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草の根イノベーション [仕事の小ネタ]

Grassroots Innovation: Minds On The Margin Are Not Marginal Minds

Grassroots Innovation: Minds On The Margin Are Not Marginal Minds

  • 出版社/メーカー: Random Business
  • 発売日: 2016/07/20
  • メディア: Kindle版
内容紹介
A moral dilemma gripped Professor Gupta when he was invited by the Bangladeshi government to help restructure their agricultural sector in 1985. He noticed how the marginalized farmers were being paid poorly for their otherwise unmatched knowledge. The gross injustice of this constant imbalance led Professor Gupta to found what would turn into a resounding social and ethical movement—the Honey Bee Network—bringing together and elevating thousands of grassroots innovators.
For over two decades, Professor Gupta has travelled through rural lands unearthing innovations by the ranks—from the famed Mitti Cool refrigerator to the footbridge of Meghalaya. He insists that to fight the largest and most persistent problems of the world we must eschew expensive research labs and instead, look towards ordinary folk. Innovation—that oft-flung around word—is stripped to its core in this book.
Poignant and personal, Grassroots Innovation is an important treatise from a social crusader of our time.

インドのアニル・グプタ教授と「ハニー・ビー・ネットワーク」のことは、2000年末頃には既に知っていた。当時僕はある雑誌の寄稿連載枠で、1回だけ執筆するよう頼まれ、インドの社会開発におけるICT活用の話の中で、特出しして「ハニー・ビー・ネットワーク」のことを書いたと記憶している。特別接点があったわけではないが、僕がインドという国に凄さと面白さを感じたのはこの頃のことであり、以後インドに行きたいとずっと希望し続けていたら、2007年になってようやく実現した。既に友人もいて、インド駐在を機に旧交を温めることもできたが、それとともに嬉しかったのは、アニル・グプタ教授の活動をわりと頻繁に報じる全国紙The Hinduと出会ったことだった。

今はどうなっているかわからないが、当時は毎週木曜日の同紙では農業農村開発分野での草の根発明家のイノベーションが紹介されていて、それにグプタ教授のコメントが付いているケースが多かった。同紙のネタ元がナショナル・イノベーション財団(NIF)という、グプタ教授の働きかけでインド政府が設立した財団のデータベースだったのは明らかで、2010年初頭には、この中の発明品を登場させる形で、アーミル・カーン主演の映画『3 idiots』(邦題、きっとうまくいく)も公開されている。インドでは毎年「イノベーション展」というのが開催されている。今は大統領府の敷地内で草の根発明品が展示されている。
http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2010-03-14

僕はインド駐在時代にアーメダバードに行ったことがなくて、残念ながらグプタ教授にはお会いしたことがないが、インドと言えば僕にとってはアニル・グプタ教授の国であり、そして草の根発明家の国なのである。そして、残念ながらそういう草の根レベルからイノベーションや社会起業家が生まれにくいのが、僕が今住むブータンなのである。

そんな、僕の敬愛するグプタ教授が、昨年7月に本を出された。矢も楯もたまらず電子書籍版を購入し、さらには8月に出張でインドに行ったついでに空港で書籍版も購入した。そこまで惚れ込んでいる著者の本ならさぞかし早く読み終われるのだろうと思われるかもしれないが、インド人の知識層にはよく見られる、難解な単語や表現が並ぶ本で、読み進めるのに極めて難儀し、昨年末の時点で辛うじて50%を超えた程度。これではまずいと一念発起し、今月6日に当地で行われたイベントを1つの目標と定めて、残りの紙面を一気に斜め読みで目を通した。あまり納得いく読み方ではないが、これを以って一区切りにしようかと思っている。

本というのは、その時々の読者の問題意識によって、読み方が変わってくるものだと思う。だから、先ず僕の今の問題意識を述べておく。

既述の通りで、僕はブータン人と話していると「ここが問題、あそこが問題」と、問題点の把握は結構できている人たちだと思うことが多い。でも、「それじゃあなたはどうするの?」と訊くと、やらない言い訳をされることもまた多いのである。働かないのは自分に向いた仕事じゃないから、企業家が育たないのは銀行がお金を貸さないから、自分達がやりたいイニシアチブを公の場で宣伝しないのはそれを見たことがなくて饒舌に語る自信がないから…。見たことがないなら近隣国でそれをやってるところに身に行けばいいのに、それもやらない。

昨年11月の「世界企業家週間」の際、ブータンでも企業家育成にまつわる様々なイベントが行われたのは既報の通りだが、そこでの議論の中心は「金融へのアクセス」、銀行融資がもっと自由に受けられれば、ブータン人の企業家は育つという、わりと単純な発想だった。

―――本当にそうだろうか。

マイクロクレジットが新規ビジネスの資金としてはあまり使われないという議論は、10年ぐらい前のインドでは既によく言われていたことである。むしろ、生活資金の一時的な穴埋めに借りるケースが多いということだったと記憶している。仮に銀行からお金が借りられたとして、事業をすぐに立ち上げられるのか。普通に考えれば、事業計画も立てられないところに銀行が融資するとは考えられないし、当面の赤字は覚悟しておかなければならない。初期の試行錯誤など当然あり得ることで、1回失敗したからといってそれで終わらせず、次にどうするか粘り強く考えて再試行するような根気がないと、成功にはたどり着けない。

