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AIIMSというところ [インド]

AIIMS(All India Institute for Medical Sciences)という政府系の病院がデリーにはある。おそらくはインドの医学研究の最高峰ともいえる高等教育機関兼病院であり、今年初めにマンモハン・シン首相が心臓のバイパス手術を受けた際にもここで入院した。週刊誌The Weekの11月15日号の特集「インドの病院ベスト10(Best Hospitals 2009)」でも2008年に続いて堂々の第1位だ。部門別でも、「消化器科(Gastroenterology)」「小児科(Paediatrics)」「整形外科(Orthopaedics)」「心臓病学(Cardiology)」「婦人科(Gynaecology)」「神経科学(Neurology)」「糖尿病学(Diabetes care)」等で全国第1位、「眼科(Ophthalmology)」「腫瘍学(Oncology)」等で第2位。要は殆どの医学領域でAIIMSは最高峰なのだ。

このところ市内の民間病院の貧困層診療枠の未達成の話題ばかりブログで取り上げたので、それじゃあ政府系の病院の方はどうなっているのかというのでAIIMSを取り上げてみたい。11月2日の週、Hindustan Times紙は5回シリーズでこの政府系病院の悲惨な現状を特集した。その第1弾がAIIMSであった。まさに11月2日付第4面である。 
AIIMSの混乱
The mess at AIIMS
Jaya Shroff Bhalla記者
【ニューデリー発】マドゥマティ・デヴィさん(23歳)は息子グルシャンちゃん(3歳)を連れてAIIMSに向かった。腸管の腫瘍の治療のためだ。彼女の家族はそこで空きベッドを探すのに3日を費やした。これはビハール州東部のカガリア県からデリーに上京して来るよりも時間がかかる作業だった。
 「受付簿もヘルプデスクも患者向けの地図もここにはありません」―デヴィさんはこう言う。165エーカーの敷地の中に40もの診療科があり、6つも専門医療センターがあるAIIMSは迷路である。患者の殆どは、この広い敷地の中を、自分が受診できる診療科を探して数時間、時には数日をかけてさまよい歩く。「私達は10月4日の午前8時に病院に到着しましたが、癌診療科に辿り着いた時には12時30分になっていました。そして、癌診療科に辿り着いた時には、外来往診時間が既に終わっており、誰もグルシャンを診てくれませんでした。」―デヴィさんの夫で日雇い労働をしているマノージ・クマールさん(25歳)はこう言う。クマール夫妻がアポの番号札を受け取ったのは翌日のことで、3時間以上並んでようやく医師との面談にこぎ着けた。しかしその時点でまた外来往診時間が終わっていた。
 「外来往診時間は過ぎていましたが、私達は先生に息子を診て欲しいとお願いしました。息子は痛みから泣いていたし、片方の目からは出血もしていたからです。」―マノージさんは述べる。その医師はグルシャンちゃんを診察し、幾つかの検査を終えて翌日午前9時に入院させるよう指示した。しかし、その時点で既に検査室は閉まっていた。このため、夫妻は検査を受けるためにまた長蛇の列に並ばなければならなかった。「検査が済んでも先生はグルシャンの入院を認めてくれませんでした。既にベッドが他の患者さんのために埋まってしまっていたからです。」
 その時点で既にグルシャンちゃんの両目は充血して腫れあがり、今にも破裂しそうな症状になっていた。この幼い男の子を抱きながら、グルシャンちゃんの祖父であるラグビール・クマールさん(63歳)は孫にたかるハエや蚊を追い払うのに苦労していた。「AIIMSがこんな混雑して混乱を極めているところでないなら、孫の治療はとっくの昔に始まっていたでしょう。」
 インドで最も優れた病院の1つであるにも関わらず、これと似た話は多い。AIIMSの医療監督官であるD.K.シャルマ医師はこう言う。「急患は多く、そのくせ敷地は広大であり、今のところ、私達は患者さんのためのインフォメーション・デスクも設けていません。敷地内施設の刷新を図る大きな計画はありますが、全てに時間がかかります。」

