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ウィリアム・モリス『ユートピアだより』 [読書日記]

ウィリアム・モリスの世界 100枚レターブック ([バラエティ])

ウィリアム・モリスの世界 100枚レターブック ([バラエティ])

  • 出版社/メーカー: パイインターナショナル
  • 発売日: 2017/01/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
内容紹介
モリスのクラシカルで美しい柄を100枚収録!
モダン・デザインの父と謳われ世界中から愛されるウィリアム・モリスのデザインを100枚集めました。うっとりするようなテキスタイル・デザインから美しい本の挿絵まで、モリスのさまざまな柄が満載!

昨年12月にウィリアム・モリスの「アーツ&クラフツ運動」について知り、帰宅して家族に話したところ、元女子高漫研部長の娘が関心を持ち、何かの拍子にこんなレターブックを買ってきた。「絵がきれい」と喜んでいる娘を見て、オヤジの言うこともツボにはまればちゃんと耳を貸してくれるんだと僕もちょっと嬉しかったが、オヤジが娘と同じ目線でウィリアム・モリスを論じてちゃいけない。

そこで、モリスについて初めて聞いた時にあわせて知った彼の著書を読んでみることにする。1890年に発表された『ユートピアだより(News from Nowhere: Or an Epoch of Rest, Being Some Chapters from a Utopian Romance)』の岩波文庫版を市立図書館で借りた。きれいな装丁も、モリスのデザインによるものだろう。

ユートピアだより (岩波文庫)

ユートピアだより (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2015/04/16
  • メディア: Kindle版
内容紹介
目覚めると、そこは22世紀のロンドン――緑したたり、水は澄み、革命ののち人々が選びとった「仕事が喜びで、喜びが仕事になっているくらし」に、驚き戸惑いつつ触れてゆく「わたし」、社会主義者にして美術工芸家モリス(1834―96)のあらゆる実践と批判、理想と希望が紡ぎ出す物語、清新な訳文に、豊富な訳注を付す。(新訳)

1880年代を生きていた英国ロンドン郊外、ハマースミスに住んでいた主人公が、目覚めたら22世紀にタイムスリップしており、200年あまりの間に起きた世の中の変化を、出会った人々から聞き出していく話で、ある意味SF小説のようでもあり、ある意味未来予測のようでもあり、19世紀末近くの欧州の思想家が、近未来の理想とする社会をどのように見ていたのかを知る良い文献でもあると思う。

内容紹介でも触れられているが、ウィリアム・モリスは社会主義思想の持ち主であるので、描かれている未来もコミュニズムが進んだ社会である。いくつか印象に残った引用を挙げる。

◇◇◇◇

「まあ、「教える制度」によってかどうかはべつにして、この国の子どもたちはたしかに学んでいますよ。そう、この周辺の子どもで、男女を問わず、泳げない子は一人もいないはずです。それにみんな、森の子馬を乗りこなすし―――ほら、あそこに一人乗っているでしょう。料理も全員できる。年長の子は草刈りができる。多くが屋根葺きをやれる。いろいろな大工仕事も手伝える。店番だってできます。子どもたちは多くのことを知っていると言えますね」
 「なるほど。しかし子どもたちの知的な教育はどうですか。つまり頭脳に知識を教えこむということです」とわかりやすく言い換えて聞いてみた。
 「ゲストさん」とかれは言った。「いまお話ししたようなことがらをあなたはまだ学んでおられないのでは?それなら、そうしたことをするのになんの技術もいらないとか、あまり頭を使わずにすむなどと早合点してもらっては困ります。たとえばもしドーセットシャーの若者が屋根葺きをしているのを見かけたら、お考えが変わるでしょう。」(後略)(pp.59-60)

 「すべての仕事がいまでは楽しめるものになっているということです。それは、ひとつには、名誉が得られるだろう、ゆたかになれるだろうという希望をいだいて仕事をするためです。それがあれば、じっさいの仕事が楽しくない場合だって、心地よい興奮が引き起こされます。さもなければ、機械的な仕事と呼ばれる場合のように、それが楽しい習い性となっているためです。そして最後に(われわれの仕事のほとんどがこの種のものなのですが)仕事そのもののなかにそれと意識できる感覚的な喜びがあるためです。つまり、芸術家として仕事をしているということですね」(p.174)