ブータン人は、1回失敗すると再挑戦をしたがらない。3K忌避傾向もある。幸福度の高い国だから、当面やらなくてもあまり困らない。現状維持でも構わないと思っている人が多い。

人々の無気力、現状維持でもOKとする慣性―――グプタ教授は、これを「inertia」という言葉で表現している。これが僕にとっての本書を読む際のキーワードとなった。

個人や組織、社会にも見られるinertiaをいかにぶち破るか、草の根のイノベーターはinertiaなど気にせず、とにかく行動を起こすが、そうでない人は、行動を起こさない言い訳を考える。なんかしっくり来る。

「やりたいんだったらとにかくやれ」――これが草の根の社会起業家予備軍に対する教授のメッセージだと感じた。

また、そうした人々がどんどん生まれてくるようになるには、本人たちはそうした意識がなくても実は社会的には非常に意味のあるイノベーションを起こした人々(本書では「笛を吹く人(whistle-blower)」と表現)を発掘し、称賛し、そのイノベーションの知的所有権をしっかり保護していくことも求められる。教授が取り組んできた全国行脚(Sodhyatra)やハニー・ビー・ネットワーク、NIFのプログラム等はこうした問題意識からどんどん展開されてきたものである。

既に起業である程度の成功を納めている人々に参加してもらい、次なる企業家の育成にも一役買ってもらう、それでいて初期の企業家自身のビジネスにもメリットがあるようなコラボも生まれる場を提供する―――ブータン経済省中小企業局は、昨日、「Gakyed Gatoen - Festival of Happiness」という体験型見本市をスタートさせた。その意図するところは、初期の成功者とその商品に光を当て、さらに企業家間の交流の中から新たなイノベーションを生み出そうとする場の提供というところにある。また、この見本市では起業家とその取扱い商品のカタログも作成していて、これを見てその企業家を訪ねれば、どのように商品が作られているのかを体験することもできる。同じような商品で商売を始めてみたい人や、外国人観光客でちょっとお土産品の製作を自分でも体験してみたいという人は、このカタログを見て直接コンタクトしてみることも可能である。

2017-1-6 GakyedGatoen.png

話をもとに戻す―――。

僕の読解力にも限界があり、教授の著書の論点を簡潔に描くことができたかどうかわからないが、一方で教授のこれまでの寄稿の中で、草の根イノベーションを育むために必要なことをわりと簡潔に列挙されている文献もある。2013年のスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビューの中で、教授は以下の7項目を挙げておられる。

1.マイクロ・ベンチャー・ファイナンスの促進

2.イノベーターに対する金銭的インセンティブ供与を通じてイノベーションの公的プールを拡大

3.イノベーターへの認知、称賛、報奨は彼らの住むところで行う

4.イノベーターの近所にコミュニティ工房を作る

5.フォーマル、及びインフォーマルな科学の間でのパートナーシップを構築

6.子供たちのアイデアに投資する

7.未解決の社会問題への取組みに大学生を動員する

この中でも特に僕の琴線に触れたのは4の「コミュニティ工房」。デジタルなのかアナログなのかはわからないが、工具や工作機械がある程度揃っていて、草の根イノベーターが思っているアイデアを形にできる場所が近くに必要だという発想はファブラボにも近い。ファブラボは2001年のプネが発祥地だと聞いていて、それならグプタ教授は絶対ファブラボのことも知っているに違いないと思っていたが、彼の著作の中から具体的にそれらしい言及を見つけたのはこれが初めてであり、ちょっと「ビンゴ!(Eureka !)」と叫びたくなった。

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久保田絢(ムラのミライ理事※旧ソムニード)

記事の内容とはことなることをまずはお詫び申しあげます。
突然かつ初めてのご連絡で失礼いたします。ムラのミライ理事(旧ソムニード)理事の久保田絢と申します。

過去のブログ記事で和田・中田『途上国の 人々との話し方』についてのレビューが取り上げられていたのを拝読し、お二人の新刊についてもご承知・ご興味がおありかもしれないと思い、誠に勝手ながら関連イベントの宣伝させていただきます。

対話型ファシリテーションの生みの親である和田信明さん、中田豊一さんの新著「ムラの未来・ヒトの未来 ― 化石燃料文明の彼方へ」出版(2016年11月発売)を記念して、和田さん、中田さんをお招きしてのトークイベントを1月16日(月)19時より名古屋で開催することになりました。
場所は円頓寺商店街の西アサヒ(http://www.nishiasahi.nagoya/)です。
詳細はフェイスブックをご覧ください。
もし可能であれば是非ともご参加いただき、これまでのご経験をもとにお発言いたただければ和田・中田も喜ぶものと思います。
以下のGoogle フォームからも申し込みできます。
https://goo.gl/9ev2fM

ご興味のありそうな方が周りにいらっしゃるようでしたら情報を回していただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

ムラのミライ理事
久保田 絢
https://www.facebook.com/Hitonomirai/

by 久保田絢(ムラのミライ理事※旧ソムニード) (2017-01-07 23:21) 

Sanchai

残念ながら、私は今日本にはおりませんので参加は難しいです。お許し下さい。
by Sanchai (2017-01-08 01:03) 

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