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『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』 [読書日記]

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 タルマーリー発、新しい働き方と暮らし (講談社+α文庫)

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 タルマーリー発、新しい働き方と暮らし (講談社+α文庫)

  • 作者: 渡邉 格
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/03/17
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
「気づけば定職にもつかぬまま、30歳になろうとしていた。どんな小さなことでもいいから『ほんとうのこと』がしたい。初めて自分の心の奥底から出てきた、その声に従い、僕はパン屋になることを決めた」マルクスと天然麹菌に導かれ、「田舎のパン屋」へ。そこで実践する、働く人、地域の人に還元する経済と暮らしが、いま徐々に日本社会に広がっていく。ビール造りの場を求め、さらに鳥取・智頭町へ。新たな挑戦を綴った「文庫版あとがき」も収録。
【Kindle Unlimited】
中国山地の中に、「タルマーリー」というパン屋さんがあるというのは、テレビ番組で取り上げられたのをたまたま見ていて知った。中国地方の山間地って、結構その環境に魅入られて移住を果たす人が多い地域の1つで、僕の知人にもそういう人がいる。ネタの1つとして持っておいてもいいかもと思い、Kindle Unlimitedのラインナップを見ていて、本書を見つけて手に取ってみることにした。

僕はマルクスの『資本論』はちゃんと読んでいないため、前提としてマルクスを知らないで本書を読んだと思って欲しい。本書の著者も別にマルクスの論者なわけではないが、自分がやろうとしていることを自分なりに『資本論』の枠組みに当てはめて理論化を図ろうとされているふしがある。それが正しい『資本論』理解に基づいて論じられているのかは僕には評する力はない。ただ、マルクスをかじった程度の人からすると、著者による整理はそれなりにわかりやすくはあった。

でも、読むにあたって期待していたのはそういうレベルで自身がなされてきたことを一般化・正当化しようとした記述ではなく、単純に著者の御夫妻がどのように歩んで来られてきたのかというパーソナルヒストリーだったと思う。1斤400円もする食パンがなぜ売れるのか。どんな人が購入しているのか。どうやって売っているのか。同じように田舎でパン屋を開きたいと思っている人にも参考となるようなノウハウが、もっと詳らかにされていたらよかったのにと思う。

この御夫妻は、夫がパン作りの方を専門的にこなし、奥様の方が販売や経営の担当をされて分業制を敷いておられるが、奥様の方の顔があまり見えない内容になっていた。その分野でいっぱしの専門家となるには、それなりに勉強や実践に時間投入をしなければならないと言われるが、そこは真摯に取り組まれてきて、きっとパン作りにはこだわりのある方なのだと思う。でも、作られたものを売るには売るためのノウハウというものがきっとある筈で、その部分が読んでいてよくわからない。ちょっともったいない気がした。

マルクス『資本論』まで持ち出して、現代の資本主義との対立軸を明確に打ち出しすぎることで、著者がこれまでの半生で出会った人々の間に人物評価の白黒をはっきりつけてしまっているし、そういう生き方を指向していない多くの人びとにすら反感を抱かせる描き方になってしまっているようにも思えた。例えば、パン屋になることを決めて最初に修業したパン屋さんや、その前に勤めていた食品商社を「ブラック企業」と切り捨ててしまっているが、ここで著者と関わった人々はいたたまれないだろうし、この商社への就職を勧めた大学の指導教官も、複雑な思いでおられるだろう。また、千葉から岡山県真庭市、さらに鳥取県智頭町へと拠点を移しておられるが、移すたびに新天地の良さはよく描いておられるけれど、その前にいた土地に残された顧客や地域の人びとは本書を読んでどのような気持ちになるのだろうかと気になってしまった。

田舎のパン屋としては注目のグッドプラクティスだと思う。食べてみたい気もするが、どう考えても鳥取県智頭町との接点は持ちようがない。帰国後に自分が暮らす地域の新興のパン屋さんを見る視点として、参考にはしたい。知る人ぞ知る地域の名店は、きっと自分が暮らす地域にも存在するに違いないのだから。
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