センター(GRC)である。

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《GRCのある路地》

GRCはデリー州政府社会福祉局(Dept. of Social Welfare)の事業を請け負う形で運営されており、CS氏のNGOはザフラバードGRCを含めて3センターの運営を受託している。デリー州政府としては、住民10万人につき1ヵ所という基準でGRCの設置を進めているところである。ザフラバードGRCは2007年5月に開設されたばかりだが、CS氏はご自宅もここから近く、GRCを受託する以前からこの地域では幾つかの活動を展開されていたのだそうだ。

女性が受けられる生活保護プログラムとして、有名なのは次の3つである。

第1に、貧困ライン以下での生活を強いられている60歳以上の高齢女性であれば給付を受ける資格があるデリー州の老齢年金である。デリー州の場合は1ヵ月1000ルピーが給付されるらしい。

第2に、18歳から59歳までの女性のうち、配偶者に先立たれて身寄りのなくなった方が給付を受けることができる未亡人向け給付金がある。(1ヵ月当たりの給付額がいくらだったか聞き洩らした。)

第3に、女児の保護と育成支援を目的とし、12年制の教育期間を修了した18歳以上の女性であれば10万ルピーがその女性を受益者として一括給付されるという「ラドリー・スキーム(Ladli Scheme)」と呼ばれるプログラムである。

これらはどこに住もうが受給資格がある女性であれば給付が受けられる権利がある。しかし、問題はそのような制度とそれに必要な手続きに関する情報を知らないことと、手続きを支援してくれる行政窓口が自宅から近いところにないことである。GRCは行政相談や手続き支援の窓口として居住地域に設置された女性向けの総合サービスセンターであり、社会的に弱い立場にある女性のエンパワーメントに一役買っている。

GRCで地域の女性が受けられるサービスは全部で12ある。(下記の項目数は実際に聞いたサービスの数とは合っていないが、分類の仕方によるもので、実際に行なわれているのはこんなところだろう。)
-ヘルプデスク(よろず相談窓口として女性向け公的支援プログラムへの申請手続きを支援)
-各種職業訓練(服飾、ノンフォーマル教育、美容、手工芸、メディア開発)
-健康相談・薬品
-ヘルスキャンプ(毎月1回、近所の学校を借りて健康診断や衛生教育、食事・栄養改善指導、法律相談、医薬品の配布等を開催)
-法律相談(週2回弁護士(Advocator)がGRCに来て家庭内暴力(DV)や性犯罪等について相談を実施)
-女性自助グループ(SHG)形成にかかる啓蒙活動と形成促進

こうした女性にとってのワンストップ・サービスの拠点が地域にあることで、女性は気軽に訪問でき、そこで女性間のコミュニケーションが図られる。センターの壁には「サクセス・ストーリー」と称してこれまでにセンターの支援を得て州政府に申請を行ない見事に給付を勝ち取った女性の名前が貼り出されていたり、各種の職業訓練(6ヶ月間)を修了した女性のリストが貼り出されたりしていた。そうすることで本人の自尊心は高まるだろうし、またそうでない女性も「次こそは」とも思うだろう。視覚に訴えることで「字が読めるメリット」の理解促進も狙っているようだ。

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《よろず相談。6歳の女児が小学校入学を拒否されている事態について対応策を相談中》

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《ザフラバードの社会経済概況の一覧図。GRCスタッフ用か》

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《GRCスタッフリスト。9名はセンター配属、3名はCommunity Mobilizerと呼ばれ、地域を歩き回る》

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《左・行政連絡先一覧、右・郵便局の窓口サービス一覧》

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《服飾指導員のラジ・ラニさん。壁には服の展示が一杯!》

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《手工芸指導員のフーマさん。造花のデモンストレーション中》

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《コンピュータ指導員のサルマン・カーン君。生徒が作ったビデオ映像をデモ中》

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《コンピュータ学習ブロック。本日はヘルス・キャンプ開催中で、研修はお休み》

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《GRCの売りは「メディア開発」研修。受講者が作った広告やグリーティングカードのサンプル展示》

僕が訪問したこの日はまさに近所でヘルス・キャンプが開催されていたため、普段の地域の女性が研修受講に訪れてごった返すGRCの様子は見ることができなかったが、GRCではこういうサービスを全て無料で地域女性に提供しているのだという。政府からの活動助成金は月3500ルピー(PC等の供与費用、スタッフ人件費は除く)だが、GRC運営には6000ルピーがかかるため、残る2500ルピーはCS氏のNGO(財団)が自己資金を投入して補填しているのが現状。これじゃあ続けるのも大変だろうと思いGRCの持続可能性と何を以て事業を成功と見なすのかと所長のラジェッシュさんに聞いてみた。すると、この地域の女性の約半数は結婚すると他へ嫁いで行ってしまうし、逆もあるので、地域女性のエンパワーメントに成果が見えてきたらから事業打ち切りとはなかなかならないのだという。また、資金については、生活は慎ましやかでもIT起業で莫大な資金を持つCS氏の財団と同氏のリーダーシップには全幅の信頼を置いている様子で、ある程度は続けていく覚悟をしている様子が窺えた。