AIIMS.jpg

脊髄手術のために2年も待つ
A two-year wait for spine surgery
 ニーラジ・バルマちゃん(3歳、匿名)は、首に神経の突起ができ、手術が必要である。しかし、ニーラジちゃんは帰宅を言い渡され、2年後に戻ってくるように言われた。「10月2日、私達は手術のために2011年9月に再度病院に来るようにと言われました。」―こう語るのは母親のマドゥ・バルマさん(28歳)だ。バルマさんはデリー南部マラハニ・バーグの高級住宅街の近くの無許可の居住区の住民である。
 「私には2つしか選択肢がありません。息子に2年間痛みを我慢させるか、息子を民間の病院に連れて行くかです。しかhし、民間の病院だと最低でも8万ルピーがかかります。」
 バルマさん親子のケースは決して特殊なわけではない。この日、神経外科手術を必要とする患者が他に3名、2010年8月か9月に手術に来るように言われている。2人は手術予定日を確認するために翌日また来るように言われ、2人についてはいつ手術を行なうのか提示すらされていない。
 ブランシャハール在住のムハマド・シャギールさん(28歳)もその中の1人である。彼は生まれたばかりの男の子の脊髄手術の予約を取ろうと試みた。しかし、1ヵ月の間に6回も受付拒絶されている。「私がMRI検査を受けないと手術のアポは入れられないそうです。今日、私はMRI検査を11月11日に行なうよう言われました。」シャギールさんは縫製工場で日雇い労働者として働いている。「息子の脊柱にある神経の突起は日に日に大きくなっています。11月まで生きられなかったらどうなってしまうのでしょうか?」
 シャギールさんの1日の稼ぎは150ルピー。それで家族6人を養っている。「デリーに2日がかりで来る交通費と他の出費も含めると最低5000ルピーはかかります。その上、手術のためにまた来なければなりません。どこからこんなお金がもらえるというのでしょう?」


記事ではAIIMS絡みの様々な数値も紹介されている。例えば次のようなものだ。

 -外来患者数は1日1万~1万2千人
 -ベッド数は2,200床
 -シニアのレジデント医の空席は25(全体の5%)
 -外来患者用駐車場は外来病棟から1.5kmも離れている。
 -外来患者1人につき付添い1人というルールは守られず、外来患者は家族で訪問するので、混雑に拍車。
 -敷地内にサルや野犬が生息しており、患者や医療スタッフが噛まれてケガしたケースもある。

なんでこんなことになるのか。別の記事によると、AIIMSの混乱が解消されない最大の理由は、専門性に関する不満から病院を去るベテラン医師が多いことだという。そしてその多くは外科医である。610あるポストのうち、現在空席が190ある。職位は多岐にわたる。教授、助教授、助手等。今年9月には、神経外科のシニアの教授が3名、専門医としての職務内容に対する不満から辞職している。 耳鼻咽喉科の場合を見てみよう。ここの医師の定員は7名であるが、3名の空席がある。この10年間のうちに12人の医師が離職、辞職ないしは引退をしている。状況は他の科でも殆ど同じである。

AIIMSの医療従事者が漏らす不満を挙げると次のようなものがあるらしい。何言ってんだと思う反面、なんとなく同情してしまうところもある。

 -患者でいつも混雑している
 -研究に費やす時間がない
 -安全管理体制が劣悪
 -仕事にかかってくるプレッシャーが大きい
 -報酬が低い
 -提供される住居が貧弱

それでもAIIMSの年間事業予算総額60億ルピーのうち70%はスタッフの給与と年金に使われているという。記事の書き方はAIIMSの予算の使われ方には無駄も多いという論調だがブログではそこまでは踏み込まないことにしたい。

いずれにせよ政府系の病院の実態は多かれ少なかれAIIMSの状況に近いと思う。AIIMSの外来患者の疾病の内訳でもわかるともう少しまともな意見も言えるかもしれないのだが、はるばるAIIMSに連れて来ないと済まない重病や奇病であるならともかくとして、もう少し患者の自宅から近いところで一次医療が受けられないものだろうかという思いはどうしてもしてしまう。
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