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『螺鈿迷宮』 [海堂尊]

螺鈿迷宮 上 (角川文庫)

螺鈿迷宮 上 (角川文庫)

  • 作者: 海堂 尊
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/11/22
  • メディア: 文庫

螺鈿迷宮 下 (角川文庫)

螺鈿迷宮 下 (角川文庫)

  • 作者: 海堂 尊
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/11/22
  • メディア: 文庫

出版社 / 著者からの内容紹介
この病院は、あまりにも、人が死にすぎる――
日本の医療界を震撼させた「バチスタ・スキャンダル」から一年半。その舞台となった東城大学に医学生として通う天馬は、留年を繰り返し既に医学の道をリタイア寸前だった。ある日、幼なじみの新聞記者・葉子から、碧翠院桜宮病院に潜入できないかと依頼を受ける。東城大学の近隣病院である桜宮病院は、老人介護センター、ホスピス施設と寺院を一体化させた複合型病院であり、終末医療の最先端施設としてメディアの注目を集めていた。しかし、その経営には黒い噂が絶えないという。天馬は葉子の依頼を受け、看護ボランティアとして桜宮病院に通い始める。そのうちに、奇妙な皮膚科医・白鳥と看護師・姫宮と出会うことになり……。
80歳以上の超高齢者の健康と介護に関して日本のケースを概観する論文を書き上げ、年末から今月前半にかけて最も大きかった仕事を1つ終えたところである。少しだけ休憩を入れたいと思い、職場の同僚から貸してもらった文庫本を読んだ。但し、終末期医療という、ある意味後期高齢者医療制度とも関係深いテーマの医療ミステリー本である。

海堂作品を読むのはこれで5作品目である。『ひかりの剣』をどのタイミングで読むかは特に問題ではないが、ここまで読んできた『チーム・バチスタの栄光』『ナイチンゲールの孤独』『ジェネラル・ルージュの凱旋』の3作品はこの順番で読んでいかないとストーリー展開がわからないところが出てくるように思う。そして、『ナイチンゲールの孤独』の最後で示唆されていたのが碧翠院桜宮病院で得体の知れないスキャンダルが進行中であること、小児病棟の歌姫・浜田小夜が実は桜宮病院院長・桜宮巌雄の養女で、死体解剖の有能な助手だったという真実であった。そして『ジェネラル・ルージュの凱旋』では、東城大病院ICUで看護実習を受けていたドジでのろまな「氷姫」姫宮は、桜宮病院に行くと速水医師に伝えて東城大病院を去るシーンが描かれていた。こうした経緯からすれば、次に読まねばならないのは碧翠院桜宮病院のスキャンダルを題材とした『螺鈿迷宮』であるのは当然の成り行きだ。

海堂作品で厚生労働省の「火喰い鳥」白鳥圭輔が登場する作品では、白鳥の傍若無人な振る舞い、相手の論理を徹底的に叩き潰すロジカルモンスター振りというのが1つの売りになっているように思うが、本作品での白鳥はちょっとおとなしく、そして真面目な会話をしているシーンが登場する。ただ、論理的には巌雄院長を叩き潰すには至らず、なんだかちょっと情けなさも感じさせた。勿論、本作品が実質初登場に近い姫宮と白鳥の師弟コンビのやり取りは新鮮だし、東城大病院の高階院長や、不定愁訴外来の田口医師、藤原看護師等もチョイ役では登場する。時系列的に小夜は登場できないが、養女が1人いたという話は出てくる。他作品との関連性の糸口でも見つかると、続けざまに海堂作品を読んできている読者にはちょっと嬉しい。

さて本題の終末期医療の問題。桜宮すみれ医師や巌雄院長がズバリ問題提起している箇所があるのでそこから引用してみたい。
「ケアされるべき病人にボランティアをさせているんですか?」
 すみれは即座に言い返す。
「今の発言は、終末期患者に対する差別と偏見だわ。彼らだって生きている。他人の役に立ちたいと思う気持ちは健康な人と変わらない」(pp.81-82)
「サテライト病院って何ですか?」
「お妾病院、都合のいい別宅さ。手術は東城大、再発すれば桜宮病院、治療は東城、死を看取るのは桜宮、医療の高度化に対応するための分業体制の確立だそうだ。治る患者は科学の粋を集め最先端治療を結集し、手の施しようがない患者はポイ捨てする」(中略)
「どうしてそんなことになってしまうんですか?」
「終末期医療や死亡時医学検索は儲からない。点滴で雁字搦めにしても採算は取れない。だから桜宮に押しつける。ワシは法医学教室に出入りして、検死や解剖を徹底的に勉強した。その結果、死を扱う不採算部門を充実させることが問題解決の王道だ、と確信した。碧翠院を併設し、施設を多重構造にしたワシのアイディアは悪くはない、と今でも思っておる。(中略)初めは順調だった。ところが、医療行政が終末期患者の切り捨てに舵を切った。これでは終末期医療は成立しない。人々の野垂れ死にを前提とするような医療は、医療とは呼べない。だが、いくらワシが吠えたところで、どうもならん」
「他の地域でも、終末期医療をやっているでしょう?そちらと連合すればどうですか?」(中略)
「確かに類似の施設は日本中にある。だが、みんな諦めている。世の中の関心は、そこにはない。だから打つ手はない。メディアがいい例さ。ものの見方が皮相的で、紋切型にしか表現できない。最先端技術は華々しく書き立てるが、終末期医療なんか滅多に取り上げない。たまに取り上げると、のたうち回る患者の葛藤にしか焦点を当てない」(中略)
 巌雄の声が重々しく響く。
「死者の言葉に耳を傾けないと、医療は傲慢になる」(pp.118-119)
医療施設の採算性重視、先端技術を駆使した患者の延命治療重視、逆にいえば採算の取れない部門の切り捨て、そして最近の医療制度改革に見られる財政面の重視―――ミステリー小説に中で作者が提起している問題は非常に重いと思う。

僕が2月に発表を予定している「超高齢者の健康と介護に関する国際専門家会議」の開催地であるケララ州は、女性がインドの他地域の女性よりも13年、ケララ州の男性よりも5年以上長生きすると言われている。貧困と孤独の生活が長引くことを意味している。そうした状況下で、それでも延命治療を施すのが老人医療なのか、それとも尊厳を持って生を全うさせることが求められるのか、ケララの論点がどのようなところにあるのか、注意して見てきたいと思っている。

ミステリーなんでネタばらしはやめときます。
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