So-net無料ブログ作成

「M」はムニグダ、マラリア、マオイスト [インド]

DongoriaKondh1.jpg
《再会したローズさん、シャクンタラさん、山岳先住民の子供達と一緒に》

今、アンドラプラデシュ(AP)州北東部とオリッサ州南部山間地を巡る約1週間に及ぶ旅からデリーに戻って来たところである。離任の日まで1ヶ月を切り、どこの部署に行くのかは依然教えてもらえないものの、インドにいる間にどうしてもやっておきたかったことが1つあった。それは僕の学友であるペリー小野さんとの約束である。

ペリーさんは著書まである半ば公人だから、敢えて実名で紹介する。3年前にインドに赴任して来る際に、僕はペリーさんから「インドにいる間に、我々が支援しているオリッサの山岳先住民の村を見に行ってみて欲しい」と言われていた。軽い社交辞令のつもりでペリーさんはおられたかもしれないが、壮行会の幹事をやっていただいていて、かつ日本に帰ったらまた歓迎会の幹事をやってくれそうな方のお願いにはちゃんと答えておく必要がある。

NGO主義でいこう―インド・フィリピン・インドネシアで開発を考える

NGO主義でいこう―インド・フィリピン・インドネシアで開発を考える

  • 作者: 小野 行雄
  • 出版社/メーカー: 藤原書店
  • 発売日: 2002/06
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
NGO活動の中でつきあたる「誰のための開発援助か」という難問。あくまで一人ひとりのNGO実践者という立場に立ち、具体的な体験のなかで深く柔らかく考える、ありそうでなかった「NGO実践入門」。

2008年6月に一時帰国した際、僕はペリーさんの関わられているNGO(特活)草の根援助運動(P2)が主催した報告会に出席させてもらった。オリッサ州南部のラヤガダ県にあるムニグダ(Muniguda)という小さな町を拠点にして周辺の山間地に住むドンゴリア・コンド族の栄養改善と教育普及の支援を行なっている現地NGO「ニューホープ(New Hope Rural Leprosy Trust)」のエリアザール・ローズ代表とソーシャルワーカーのシャクンタラさんを招いての報告会だった(その模様はこちらの記事から)。会の後、僕は個人的にローズさんに自己紹介をした。「インドにいるなら是非一度見に来て欲しい」――ローズさんにもこう言われた。

話には聞いていたものの、僕は今までに「指定部族(Scheduled Tribe、ST)」と呼ばれる人々の暮らしを直接目にしたことがなかった。それに、ムニグダは僕が今年2月頃から重点的に紹介記事を書いていたカラハンディ県のすぐ隣にあり、ニューホープが支援しているドンゴリア・コンド族といえば、多国籍鉱山企業ヴェダンタ社のボーキサイト鉱山開発の影響を受け彼らの神聖なる森が破壊されるというのでヴェダンタ社と闘っている当事者でもある。ヴェダンタ社のアルミ精錬工場はムニグダからかなり近い場所にあるという。現地はどう受け止めているのか、どうしても一度見ておきたいと思った。

実際に訪問を考えた場合に最も大変だった社内での根回しも終え、5月27、28日の両日、ムニグダ訪問が実現した。ニューホープの運営するハンセン病患者向け眼科・整形外科病院と障害児向け寄宿・教育サービス施設に加え、実際にドンゴリア・コンドの集落を2ヶ所見学させていただいた。ムニグダに加え、ニューホープのローズさんと長男のランジットさんには、AP州ビシャカパトナム郊外のコッタヴァルサという町でニューホープが運営している孤児・障害児・エイズ感染児等向けの寄宿学校「カタギリ・チルドレンズ・スクール(Katagiri Children’s School)」も案内していただいた。さらにはムニグダ入りの前に、別の日本のNGOソムニードがビシャカパトナムと郊外のパタパトナムで行なっているプロジェクトの事業地も見学させていただく機会を得て、トータルで5泊6日という旅となった。これから何回かに分けてその訪問記をご紹介していきたいと思う。

全体総括を一言で言えば、この時期に無理してこれだけの旅をしたのは自分にとって良かったと思う。デリーに住んでいると、煌びやか(?)なインフラ開発事業とか経済成長率とかとかく威勢の良いことばかりを目にするし、子供達も制服を着てスクールバスで通学というのが当たり前の光景になっていた。それがインドだと誤解して、そこだけ見て帰国するところだった。しかし、僕が今回見てきた山岳先住民の村では、狩猟や森林資源の採集を今でも行なっており(野性のイノシシを追いかけているトライブに出くわしたことも)、狩猟してその日の収獲をもって酒を飲んで祝うような人々であった。そんな人々が貨幣経済に巻き込まれる中で、集落周辺の森で大掛かりな伐採を行い、禿山の様相を呈してしまっている区域を幾つも見かけた。伐採は薪を確保して市場で売るためのものだ。彼らはその伐採跡地に実や葉に利用価値のある野菜や果実の木を植えたりしているが、その耕作スタイルは極めて原始的で、傾斜地に雨が降れば最も養分が多い表土が雨に流されて痩せた土壌しか残らない。

