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『すばらしい新世界』再読 [読書日記]

すばらしい新世界 (中公文庫)

すばらしい新世界 (中公文庫)

  • 作者: 池澤 夏樹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2003/10/25
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより) 途上国へのボランティア活動をしている妻の提案で、風力発電の技術協力にヒマラヤの奥地へ赴いた主人公は、秘境の国の文化や習慣に触れ、そこに暮らす人びとに深く惹かれていく。留守宅の妻と十歳の息子とEメールで会話する日々が続き、ある日、息子がひとりでヒマラヤへやってくる…。ひとと環境のかかわりを描き、新しい世界への光を予感させる長篇小説。
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12年ぶりに本作品を再読することになった。前回は日本にいて読んだが、ヒマラヤの山岳内陸国でのオフグリッド電源開発について考えるにはいい作品だと思ったので、読了後現地に置いて行くことを前提に、今年4月の一時帰国中に中古書籍を購入してブータンに持って来ていた。

ちなみに、前回読んだ2011年3月4日のレビュー記事はこちら。
https://sanchai-documents.blog.ss-blog.jp/2011-03-03

先月から取り組んでいる未読蔵書削減計画の一環で読んだ。本当は9月も初旬から読み始めていたのだが、仕事があまりにも立て込んだため、15日までに読了することがかなわず、私事で向かったインドネシアにも携行し、途中の経由地シンガポール滞在中に読了した。旅のお供は長編小説に限る。

こうして久々の再読を楽しみながら、この本をどこに置いていくのがいいのか、ちょっと悩む事態が生じている。当然、僕の当初の想定はブータンの首都で、日本人のODA関係者が出入りするレストランの文庫本棚にサクッと加えてもらうことだったのだが、10月初旬、2泊3日でネパールの首都・カトマンズを訪問することになった。当然、宿泊先は「サンライズ・ホテル」のモデルになった「ホテル・サンセット・ビュー」を考えている。(さすがに「のり子さん」のモデルにはお目にかかれないかもしれないが。)

日本人のODA関係者に会えるのかどうかはわからない。今僕が関わっている仕事は、ODA関係者からはあまり見向きもされてない。新しい概念を外から持って行くと極端に警戒されるのはよくあることだ。

なにしろ本作品の舞台は、1990年代末の、王制がまだ残っていて、「工藤さん」や「のり子さん」がご健在だった頃のネパールの話だ。その当時に駐在していた僕のような読者なら本書は当時を振り返って「ああそうだった」と懐かしさを感じながら読むことができるだろうが、それから25年近くが既に経過し、今頃この本を持って行って「おススメです」と言ったところで、当時を知らない若い人にとってはウザいだけかもしれない。

そういうことも考え合わせると、カトマンズには持って行かないのが正解なのかもしれない。

ただ、一般論として、ネパールの開発に関わっておられるような方であれば、一度は読んでおかれた方がいい。おそらく「サンライズ・ホテル」の応接スペースにある膨大な数の日本語蔵書の中には、1冊か2冊は本作品も置いてあるだろうし、事実がかなり絡められているので、90年代にODAとは別のトラックで辺境の地ムスタンで行われていた、日本のNGOによる地域開発の取組みを知るには、本書は価値ある資料であるように思える。

小説としては、あまり試行錯誤のプロセスがなく、全工程が1年程度で終わっている点が物足りなかった。

ちなみに、僕が今回インドネシアに行ったのは、ジョグジャカルタで開催された「ファブ・キャンプ・チャレンジ」に参加するのが目的だった。参加者は6チームに分かれ、地域の課題に対する解決策のプロトタイピングに取り組んだが、その中の1チームが、「小規模風力発電による揚水」を取り上げていた。まさに本作品でも登場するオフグリッド風力発電をさらに小規模にしたようなものだが、ポイントは、小さなものなら今や現地でも作ることができ、日本から、風力発電のエンジニアが1年の間に3回もムスタンに入り込んで、データ収集から試作、インストールにいたるまで取り組まないと実現しないという時代ではなくなってきたというところにある。

ムスタンの風のデータさえちゃんと取れれば、設計や試作はカトマンズでもでき、タイムラグも最小化して現地据付やメンテナンスもできるという世の中なのだ。「ファブ・キャンプ・チャレンジ」のチームは、風車の羽根を3Dプリンタで試作していたが、現地で使えるという点では、ケチャップの業務用缶を縦方向に半分に切って使ったりもできるだろうと思った。

カトマンズには有名なマハヴィル・プン氏のナショナル・イノベーションセンターやファブラボ・ネパールが存在する。これは90年代にはなかったものなので、「工藤さん」が今の時代を生きていて、それで同じような灌漑用水の汲み上げをムスタンでやろうと考えられたとしたら、日本のNGOを経由して日本の電力開発の企業に相談に行くより、カトマンズでマハヴィル・プン氏やファブラボ・ネパールの面々に会って相談する方が、よこほどクイックに対応できたに違いない。

民間企業であろうが、公的機関であおるが、日本の組織に持ち込まれた話は、組織内での最初の抵抗が相当強く、そこを1つ1つ潰していって、最終的にゴーサインをもらうまでにものすごく時間がかかる。それに比べて、取りあえずカトマンズで作ってみて、うまくいかねば設計を再考してみる方がはるかに早い。また、設計データはカトマンズにあるわけだから、万が一部品が壊れて修理が必要になっても、そのデータをもとに出力して現地にすぐに送付できる。壊れることを前提に設計できるのだ。

前回の読了から10年以上経過し、僕自身もその間に蓄えた知見があったので、同じ作品でも随分と見方が変わった気がした。オフグリッド電源開発は、分散型生産との相性がよさそうだ。

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