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責任を問わない体質に一石? [ブータン]

父親、病院側の過失を主張
A father alleges hospital negligence
Kuensel、2016年7月13日、Dechen Tshomo記者
http://www.kuenselonline.com/a-father-alleges-hospital-negligence/

(以下、要約)

ジグミ・ドルジ・ワンチュク国立レファラル病院(JDWNRH)の救急外来の手術の後、死亡した3歳の男児について、男児の父親が病院側の過失を主張し、ブータン医療保健評議会に真相究明を求める要求書を提出した。

この男児は、5月21日に車にはねられて左膝下を負傷し、父親によって病院に運び込まれた。5時間を要した1回目の手術のあと、男児は意識もしっかりしており、両親との会話での受け答えもちゃんとできていたという。

しかし、翌日の2回目の手術では、男児は当初は容体が安定していたにも関わらず、途中急変し、帰らぬ人となってしまった。

父親の主張するところでは、膝下のけがぐらいで命を落とすことは考えられず、手術中の過失が原因だったのではないかと考えられる。父親は病院の外科手術チームに対して法的手段に訴えることは考えていないが、もし過失があったのなら、二度と過ちが繰り返されないよう、真相を究明してほしいと述べている。

要求書を受け取った評議会では、外科手術チームが適切な医療行為手順に基づいて手術を行ったのか、過失がなかったのかどうかを調査するという。

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ブータン人の考え方や行動様式は僕らには計り知れないものがある。1つのいい例が、何かトラブルが起こった場合の責任追及をあまり行わない点だと思う。トラブルが起きたら、一体誰が何をやったらこんなことになってしまうのかという原因究明をやり、過失が認められた人に対しては、それなりの罰則が適用されるのは当たり前だと僕らは考えるが、こちらの人々はそうではない。どうやったらトラブルシューティングができるのか、取りあえず現状を打開する方策はないのかを、結構頑張って考えるのである。

根本的な原因究明と再発防止策を講じていないので、同じトラブルが度々発生する。そしてその都度トラブルシューティングに知恵を絞るのである。だから、過失を犯した人に対しては、それほど厳しくはない。責任の追及はなされず、「まあ取りあえず問題は解決したんだからいいじゃないか」というので済ましてしまう。

病院で患者が亡くなる場合も、死ぬのはその人の運命なんだったんだと残された家族は簡単に諦める。疑念が生じて原因究明を求めたりすることは稀で、潔く家族の死を受け入れてしまうことが多いと言われている。

だから、この記事を読んで、父親が我が子の死亡の原因究明を医療保険評議会に求めているのは、それだけでも「お?」と思うのには十分な出来事だった。やっぱり血を分けた家族の不自然な死は、簡単に運命と割り切ることは難しかったのだろう。記事の情報だけを見れば、2回目の手術のどこかで手順を誤った可能性が強いと思われる。真相を知りたいというの親心は痛いほどよくわかる。

そして、こうやって真相究明を徹底的に行うのであれば、医療事故の防止策について、医療従事者が襟元を正して取り組む推進力にもつながりそうだ。法的手段に訴えるのでなくても、医療サービスの改善には多少なりともつながるのではないかと期待できる。

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