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母になって死ぬ [インド]

菅首相が国連MDGs総会で表明した保健医療分野の支援拡充方針って、「真水」なのでしょうか。単に既存の実施中のODA案件と今後実施予定の案件を積み上げたら大体こんなもんでしょうということでは悲しい。それはともかく―――。

僕がインド駐在員時代に職場で大変に世話になったインド人シニアスタッフから、「こんな記事が週刊誌に出ているよ」と教えてもらった特集記事がここにある。THE WEEK誌2010年9月12日号に掲載された「母になって死ぬ(Dying to be a mother)」(Jisha Krishnan記者)である。記事全文については同誌URLからダウンロード可能です。

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記事のポイントは次の通りである―――。

1)英国の医療雑誌ランセットのレポートによると、2008年に報告された母親の死亡例の半数以上はわずか6ヵ国で起きているという。それは、インド、ナイジェリア、パキスタン、アフガニスタン、エチオピア、コンゴ民主共和国である。

2)インドでは、毎年、78,000人もの女性が、妊娠中、分娩中、ないしは産後42日以内に死亡している。こうした死亡の75%は、専門家によれば、回避可能だったものと考えられる。結果、妊産婦死亡率は人口10万人につき254人と高い。

3)大都市に住む女性は豪華な民間病院でより快適かつ痛みが少ない形で出産分娩を行なう選択肢があるが、農村部の女性は基礎的施設を確保するのにも苦労している。自宅分娩が依然として規範となっている地域も多く、産後ケアはほこりにまみれた政府の記録の中にしか存在しない。

4)施設分娩数を増やすことは2005年に開始された政府の保健分野の旗艦事業である全国農村保健政策(National Rural Health Mission、NRHM)の主要目標の1つである。JSY(Janani Suraksha Yojana)といったスキームは、出産した女性と生まれた子供の産後ケアを支援するために農村部で1,400ルピー、都市部で1,000ルピーを現金給付するという事業である。施設分娩の件数は2005-06年の1,084万件だったが、これが2009-10年には1,497万件に増加した。JSYの給付対象者数は、この5年間で、70万人から923万人に増えた。

5)施設分娩数増を目指すという政府の意図に反し、十分な医療従事スタッフの配置が行なわれていないために施設分娩自体が困難な地域も多い。「命を救うことすらできない病院を利用するメリットってありますか?そこに行っても医師は全くいませんし、それだったら自宅で分娩やった方がましです。少なくとも、分娩を介助してくれる方々については知り合いですから」という声もある。保健省が最近発表した調査レポートによると、15万ヵ所ものヘルスセンター(HC)で医師がいない状況であるとのこと。ユニセフが行なった別の予測では、ASHA(Accredited Social Health Activists)と呼ばれる医療介助を行なえるソーシャルワーカーは、人口1,000人につきASHA1人という政府基準で見ていくと74,000人不足していることになる。ANM(Auxiliary Nurse Midwife)という准看護助産師は21,066人の不足である。

6)WHOは、インドの保健分野への公共投資支出を世界175ヵ国中71位とランク付けしている。保健分野の公共支出が対GDP比0.9%というはあまりにも少なく、政府はさらにこの分野への支出を増やす必要があると指摘する論者は多い。

7)妊産婦死亡率(出産10万件に対する妊産婦の死亡数)が最悪なのはアッサム州(480)、ウッタルプラデシュ州/ウッタラーカンド州(440)、ラジャスタン州(388)、マディアプラデシュ州/チャッティスガル州(335)、ビハール州/ジャルカンド州(312)、オリッサ州(303)等がこれに続いている。逆に妊産婦死亡率が低いのはケララ州(95)、タミルナドゥ州(111)等である。インドの平均は254だ。

8)しかし、妊産婦死亡率が最も低いケララ州でも、妊産婦の33%が貧血症状にあり、35%が帝王切開で行なわれるという状況にあり、依然改善の余地はある。

この記事でも特に有用と思われるのは「行動計画(Plan for Action)」と書かれた囲み記事である。この記事は、米国ハーバード公共保健大学院(Harvard School of Public Health)のSue J. Goldie教授をはじめとする研究チームがまとめた研究レポート『Alternative Strategies to Reduce Maternal Mortality in India』の紹介だろう。このレポートは、国連のミレニアム開発目標(MDGs)で掲げられた「2015年までに妊産婦死亡率を109に引き下げる」ための課題と求められる取組みについて論じているものだ。世界の妊産婦死亡の25%がインドで起こっているという現状、インドをターゲットにしているというものである。このレポートは下記URLからダウンロードできる。
http://www.plosmedicine.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pmed.1000264

9)レポートによれば、妊娠絡みの死亡数を削減するための政策としては家族計画の普及が最も効果的である。インドの今の家族計画に対する満たされないニーズが今後5年間で満たされるならば、15万件以上の妊産婦死亡を防ぐことができる。この家族計画の拡充に、出産介助スタッフの増員や出産前後のケアの改善、自宅分娩の削減、救急産科ケアの改善等を段階的に組み合せる統合アプローチを取ることで、妊産婦死亡の80%以上は防ぐことができる。

日本政府が保健医療分野でのODAを拡充するというのなら、最も大きなMDGs指標改善が図れるインドは重要なターゲットの1つとなるだろう。(ただ、この雑誌記事はむしろインド政府自身が保健医療分野の政府支出をもっと手厚くすべきだと論じている。財政赤字が10%近く、累積公的債務の対GDP比が既に90%強にまで積み上がっているインドに、これ以上政府支出を増やせというのも難しいことは難しいが…)インドは国土も広く、ショーケース的なODA案件をどこかの州のどこかの県レベルで実施したところで、インド全体への貢献度はそれほど大きくはならない。

MDGsの目標達成をとりあえず優先するならば、直接指標改善に繋がるようなサービス提供を実際そういう対象となるような人々が多く住む場所で実施するような取組みを、できるだけ多くの場所で行なう必要があると思う。しかも、日本の顔が見えるか否かの議論は横に置いて、それをやらねばならない。それは幾つかの現地NGOと提携して、現場ではそうしたNGOに活動してもらうことになるだろう。
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