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『あゝ野麦峠』再読 [シルク・コットン]

あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史 (角川文庫)

あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史 (角川文庫)

  • 作者: 山本 茂実
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1977/04
  • メディア: 文庫
6月17日、バンガロール郊外の製糸工場を見学する機会があった。実際に工員が繰糸しているところを見るのは初めてだ。

今回のインド滞在ではこうした製糸工場を見学する機会もあるだろうと思っていたので、そのイメージ作りのために『あゝ野麦峠』をもう一度読み直してみることにした。前回読んでから4ヵ月しか経過していないが、それから製糸の勉強も多少は積んだし、読み直してみたら何か違う発見もあるかもしれないと期待もした。前回は図書館から借りてきた単行本を読んだが、今回は初刊刊行から10年経過して発刊された文庫版を購入してマーカーで線を引っ張りながら読んでみた。
*前回の読後感想は下記URLをご参照下さい。
 http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2011-02-12 

結果を言うと、自分が前回のブログ記事で引用していた箇所にまたマーカーで線を引っ張っており、要するに同じ箇所が有用だと今回も思ったということがわかった。だから、本書に関する概略は前回の記事に任せることにして、今回、全体を眺めてみて気づいた点について少しだけ述べたいと思う。

第1に、今回は製糸業者訪問前に詰め込みで読んだため、製糸工場で実際に行われている作業や工員の労務実態等に焦点を当てて読もうと思ったのだが、本書は意外と製糸工場の現場での作業工程についてあまり描かれておらず、むしろそこで働く工女の工場以外の場でのストーリーの方にウェートが置かれていることがよくわかった。だから、製糸の各工程―――例えば、乾繭、煮繭、繰糸、揚返し、撚糸等があまり描かれていない。著者自身がそこで工女がやる作業を実際に見ていないので、この部分は描きようがなかったのかもしれないが、その点では今回は参考にはあまりならなかった。

第2に、本書では岡谷蚕糸博物館所蔵の資料をかなり有効に使って書かれている。例えば、博物館2階に展示されている工女賃銀台帳も、著者の手にかかると台帳記載項目から当時の工女の生活を想像する大きな材料となっている。本書をまったく知らずに博物館を訪ねると、ただの展示に過ぎない。同様に、博物館1階には諏訪式製糸型があるが、これなども一見するとただの繰糸機だが、本書での描かれ方をあらかじめ知っていたら、それだけでも興味深い展示になったことだろう。
*岡谷蚕糸博物館訪問記を扱ったブログ記事はこちらのURLから!
 http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2011-05-04
大蔵高商(現東京経済大)教授安堵泰吉が「他県の製糸家が明治初期愛国の熱情に浮かされて冷静なる創意と堅実なる経営ぶりを無視したる時、ひとり長野県の製糸家は、産業経営上不可欠の精神に覚め、機械製糸の生産力応用に成功し、合理的経営をなし、ついに製糸業における独歩の地位を獲得した」(「社会政策報告」第百三号所載)と指摘しているのもここにある。すなわち明治八年日本産業革命ののろしは、いち早くこのへんぴな平野村間下字中山の地に上がったのである。」(p.47)
岡谷の博物館は宝の山なのである。

第3に、文庫化するとたいてい第三者による作品解説が巻末に掲載されるが、本書の巻末収録されていた中村政則「経済史からみた「あゝ野麦峠」」は参考になった。この中で中村が引用している「製糸業者がいつも問題にしていることは三つにつきる。すなわち、(1)糸相場、(2)原料繭購入、(3)工女確保である。この三本柱のどれが狂っても製糸工場はなりたたない」(p.110)の記述は、僕もマーカーで線を引っ張っていたところだったので、僕のセンスもなかなかだな(苦笑)を思った。ただ、本稿はそれだけではなく、ではその製糸業者が乱高下する糸相場による損失を何でカバーしようとしたのか、その適応戦略をきれいにまとめていて、これは有用だと思った。
それは養蚕農民に対する繭の買叩きと、等級賃金制と称するまことに巧妙な女工搾取のシステムであった。とくに後者の等級賃金制は製糸業躍進の基礎であった。この制度は、製糸女工全体に支払う賃金総額をあらかじめ固定し、決定しておいて、そのすでにあたえられた賃金総額を、女工を相互に競争させることによって取合いさせるものである。原料繭を無駄遣いせず、良質の糸をたくさん引いた女工の順に、一等、二等……五〇等位にランク付けで、賃金の多寡を決める。もし検査にはずれるような悪い糸を引けば、罰点をつけられて、その分だけ賃金を差引かれることもあった。この制度のもとでは、つねに他人以上に働いていないと自己の賃金が下がるという危険に、女工はたえず怯えていなければならない。等級賃金制を「共食い制度」と呼ぶ人もいるが、等級賃金制はまさに女工を身の細るような激しい労働に追い込んだ元凶であったのである。飛騨の女工たちがこのように過酷な労働に耐え得たのは工場での食生活が、田舎でのそれよりまだましだという農村の絶対的貧困があった。

ところで、僕が17日に訪ねたバンガロール郊外の製糸工場で実際に糸を引いている工員の方に聞いたところでは、このあたりではさすがに等級賃金制は導入されていないそうである。それだけ品質にはうるさくないということなのだろう。でも、ここの工場のオーナー(57歳)は7歳の時から親に教わって製糸工場で働いていたというが、工場で最初に何を覚えるのかと尋ねてみたところ、「監督(supervise)」だと即答された。つまり、経営者は実際に糸を引いたことがないということであり、これでどうやって生糸の品質を高めていけるのか不思議に思った。
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