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『いのちの水をバングラデシュに』 [読書日記]

いのちの水をバングラデシュに 砒素がくれた贈りもの

いのちの水をバングラデシュに 砒素がくれた贈りもの

  • 作者: 川原 一之
  • 出版社/メーカー: 佐伯印刷
  • 発売日: 2015/03/31
  • メディア: 単行本
本書の紹介
3,000万人が飲む井戸水から、毒物の砒素が見つかった。5万人を超える砒素中毒患者も出ている。豊富な水に恵まれながら、安全な飲み水がないバングラデシュ。なぜ、デルタ地帯の地下水に砒素が入るのか?どうすれば安全な水を供給できるのか?維持管理体制をどのように築けばいいのか?それ以前に、砒素が何かを知らない人々に、砒素の危険を伝えることができるのだろうか…。立ちはだかる“地下の不思議”と“地上の困難”。〈いのちの水〉を求め、日本のNGOとJICAの連携プロジェクトが始動した。

川原さんの著書は、以前、『アジアに共に歩む人がいる』を二度にわたってブログで紹介したことがある。(一度目はこちら。二度目はこちら。)特に、二度目では、僕自身が駐在していたインドでのエピソードを紹介している。本日紹介する川原さんの近著でも登場する、コルカタのジャダブプール大学のチャクラボルティ教授を、僕自身も訪ねたことがあって、その時に教授からこう言われた。「Sanchai君、砒素汚染問題を本当に学びたいなら、隣りのバングラデシュに行って、ジョソール県の村に1ヵ月滞在するといい。そこでAAN(アジア砒素ネットワーク)がやっている取組みこそが砒素汚染対策のベストプラクティスだ。」 AANがバングラデシュを訪ねるようになったのは1996年のこと。川原さんが今回出された近著は、AANのバングラデシュでの活動の約20年の歴史をまとめられた1冊といえる。

但し、この本がJICAの「プロジェクト・ヒストリー」というシリーズから出されていることからもわかる通り、AANや川原さんご自身の現地での活動を可能にしたのは、今でいうJICAの草の根技術協力事業というプログラムであったり、専門家派遣事業というプログラムであったりする部分も相当ある。川原さんたちがバングラデシュの地下水が砒素で汚染されていることを知ったのは、当時コンサルタント会社に勤めていてプロジェクト発掘のためにインドを訪ねていた柴崎直明さんが帰路ダッカに立ち寄り、そこで旧知の研究者から問題の存在を聞かされたのが最初だったらしいが、その柴崎さんも、JICAからの受注でバングラデシュの地下水の砒素汚染のメカニズムの究明と代替水源確保手段の提案、深層地下水の利用可能性の調査などを行う開発調査に関わられている。2000年代後半の記述はAANとしての活動が中心となっているが、本書の前半で出てくるこの開発調査は、AANとJICAの砒素問題への取組みの中では序盤の1つの目玉といえる。

約20年にも及ぶ長い歴史の中で、様々な人物が登場する。そして、いつ、どこで、誰が、何を言ったのかが、臨場感をもって描かれている。何故それが可能となったのかというと、本書のあとがきにも書かれているが、「ルーズリーフにメモして綴じてきた100冊を超すファイル」と、「日本とバングラデシュの関係者30人のインタビュー」、「JICAとアジア砒素ネットワークに保管してあった参考文献類」だったという。3つ目の資料はまあ保管されているのはわからぬでもないが、1つ目の日誌をこまめにつけておくこと、2つ目の内外30人もの関係者へのインタビューは、そうそう簡単にできるものでもない。将来的にどのような形で役に立つかわからない日誌を、こまめにつけ続ける努力は、思っていてもそうそうできない。また、昔の関係者からも話を聞くためには、普段からのまめな付き合いが欠かさない。僕だったら容易に音信不通になってしまうところを、誰が今どこにいてインタビューできる状況かどうかをご存知であったところには川原さんのお人柄というか、そもそもAANの最後のNが「ネットワーク」であることに改めて気づかされる。

川原さんご本人が書き綴ってこられた日誌と、膨大なインタビュー、それにおそらく川原さんご本人で当初からお持ちであったであろうストーリーを構成するセンスもあり、本書は見事なヒューマン・ストーリーになっている。現地バングラデシュ側の関係者にも相当なインタビューをされている様子が窺え、この本を外国人読者向けに英訳して出版しようと思った場合、本書の本文の内容をそのまま英訳してもかなり通用するんじゃないか。

一方で、本書では登場するが直接的なインタビューの対象にならなかった人もいる。そうした人の発言が引用されている箇所もあるが、どういう意図でそういう発言をされたんだろうかと多少気になるところはあった。

サブタイトル「砒素がくれた贈りもの」を読んで、「あれ?」と思われる方は多いと思う。僕も最初はそう感じたが、読み進めていくうちに合点がいった。地下水の砒素汚染の問題は、90年代後半以降よくバングラデシュで聞かれたものだが、ことが重大かつ複雑すぎて何をどうしていったらいいのかわからなかった。それがまかりなりにも代替水源のメニューを揃えて、しかも住民参加ではなく住民と行政、議会の協働というところに可能性を見出すところまでたどり着いた。無色透明な汚染水を「危険だから飲むな」と言っても住民が守り続けるのは容易なことではないが、実際に砒素やその他鉄分などの含有物が除去された透明度の高い水を口にして、住民は「おいしい水」というものに初めて気づいたらしい。「危ない水」への理解を得るのは容易じゃなくても、「おいしい水」はわりと受け容れやすかったようだ。砒素のことを「贈りもの」と言ったのは、そうした気づきをもたらしてくれたという意味だったのだろう。

子を持つ親の身でこの本から言えることを最後に付け加えるなら、我が子には、こういうプロジェクトに若い人々がどのように関わり、その経験をさらに発展させていっているのかをよく知って欲しいということだろうか。地質学や水文学、水質の専門家、コンサルタント等が多く関わる一方で、1990年代末に実施されたAANのシャムタ村現地実態調査では、指導教官に連れられて参加した学生さんが多かったようで、そうした方々が大学を出て、引き続きバングラデシュの砒素の問題に関わり続けている人も何人かいらっしゃる。また、逆に専門家経験者の指導を大学で受け、それをきっかけにして新たに青年海外協力隊員としてバングラデシュに赴任したという人も出てきているらしい。重要なのは大学での過ごし方かも。未来につながるきっかけを、大学生活の中からしっかり掴んで欲しいものだと思う。

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