「自分の仕事をよりいっそう楽しくするのは万人のつとめです。自分にとって不名誉となる仕事をして喜ぶ者はいませんから、楽しうしようとすれば、仕事の水準を高めて、よいものをつくっていこうとするし、また、よりいっそう最新の注意を払って仕事にあたるようになります。そして、芸術品としてあつかえるものもたっぷりあるので、それだけでも、多くの腕の立つ人たちが仕事を得られるのです。さらに、芸術が無尽蔵であるとすれば、科学もまた同様です。そして、昔とちがって、いまは科学は知的な人が時間を費やすのに値する唯一の無邪気な職業とはみなされていないのですが、科学が困難を克服することに興奮を覚え、ほかのなによりも科学に関心があるという人はいまもたくさんいますし、今後もそれは変わらないでしょう。それに、ますます多くの楽しみが仕事に注ぎ込まれるので、思うに、望ましい品物を生みだせるのに、楽しくやれないという理由で断念していたたぐいの仕事に就いては、これから着手できるのではないでしょうか。」(後略)(pp.184-85)

さらに興味深いことに、この人物はいまに至るまでの変革の時代について詳細な記録をもっていて、わたしたちにいろいろなことを語ってくれた。とりわけ人びとが都会を逃れて田舎に移ったこと、そして一方で都会育ちの人びとが、他方で田舎育ちの人びとが、それぞれに失っていた生活の諸技術を徐々に取りもどしていったいきさつを語ってくれた。かれの話によると、そうした技術の喪失はひどいもので、一時期、村や小さな田舎町で一人の大工も鍛冶屋も見つけられなかったばかりか、住民がパンの焼き方さえも忘れてしまったほどだったという。たとえばウォリンフォードでは、パンはロンドンからの早朝の列車で新聞といっしょに運ばれてきたのだそうだ(中略)。さらにかれが言うには、都会から田舎にやって来た人たちは、機械から手工芸(ハンディクラフト)の要領を学び、機械の働き方を注意深く観察することによって農耕技術を覚えたものだという。というのは、当時、畑仕事にかかわるほとんどいっさいのことが、労働者たちがまったくわけがわからずに使う精巧な機械によってなされていたからだ。その一方、労働者たちのなかの年寄り連中は、ちょっとしたこつのいる技術を若者たちに徐々に教えこんでいった。たとえば、のこぎりやかんなの使い方、鍛冶屋の仕事、といったものである。くりかえすが、その時代には、手仕事でできたのは、熊手にとねりこの柄をつけるのがせいぜいで、それさえもむずかしくなっていたからである。そのため、わずか5シリングほどの仕事をするのにも、価格が千ポンドもする機械、一団の労働者、それに半日の旅を要するということになってしまった。(pp.325-26)

◇◇◇◇

かなり平易な和訳にはしていただいていたと思うのだけれど、この段落の切り方や英国人独特の言い回しは、読んでいて文脈を正しく読むのに妨げるところもあったと思う。社会主義を掲げながらも、アーツ&クラフツ運動を提唱するという、一見理解し難いモリスの主張も、モノづくりの対価が創造性や名誉といったものだというのであればわかる気がするし、公教育が進んでいくと身の回りのちょっとしたことでも自分でできなくなるというのも、僕ら自身が歩んできた道のりであると思う。その反省もあって、田園回帰やDIY、農業再評価等の動きが生まれてきているのかなと思う。

今は機械に仕事を奪われるという未来予想が多くなってきているわけだけど、さすがにモリスも第四次産業革命までは予想はしていなかったようだ。19世紀末の未来予想なので致し方ないけれども、ただ、人間が都市を離れて、自然とともに優雅に生きている姿を、憧れをもってここまで描いて下さるなら、(機械に占拠されているであろう)都市がどのような状況になっているのかも、もう少し紙面を割いて描いて欲しかったかな。

タグ:未来予想
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