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『オリンピックの身代金』 [奥田英朗]

オリンピックの身代金

オリンピックの身代金

  • 作者: 奥田 英朗
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/11/28
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
昭和39年夏。10月に開催されるオリンピックに向け、世界に冠たる大都市に変貌を遂げつつある首都・東京。この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていない。そんな気運が高まるなか、警察を狙った爆破事件が発生。同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届けられた!しかし、この事件は国民に知らされることがなかった。警視庁の刑事たちが極秘裏に事件を追うと、一人の東大生の存在が捜査線上に浮かぶ…。「昭和」が最も熱を帯びていた時代を、圧倒的スケールと緻密な描写で描ききる、エンタテインメント巨編。
この週末はオフィスの移転作業があり、その合間を見ながら本書を読んでいる。今日もこれから夜間シフトで新オフィスへの引越荷物搬入の立会に出かける。もう少しで読み終われるところまで来ているので中途半端で残念。でも、只今読書中ということでご紹介しておきます。
(3月22日(日)、17時30分記)

つい今しがた読了しました。感想は後ほど。
(3月23日(月)、7時50分記)

直木賞受賞作品『空中ブランコ』、『イン・ザ・プール』といった作品で「伊良部一郎」ワールドに毒されて奥田作品に入ってきた読者にとって、作者不詳で本作品を読むと、同じ作家が描いた作品だとは誰も想像つかないであろう。それくらい作風は全然違う。別に作家が誰かを考えずとも、本作品のサスペンス性は是非お薦めしたいと思う。

本書を読もうと思ったきっかけは、どこかの週刊誌の書評を読んだからだ。「昭和が最も熱を帯びていた時代」とはどのようなものか―――東京五輪の時は未だ1歳で、当時の記憶が殆どない僕にとって、是非一度見てみたいと思う時代である。今から約45年前のことだが、高度成長の真っ只中だった当時の日本の様子を小説から拾ってみることで、今のインドと比較できるものがあるかもしれないと期待した。

今のインドに五輪はないが、2010年にコモンウェルス・ゲーム(英連邦諸国によるスポーツ大会)がデリーで予定されており、デリー地下鉄やスタジアムが急ピッチで建設されている今の状況は、東京五輪当時の東京と非常によく似ているし、今経済開発の波に乗って急成長を遂げている産業のホワイトカラー層と、工事作業現場に集まって来ている出稼ぎ作業員の労務環境のギャップは著しいものがあるし、そして急速にその景観を変えていく大都市と依然貧困が蔓延る農村との生活の格差も大きい。格差拡大への懸念は今のインドでは大きいと思うが、1960年代の日本にもそうした懸念が一部ではあったというのが本書を読んでいて非常によくわかった。

また、急速に発展を遂げる時期にはインフラ整備にどうしても目が行くが、それがどのような背景において達成されていったのかにもう少し僕も思いを馳せる必要があるように思った。
「昨日の新聞に出てましたが、オリンピック関係の工事でどれほどの人夫が命を落としたか知っていますか。(中略)東海道新幹線だけで200人、高速道路で50人、地下鉄工事で10人、モノレールで5人、ビルやその他を合わせると最終的に300人を軽く超えると思います。(中略)犠牲者の上にしか繁栄を築けないのであれば、それは支配層のための文明です。」(p.299)
そのうちにデリーでもコモンウェルス・ゲームズ関係の工事でどれほどの人夫が命を落としたのかといった内容の記事が登場するかもしれないなと思う。また、こうした建設工事を請け負っている建設会社の構造――下請け、孫請け、人夫派遣会社といった幾層にも連なる構造や仕事の進め方、飯場の様子、それに絡んでくる暴力団や麻薬売人等の描かれている姿を見ていると、今のデリーの作業現場にも僕らの目には見えないがこれに近い構図があるのではないかという気がどうしてもしてしまう。
「昔は、秋田で悪さすると北海道の炭鉱に身を隠すなんでこどがあったけど、今はそうもいがねえだろうな。なにせ鉄道と道路が通って、日本中が狭くなっでしまっだ。警察だって昔みてえにのんびりしてねえ。昔は身分照会ひとつにも手紙だったけど、今は電話だ。全体が縮んだというか、道と電気でつながったんだね。」
「それでも田舎は貧しいままです。富は東京に集中してます。利益を中央に吸い上げるための仕組みが、着々と出来ているということなんじゃないでしょうか」(中略)
「おめはすぐにそう言うけど、東京がながっだら、日本人は意気消沈してしまうべ。今は多少不公平でも石を高く積み上げる時期なのとちがうか。横に積むのはもう少し先だ」
(p.451)
東大院生でマルクス経済学を専攻する島崎が東京五輪を妨害しようと考えたのは、まさにこの引用の中の2番目のセリフによって表現されているような気がするし、それに対して劣悪な環境の中で過酷な労働を強いられていた当時の労働者の間では、島崎の問題意識は認めつつも、スリ師・村田のセリフの中にある一種の「トリックル・ダウン効果」(先行して高成長を遂げる部門が引っ張り、後発の部門は遅れてその利益を受ける)のようなものが、東京五輪や東海道新幹線開通、東京モノレール開通等に象徴される経済の繁栄の中で是認されていたのだろうなという当時の状況がよく描かれている小説だと思った。

著者の奥田英朗は1959年生まれの岐阜県岐阜市出身。僕の4歳上で東京五輪当時は未だ5歳だったに過ぎない。そうした著者が秋田出身の東大院生が成長著しい大都会・東京を舞台としてテロ活動を繰り広げ、警察は国家の名誉をかけてこれを追いかけるといった群像活劇を描いたというのはある意味驚きだった。

上下2段組で計521頁もある超大作で、簡単には読み切れない。断続的に読んで時間もかかったし途中で集中力が途切れてしまったところもあるが、日本が一番元気だった時代を知りたいという方にはお薦めの1冊だと思う。ものすごくよく描かれている。
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Ganchan

本作も読み応えがありましたが、sanchaiさんの書評もなかなか・・・
おもしろく読ませていただきました。
by Ganchan (2009-03-29 14:26) 

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