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『ブータンに魅せられて』 [ブータン]


ブータンも外国からの来訪者が多くなってくると、それまで庶民が普通に行なっていたことが好奇の目で見られるようになり、見直しが迫られることも増えてくるのだろう。幸か不幸かロイヤルウエディングもあったりしてブータンへの注目はさらに高まっている。そんな時でもあり、珍しくもブータンに関する本を1冊読んでみることにした。

ブータンに魅せられて (岩波新書)

ブータンに魅せられて (岩波新書)

  • 作者: 今枝 由郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2008/03/19
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
「国民総幸福」を提唱する国として、たしかな存在感を放つブータン。チベット仏教研究者として長くこの国と関わってきた著者が、篤い信仰に生きる人びとの暮らし、独自の近代化を率いた第四代国王の施政など、深く心に刻まれたエピソードをつづる。社会を貫く精神文化のありようを通して、あらためて「豊かさ」について考える。
著者はフランス国立科学研究センターのディレクターで、チベット仏教史の研究者である。パリで学位取得した後ずっとフランスに留まり、1980年から90年までは、フランスからの出向の形でブータンに長期滞在し、ブータン国立図書館顧問として過ごした。

ブータンの日本人としては、外国人として初めて「ダショー」の称号を国王から受けた西岡京治がいて、本書でもほんの少しだけ名前が登場する。ブータンを訪ねてパロ谷や首都ティンプーの人々と話すと、「ダショー・ニシオカ」の名前は頻繁に登場する。だから、西岡氏にあまり触れていないブータンの本は珍しいと思う。

そこを敢えて突いて本書は書かれている。ひょっとしたら過去の著作の中で触れているからかもしれないが、2008年と比較的最近出たばかりの本書では、西岡氏に関する言及はほとんどない。それがある意味で新鮮だった。西岡氏の進めた農業開発のお話ではなく、チベット仏教というレンズを通してブータン人とその生活を描いており、これは著者のような背景を持った研究者で、なおかつ約10年にもわたる参与観察をやってきた人でないととうてい描けないと思う。

そのエピソードはどれも興味深いものばかりであったが、特に著者のブータン長期滞在の名目でもあった国立図書館の整備にまつわるものには感銘すら覚えた。蔵書数がなぜ少ないか、なぜ蔵書目録が整備されていないか、なぜ蔵書が乱雑に置かれているかなど、その解説を読んだら「なるほど」と唸らされることばかりだった。国立図書館の整備に関しては、蔵書の収集活動や目録整備等がその後どうなったのか、蔵書の中身が全て頭の中に入っていた館長が退官した後、図書館はどう変わったのかが描かれているともっとよかったとは思う。その後この図書館には青年海外協力隊員も派遣されていたらしいので、隊員の活動報告書でも閲覧したらよくわかるのだろう。

当然、「国民総幸福量(GNH)」に関する記述もある。国王や王妃にかなり近い所でその発言や行動を見てきた人だけに、その引用には納得させられるところが大いにある。GNHは、抽象的な哲学理念や、経済概念ではなく、日常生活に即した実際的なあり方、家族重視の立場なのだという。国王や王妃は、GNHを、国家とか社会とかいったマクロのレベルではなく、家族と言うひとりひとりにとって最も身近なレベルで語っておられるというのだ。

GNHについては経済至上主義見直しの風潮の中で近年とみに注目が集まり、国民総生産(GNP)に代わる国の発展度合いを捉える概念として、その計測方法が云々されているが、大事なのは人ひとりひとりのレベルでの「人生の充足」ということにあるのだという。こりゃ耳が痛いわ。別にGNH主流化の論議に僕自身が加わっているわけじゃないが、加わっている人を見ていると、忙しそうだなと感じる。それが幸せならいいけどね。

読みやすくて、お薦めの本だ。著者がブータンに長期滞在した1980年代頃までと比べれば、今のブータンは外国人にはかなり訪問しやすい国にはなったと思う。ただ、縁あってそういう国を訪れることができた人には、謙虚にブータン人の考え方や生き方を見て、変な影響を彼らに与えないようなお作法が求められるのではないかと思う。『地球の歩き方』も必要だが、こういう本を予め読んでおくことも必要だな。
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