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『すばらしい新世界』 [読書日記]

すばらしい新世界

すばらしい新世界

  • 作者: 池澤 夏樹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/09
  • メディア: 単行本

内容(「BOOK」データベースより)
途上国へのボランティア活動をしている妻の提案で、風力発電の技術協力にヒマラヤの奥地へ赴いた主人公は、秘境の国の文化や習慣に触れ、そこに暮らす人びとに深く惹かれていく。留守宅の妻と十歳の息子とEメールで会話する日々が続き、ある日、息子がひとりでヒマラヤへやってくる…。ひとと環境のかかわりを描き、新しい世界への光を予感させる長篇小説。
僕のブログを読者登録して下さっているうしこさんが、先月下旬にご紹介下さっていた小説である。実は僕はこの小説を2002年か03年頃に米国ワシントンDCで職場の日本人の同僚から薦められている。ネパールに住んでおられたのならきっと面白いですよと…。ところが、著者が池澤夏樹であることはわかっていても、作品名がわからず、ずっと読めずに放ったらかしにして7年以上を過ごしてきた。うしこさんがブログで紹介されてなかったとしたら一生出会わなかったかもしれない作品である。この場を借りてうしこさんに御礼申し上げたい。

読まれた方の多くは、この作品の舞台になっているネパール奥地の仏教王国ナムリンとは、「ムスタン」のことだとすぐにピンとくることだろう。なにせ地名に関しては「ナムリン」と「ロームリン」(これはロールワリンのこと)以外は、ジョムソンもカグベニもムクティナートもそのままズバリの実名で登場する。風車設置の舞台となっているガミ村もそうだ。「ナムリン開発協力会」もモデルが存在する。ムスタン地域開発協力会(MDSA)がそれだ。しかも、ガミ村では風力発電ではないが、ソーラー発電による揚水灌漑事業をやっている。当然ながら、登場人物にも実在のモデルが存在する。ナムリンの工藤さんや、カトマンズのサンライズ・ホテルののり子さんについては、誰のことかすぐに見当がつくであろう。ついでに言うと、このサンライズ・ホテルに宿泊していたコンサルタント――テライ平野の治水事業で上手くいかなかったと語っておられた千倉さんという方も、なんとなく誰かは僕には想像がついた。

残念ながら僕はムスタンはおろか、ジョムソンにも行ったことはない。せいぜいポカラからジョムソン行きに飛行機が必ず通過するゴレパニの峠で山の尾根よりも低いところを飛んでいく飛行機を見おろしたことがあるくらいだ。それでもとても面白く読ませていただいた。情景が容易に想像できたからだ。

読みながら、僕はBOP(ピラミッドの底辺層)向けビジネスというものについて少し考えた。ちょっと長いが、先ずは惹かれた箇所の引用から紹介してみたい。

 人間は自然から力を分けてもらって生きている。しかし自然の力は人間のためにあるのではないから、質と量をこちらが加減しなければならない。それが技術ということだ。
 技術には限界がある。自然の力を扱いきれないことがある。先進国にいるとそれがわからない。技術が発達していて、たいていのことはうまく処理できるからだ(しかし、技術への依存度が高い分だけ、万一にも破綻が生じた時の被害は深刻になるだろう。
   途上国には高い水準の技術がない。だから、自然の力なんて人知で扱いきれなくて当然だという考えが最初からある。雨は集中して降るものだし、風は吹くもの、川は溢れるものだ。なんとかそれに合わせて、その時々、臨機応変に生活を組み立て、守るべきを守り、駄目ならば諦める。
 千倉さんや林太郎は先進国の技術を途上国に持ち込もうとしている。そしてしばしば常識が通用しないことに驚く。技術が意外に無力であること、自然が思った以上にやっかいな相手であること、実は昔からそうだったのであって、現代の先進国が自然を思いのままに扱っているという錯覚に陥っているにすぎないことを、途上国に来て初めて知る。
 むしろ思い出すのかもしれない。先進国では技術はネットワークを組んで連係プレーを演じている。Aが駄目な時にはBとCが手を貸してくれる。しかし、途上国では技術は孤立無援だ。自分で自分の面倒を見なければならない。自然に負けたらそれっきり。そういう状況の中で、少しでも仲間を増やしてネットワークができるよう努めなければならない。(p.352)

僕は実は本書を読んでみて、林太郎が開発しようとしていた風力発電と教育のパッケージは結局のところビジネスモデルとしてはペイしたのかどうかがよくわからなかった。いつの間にかペイすることになっていて、それで所属している会社も売れると踏んで大々的にPRまで始めているが、本当にそう言えるのかどうかがピンと来なかった。風力発電装置と教育(送り込まれたエンジニアの人件費も含めて)でトータル幾らかかるのか、本書では具体的な金額の言及がない。