因みに僕がCS氏を知ったのは2004年夏に日本で開催された国際ICTセミナーでのことで、同氏はそのセミナーでシ―ラムプールで当時彼が展開していたICTセンター事業(一種のテレセンター)のことをプレゼンされていたので、僕は同氏をテレセンターの有識者と勝手にみなしてきた。ところが、僕がデリーに転勤で来て当地でのお付き合いを始めてみると、どうもCS氏は「テレセンター」や「E-ガバナンス」の話題を避けたがるし、ICTの有識者と見られるのも嫌がる素振りが垣間見られた。「自分はICTよりもむしろ社会の最も権利を剥奪されている人々をエンパワーメントする仕事に重点を置いている」と主張もされていたが、今回の訪問でその理由がわかったような気がする。とはいえ一種のナレッジ・マネジメントの手法を駆使されてはいるし、「メディア開発」研修のようにD社グループならではのコンポーネントをGRCに取り込んでもおられるが、GRCの主目的は女性のエンパワーメントにある。因みに今述べたシ―ラムプールICTセンターは、インド政府から最優秀ICT事業の表彰も受けたかなり有名な事業だが、今やD社グループの手を離れて完全独立し、今は収益事業も組み込んで自立採算が取れているのだそうだ。

この日はGRCに加えて幾つかの事業も見せていただいたが、GRCの事業の一貫ということで、ヘルス・キャンプについても訪問・見学させていただいた。僕が見学したのは午後1時頃のことだったが、受付窓口にいたGRCスタッフに聞いてみると、その時点での来訪者数は242名、デリー州政府のヘルス・キャンプ実施ガイドラインでは300人来訪が目安と言われているが、夕方までには十分達成されたことだろう。こうやって地域の中でGRCやヘルス・キャンプの認知を深めていく上では、GRCにいる3名のCommunity Mobilizer(CM、地域普及員とでも言おうか)の役割が大きい。今や口コミでも広がっており、放っておいても人が来るようにはなってきているらしいが、地域の中でどの家庭で何が起きているのかを知るのはこうしたCMの若者達であろう。

以下の写真で紹介している様々な活動に加え、GRCに週2回来ている法律相談のスタッフがこの日はヘルス・キャンプにも来ていて、その場で様々な相談を受けていた。

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《ヘルス・キャンプの会場である学校入口。横断幕が出ている》

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《小児科医の先生の健診風景。他に産婦人科医と内科医がいらしていた》

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《栄養・家庭料理指導のテーブル。様々な野菜や調理方法が紹介されている》

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《医薬品の配布》

栄養・家庭料理指導のテーブルで、氷の入った果物ジュースだとか、何度か洗い回した皿で提供されたチャナ・マサラ(スパイスの利いた豆料理)とかマサラ・パウダーをふりかけたスイカとかをご馳走になった。GRCでは出された水も飲んだ。ある程度覚悟を決めてやったことで、そのうちお腹が痛くなるのではないかと不安にも苛まれているが、今のところは平気だ。

こうしてザフラバードでのGRC活動の見学は終えた。でも、実は1日訪問しただけでは見切れなかったものがいっぱいあったのも事実だ。例えば、老齢年金の申請をして見事に受給開始にこぎつけた女性の生活状況とかを見せてもらうこととか、実際のGRCでの研修風景や参加している女性へのインタビューとか、SHG活動の支援をしているというが実際のSHGのミーティングがどこでいつどのように行なわれているのかとか、そこで得たマイクロ・クレジットでどのような収入向上活動がなされているのか、そしてそうした活動とCS氏のNGOがどのように絡んでいるのかとか、いろいろ見えなかったことが多い。それ以前に、僕はこの路地裏での人々の生活になんだかとても魅かれてしまった。

僕も今年9月以降は家族が早期帰国して単身生活を始めることになっているが、できればこうしたスラム街を定期的に訪ねて何人かの人々の生活を定点観測してみたいと思い始めている。自分の今取り組んでいる研究の中で大都市のインフォーマル部門で生計を立てている人々の老後についてどのように考えてみればいいのかはこの1年間かなり悩んでいたところではあったが、このスラム街に入り込んでみたら、何か見えてこないかなと漠然と考えている。

そのためにはヒンディー語をもうちょっと真剣に覚えないといけないと痛感した。

(この訪問記については、いずれ続編も書くつもりです。)
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コメント 4

Shun

初めまして。
今、北海道大学4年、デリー大学経済学部に交換留学中の者です。

今デリー北西部のJahangir Puriのスラムで活動するNGOでインターン・卒論調査をしております。

そして、他のスラムも見て回りたいと思い、このZahrabadのコミュニティの見学をしたいと強く思っております。自分が通っているスラムも、西ベンガル州やバングラデシュからの移民が多く、半分以上の住民がムスリムということで、似ている特徴があることから、なおさら見学したく思います。
そこで、是非アポイントメントを取りたく思いますので、もし差しさわりありませんでしたら、現地NGOの連絡先等を教えて頂けないでしょうか???ネットで探してみたのですが、見つかりませんでした。

よろしくお願い申し上げます。
by Shun (2013-04-30 15:36) 

Sanchai

Shunさん、メッセージ拝見しました。

今、プライベートで米国に滞在しており、すぐに連絡先を調べてお知らせすることができません。あと1週間待てますか?お待ちいただけるようでしたら連絡先をお知らせします。
by Sanchai (2013-04-30 21:06) 

Shun

御返信どうもありがとうございます。
はい、それでは1週間後、教えて頂ければ嬉しく思います。

よろしくお願い致します。
by Shun (2013-05-01 00:50) 

Sanchai

Shunさん、Sanchaiです。
連絡先を教えるにはどうしたらいいでしょうか。
あまり公の場でメルアドを載せるのは良くないと思うのですが。
by Sanchai (2013-05-07 13:02) 

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