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『利生の人 尊氏と正成』 [読書日記]

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ああ、『太平記』ロス―――。

『麒麟がくる』に合わせて、同じ池端俊策脚本の大河ドラマ作品を放送したんだろうが、日曜朝6時からNHK-BSプレミアムで再放送されていた『太平記』は、見直してみても良作だった。真田広之の足利尊氏が凛々しかったし、陣内孝則演じる佐々木道誉のバサラっぷりも、片岡鶴太郎演じる北条高塒の変人っぷりも良かった。陣内孝則と片岡鶴太郎は、『麒麟がくる』でも起用されていたね。『麒麟~』では斎藤道三を演じていたモックンは、『太平記』では後醍醐天皇側近の千種忠顕を演じていたね。

執事・高師直役の柄本明が『半沢直樹2』でラスボス蓑部幹事長やっていて、その幹事長と組んでて半沢に千倍返しを喰らったタスクフォースの乃原弁護士役の筒井道隆は、『太平記』放送時はまだデビューから間もない頃で、ただただ粗野で早口でいつも不機嫌な顔の足利直冬を演じていた。

全49回だから、1月放送開始のこの大河ドラマは、12月の第1週ぐらいに最終回を迎える。それが、再放送の場合は4月放送開始だったから、『太平記』の最終回は3月第1週、7日(日)だった。なんと1時間30分の大サービス版で、弟・直義との骨肉の争いから、庶子・直冬との因縁の戦いの決着、その間に盟友・一色右馬介の死、そしてまだ見ぬ孫への「義満」命名までが描かれていた。いい脚本だなと思った。

さて、そんな『太平記』ロスの中、待ちに待った2020年の日経小説大賞受賞作が、2月末に遂に出た。

利生の人 尊氏と正成 (日本経済新聞出版)

利生の人 尊氏と正成 (日本経済新聞出版)

  • 作者: 天津佳之
  • 出版社/メーカー: 日経BP
  • 発売日: 2021/02/19
  • メディア: Kindle版

【内容紹介】
第12回日経小説大賞受賞!
鎌倉末期から南北朝時代へ移る混沌とした世の人間ドラマを、最新の研究成果を取り込みながら描き、まったく新しい足利尊氏、楠木正成、そして後醍醐天皇を造形。選考会では確かな歴史考察と文章の安定感、潔い作柄のまっすぐさが評価された期待の歴史小説の新鋭の登場だ。「利生」とは衆生に神仏の利益をもたらすこと。上下の別なく、民が国を想う志を持ち寄って各々の本分を為せば、きっと日本は悟りの国になれる――幾度も苦難にあいながら、北条得宗の悪政から世を立て直すため鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇。帝と志を同じくした楠木正成と、鎌倉幕府の重鎮でありながらその志に共鳴し倒幕へと寝返った足利尊氏。三人は同じ禅宗の同門だった。そして彼らが共有した志とは、仏や菩薩が人々に利益を与えることを意味する「利生」という言葉が表す世を実現すること。理想の世をかかげた建武の新政が始まったが、公家もそして武家も私利私欲がうごめく政治の腐敗は止めようがなく、尊氏と正成の運命は引き裂かれていく。
【購入(電子書籍)】
いきなり高氏の六波羅探題攻撃から始まったのには驚いた。主人公が足利尊氏と楠木正成だから、終わりが湊川合戦になるのは言うまでもない。そうすると、その間に両者絡みで起こった出来事といったら、大塔宮護良親王と尊氏の確執、中先代の乱とその後の尊氏追討、それに足利一党の西国落ちからの西上ぐらいしかない。ものすごい短期間の出来事を、この300ページ超のボリュームの中に盛り込んでいる。

尊氏と正成が共鳴していたという仮説の下に描かれた作品は他にもあるし、2人が後醍醐天皇の親政を良き方向に持って行こうと考えていたのに、後醍醐天皇の身内への甘さやそれに増長した公家の私利私欲、さらには武士の私利私欲にも手足を絡め取られ、うまく行かなかったという話の持って行き方は割と多くの作品で共通して描かれていると思う。

そんな中で、禅宗の「利生」に関連付けて描いた本作は、文学賞を受賞するのに足る格調ある作品だと思う。尊氏と正成、そして後醍醐天皇の絡みを中心に据えているものの、多くの作品で端折られがちだった中先代の乱や多々良浜合戦がそれなりに描かれている。細川一族なんて、ドラマでは終盤にやたらと取り上げられた細川顕氏(「ウルトラセブン」森次晃嗣)しか登場しないが、本作品では、細川三兄弟や顕氏の弟・定禅までよく出てくる。尊氏による九州平定があれだけ短期間で実現した理由についても、しっかり伏線を張っておいてしっかり回収している。湊川合戦に九州の少弐や大友が参陣していたという話は、ややもすれば作品中でちゃんと触れられていないことも多い。なんと中国地方には既に小早川氏というのも興っていたらしい。

それに、中先代の乱が最初に勃発した信濃国の国司が坊門清忠であったこと、謀反の動きを掴んでいながら新田義貞はその坊門清忠に取り入るためにあえて黙殺したこと等、本当にそうだったのかもと思わせるような話まで出てきて、しまいにはなぜ足利直義が鎌倉を退去する際に護良親王を殺害せねばならなかったのかも、その理屈をうまく描いている。

そして何よりも、僕らが疑問に思っている、二代将軍・足利義詮の墓所がある京都の宝筐院に、なぜ南朝方の楠木正行の墓もあって、2人が同所に葬られているのか、義詮はなぜ正行を敬慕していたのかという点についても、うまい説明をしている。

そういう、類書で落とされがちな小さな出来事に、ひとつひとつうまく説明をつけながら、大きな物語を展開させていったのが、本書の付加価値だと思う。大河ドラマの余韻の中で、真田広之や武田鉄矢、片岡孝夫らを作品の登場人物に当てはめて、大河ドラマのシーンを思い出しながら、味わうことができた。

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天津佳之

作者です。ご感想を拝見し、とても丁寧にお読みいただけたんだなと嬉しくなりました。本当にありがとうございます。
by 天津佳之 (2021-03-13 13:08) 

Sanchai

天津先生、
作者からコメントいただけるとは、感動です。僕は南北朝ものが好きですが、南北朝に限らず、これからもいい作品を描いていって下さい。推古天皇もの、楽しみにしています。
by Sanchai (2021-03-13 16:50) 

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