上の引用で言われていることは僕は正しいと思う。先進国の我々の社会では当たり前に通用する概念や技術、ビジネスモデルといったものを、そのまま途上国に持ち込んでも上手くいかない。例えば、ラップトップを持って行ったら、可動域を超えてまでディスプレイ側を曲げようとして破壊されるとか、タッチパネル用のペンをボールペンと勘違いして持ち去られてしまい、代わりに本物のボールペンでタッチペンの代わりにされるとか、そんなことは容易に起り得る。物語の中盤、林太郎の妻アユミが、「わたしがあなたの風車について危惧しているのは、それが1基ずつ売れる時に、本当に「現場の知」が機能して売る方買う方がお互い納得ずくで運び込まれ、立てられるのかということです」(p.369)とメールで書いている箇所がある。ポイントはこの「現場の知」というもので、外から持ち込まれた技術が本当に理解され、受け入れられるためには、「現場の知」に照らし合わせて、その技術が受入可能なのかどうか、受け入れた後に起り得る様々な事態に対し、現場の知だけで対処可能なのかどうか、十分に見極めることが必要なのだと思う。

言い換えるならば、BOP向けの商品の開発は、先進国にいる企業の側で自分達の売れる技術が何かというのを念頭に売り方を考えるのではなく、途上国の貧困層が何に不便を感じているのか、彼らが自分達でできることが何かということを先ず考え、それに対して我が社の技術がどのような解決策を提供し得るのか、解決策を導き出すために我が社の技術をどう適応させるべきなのかを次に考えるということが必要なのだろう。

本書の場合は、こうした途上国(ネパール)の最僻地(ガミ)の直面する課題を日本の企業に伝えるメッセンジャーとして、ナムリン開発協力会が位置付けられている。これが本当にガミ村の人々の「現場の知」と言えるのかどうかについては敢えて言わない。それを問題だと思ったのは村の人々なのか、それとも外部者であるNGOの工藤さんだったのかによって、話は多分変わってくると思う。でも、この場では、要は現場のことを知っている(と自負する)外部者であったとしても、現場に近いところにいたという点では、日本で企業側でsupply-drivenにものを考えているよりはよほど健全なニーズ発掘プロセスだったのではないかと思える。

要は、企業がBOPビジネスだと言って途上国の貧困層向けに何かしら売り込もうと考えるのであれば、先ず行なわなければいけないことは「現場の知」との繋がりを築くことだと僕は思う。

ただ、論考の冒頭でも申し上げた通り、僕はこの風力発電のモデルがなにゆえサステナブルと言えるのかについて、最後まで理解ができなかった。主人公・林太郎が行なったことは、結局のところ試験的な風力発電施設を建てて、そのメンテナンスに必要な人材育成を、会社からの持ち出しでやったに過ぎないではないかと突っ込みを入れたくなる。

それに、こんな長ったらしいメールの交換がよくやれるなとも思った。林太郎の側からすると、ガミでの作業の間は時間もタップリあっただろうから、メールが詳細な記述になっても構わないと思うが、妻のアユミのメールの長さとお仕着せがましさには少々辟易した。それに息子森介のメールや言葉遣いにも。10歳の子供がこんなに長くて語彙の豊富なメールを、キーボードをすばやく叩いて入力・送信するなんて、とてもできませんぜ!少なくとも、うちの妻や11歳の娘が、こんなに長くてしっかりとした内容のメールを、短時間で入力し、送信するなんて絶対にあり得ない。(それに、こんなにも理屈っぽい妻だったら、もっと早い時点で僕なら愛想を尽かしているだろう。)

最後に、工藤さんのモデルとなった方の著書についても言及しておきたい。発刊年が池澤作品とほぼ同時期であり、その頃に既にできていたソーラー発電施設やガミ村の遠景についても挿入写真があって参考になると思う。、

夢に生きる―秘境ムスタンに黄金の稲穂を

夢に生きる―秘境ムスタンに黄金の稲穂を

  • 作者: 近藤 亨
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2000/06
  • メディア: 単行本

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コメント 2

うしこ

工藤さんやのり子さんのモデルが実在されていたとは知りませんでした。

本当に、あの風車がペイしたかどうかまで書いていたら、もっと長いお話になったでしょうね。確かに、あそこであきらめてしまうのは少し勿体無い感じです。
by うしこ (2011-03-04 05:15) 

duke

カトマンズに友達が住んでいたので、友達を頼ってポカラにも行きました^^ 
援助というものを根本から考えさせられるお話ですね。是非読んでみたいと思います。
by duke (2011-03-04 12:32) 

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