DongoriaKondh2.jpg
《斜面が伐採によって禿げてしまった場所が目立つ。しかも最近のもの》

DongoriaKondh3.jpg
《教室は民家の軒下だが、照明もない。「学習環境」などと言う以前の状況》

学校については、ニューホープの寄宿学校と山岳先住民の集落で細々と行なわれている児童教室を見せていただいたが、特に後者の場合はよくこれだけの悪条件の中で少しでも読み書きができるようにと学んでいる子供達がいるものだと感心した。(寄宿学校を訪問した日は祭日だったので、生徒さんにちょっとご挨拶をさせていただいたぐらいである。)カタギリ・チルドレンズ・スクールも現在は夏休みで、孤児で帰る場所がない子供達が30人ほど居残っているだけの時期の訪問だったが、夜と朝の礼拝(言い忘れたがここはキリスト教の学校である)を見せてもらいながら、こういう場に我が子3人を連れて来て生活や授業の風景を見せたら、彼らは何を感じるだろうかとふと考えた。P2は毎年スタディツアーを組み、ムニグダ訪問に加えてコッタヴァルサ訪問も予定に加えていると聞いている。僕は今の会社で働いている限り、立場上どうしても私用でムニグダを訪れることは今後できないが、子連れの旅のとっかかりとして、コッタヴァルサだけに的を絞って数日滞在して学校生活を見せてもらうというのもいいかなと思った。それで子供達に何か感じるところがあり、ムニグダにも行ってみたいと思うようなら、せめて長男ぐらいは行かせてみたい。

でも、この時期の旅は結構大変だった。高温乾燥のデリーと比べると、AP州沿岸地域は同じ高温でもとにかく多湿で、冷房の入った車から降りる度に眼鏡は曇り、持って行ったシャツの殆どが汗まみれになった。ムニグダは内陸に入ったところなので湿度は低く、印象として日本の夏並みかなと感じたが、山の天候は急変しやすく、ドンゴリア・コンド族の集落訪問中に嵐と遭遇し、帰路は倒木で道を塞がれて立ち往生した。この周辺は「ナクサライト」という毛沢東主義の左翼ゲリラが夜になると出没する地域で、ローズさんも僕が緑色のクルタシャツを着ていると「色が目立ち過ぎでマオイストのターゲットになりやすいから別の色のシャツに着替えて欲しい」と申し訳なさそうに言ったぐらいの場所だ。(勿論、「ニューホープは住民と信頼関係を築いているからマオイストの標的になるようなことはない」と強調していたその理由もなんとなく理解はできた。)

ニューホープのゲストハウスはどこかの送電線が切れたからか停電が一晩全く復旧せず、真っ暗闇の中でベッドに横になるしかなかった。しかもムニグダ一帯は周辺の人々から言わせると「マラリアの巣窟」だという。一応虫除けスプレーはデリーから携行し、それを体中に吹き付けた上で完全防備の蚊帳の中で眠ることになった。カタギリ・チルドレンズ・スクールのゲストハウスでの宿泊も蚊帳の中だったが、こちらの方はとにかく蒸し暑く、一晩眠るのにシャツを2枚取り替えた。その間に数箇所刺された形跡があり、今後3週間の潜伏期間を置いた後の離任直前の頃にマラリアを発症しないかと今から心配だ。

カラハンディのこともあり、僕はオリッサ州南部の山岳先住民と開発の問題には何らかの形でこれからも関わっていきたいと思っている。これはムニグダ訪問前から考えていたことだ。P2への協力だけではない、僕はオリッサ南部の極度の貧困地帯の活動を支援している日本のNGOや企業に対しては、一兵卒でいいのでボランティアとして働かせて欲しいと思っている。今回のムニグダ訪問は、そのための土地勘を養っておくという意味で非常に価値ある旅だった。これで帰国してしまったら、僕が今の会社に勤め続ける限り、二度と訪れることができない地域だからだ。

それに、4~5月はマンゴーの季節。その終わり頃に訪れたAP、オリッサでは、これでもかと言わんばかりに近くで採れたというマンゴーをご馳走になった。蒸し暑さで毎日ヘトヘトだったが、マンゴーはとにかく美味しいと思った。
nice!(3)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 3

コメント 2

toshi

オリッサ州は、コナラク、アンドラブラデーシュ州は
アマラパーティーなどを観光したことがあります。
山岳民族の村までは行ったことがありません。
by toshi (2010-05-30 12:42) 

Sanchai

☆toshiさん☆
コメント&niceをありがとうございます。
山岳先住民の村は、なかなか行けるところではありません。先住民はシャイで写真を撮られると魂を抜かれると本気で今でも信じているそうなので、簡単には行けないと聞きました。今回は知り合いのNGOの代表者を頼って村に入りました。このNGOの皆さんが長い年月をかけて村民との間で信頼関係を築いてきたからこそ、写真も抵抗なく撮らせていただけたのだと感謝しております。

☆suzuranさん、あんぱんち~さん☆
いつもniceを下さりありがとうございます。
by Sanchai (2010-05-31 03:56) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0