SSブログ

『どうしても生きてる』 [朝井リョウ]

どうしても生きてる

どうしても生きてる

  • 作者: 朝井 リョウ
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/10/10
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
死んでしまいたい、と思うとき、そこに明確な理由はない。心は答え合わせなどできない。(『健やかな論理』)。家庭、仕事、夢、過去、現在、未来。どこに向かって立てば、生きることに対して後ろめたくなくいられるのだろう。(『流転』)。あなたが見下してバカにしているものが、私の命を引き延ばしている。(『七分二十四秒めへ』)。社会は変わるべきだけど、今の生活は変えられない。だから考えることをやめました。(『風が吹いたとて』)。尊敬する上司のSM動画が流出した。本当の痛みの在り処が映されているような気がした。(『そんなの痛いに決まってる』)。性別、容姿、家庭環境。生まれたときに引かされる籤は、どんな枝にも結べない。(『籤』)。現代の声なき声を掬いとり、ほのかな光を灯す至高の傑作。

意味深なタイトルだな。『どうしても生きてる』―――生に必死でしがみつこうという姿、生き抜く意志のようなものが「生きてる」という言葉から伝わってくるようでもあるし、逆境の中、何度も「死」が脳裏をよぎってもそれを選べない、そんな様子が伝わってくるようでもある。どちらにもとれる作品が収録されているような気がする。タイトルとしては絶妙だな。

久々に朝井リョウ作品を読んだ。母校の後輩の作品は無条件で読むと宣言しているので。初期の朝井作品は舞台が高校や大学であるケースが多かったので、40代後半になって初めて読んだ時にはすごい世代ギャップを感じた。その彼も大学を卒業して、いったんは会社員になった。それからは作品にも会社員の登場頻度が高まり、相変わらずリアルな場面設定も、おそらく会社やその周辺での観察の成果が生かされているのだろう。初期は20代の会社員、学生から社会人への端境期の若者が多く登場していたが、本日ご紹介の『どうしても生きてる』は、登場人物が30代後半から40代で占められるようになってきている。

朝井リョウもそういう年代の人物を描くようになったのだ。感慨深いものがある。初老の域に達しようとするオジサンが言うのもなんだが、ちょっと彼の作品との距離感は狭まったような気もする。

が…。なんだろう、この作品群のグロさ、暗さ、そして重さは。どれ一つとしてほっこりするような読後感はない(朝井リョウにそんなの求めちゃいけないのはわかっているにせよ)。この作品、発刊直後に読んでいたら僕はとんでもないことになっていたと思う。2019年の最後の3カ月は、自分の前向き度が滅茶滅茶落ち込んでいたから。また、今月上旬でなくてよかったとも思う。今の会社に勤め始めて以来、最もお先真っ暗のパニック状態で過ごしていたから。まあ、その状態を抜け出せたから小説を読む心の余裕も出てきたわけだけれど。

そんなわけで、落ち込んでいる時には読まない方がいいと思う。作品を客観視できるのであれば読めるが、でないと作品に自分を重ね合わせてしまう。それに、どの作品も根本的な「出口」を示してくれているわけではないので、「じゃ、どうするの?」というのは期待しちゃいけない。

でも、これが普通の会社組織で働いている人の間ではわりとありがちな話なのかもしれない。通勤電車で見かける大勢の人の中には、こういうのに近いストーリーを引きずっている人もいるかもしれないし、人には隠した何か特異な性癖があったりするかもしれない。世の中完全無欠の正しい人ばかりじゃない。道徳的な正しさだけを追求する言説がネット上では飛び交っているし、そういう生き方をアピールし続けているFB友もいるんだけど(僕だって弱音はFacebookではなかなか吐露できないけど)、たまにはジャンクフードだって食べたくなるし、ユニクロで服は買ってしまったりするし、勉強しなきゃいけない時に小説読んでたりもするのである。

だから、こういう作品があってもいいと思う。

朝井リョウのような、人の気持ちのうつろい加減をみごとな筆致で表現できる人の作品を読むと、僕らが普段身近な人に発している何気ない言葉が、思いもしない気持ちを相手に抱かせてしまうこともあるのだなというのを痛感させられもした。本作品を読んで最も強く感じたのは、妻が今何に不安を感じているかに、もっと思いをはせることの必要性だった。逆説的なんだけど、この作品群を読んでて、最も身近にいる人との関係性をもっと大事にしないといけないと感じたのである。

nice!(9)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 9

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント