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『絹の国拓く』 [シルク・コットン]

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絹の国拓く―世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 上毛新聞社
  • 発売日: 2014/07
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
世界遺産登録を目指した県民、国民の思いがついに実を結んだ。養蚕、製糸の技術開発に情熱を注いだ幕末から明治の先人たち。4半世紀に及ぶ登録に向けた水面下の努力と粘り強い活動…。登録への道のりは決して平坦ではなく、険しく、波乱に満ちていた。多くの困難を知恵と汗で克服し、偉業を成し遂げた記録は、小説よりドラマチックだ。上毛新聞が連載した登録に至る軌跡のすべて。

少し前に『絹の国を創った人々』を読んで、ちょっと読みづらいと書いたばかりだが、本日ご紹介する本の方は、実際に上毛新聞社の記者の方々が特集チームを組んで実際の執筆にあたられた記事をまとめたものなので、非常に読みやすい。ハードカバーで、しかも全頁カラー口絵付きなのに値段は1500円とお手頃で、僕は取りあえず市立図書館で借りて読んだけれど、よくまとまった1冊なので、お金を払って手元に置いておいてもいいかなと思っているくらいだ。

第1の良さは、「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産登録に至るまでの経緯、関係者の努力が、時系列でうまくまとめられていることだ。なぜこの4ヵ所に決まったのか、群馬県内にある他の蚕糸業関連の事物はなぜ対象にならなかったのか、いろいろ謎なことがあったのだが、本書を読んでかなりスッキリした。

僕は2011年夏、本書でも登場する田島健一さんのご自宅を訪れて田島さんからお話をうかがったことがある。その際、田島さんは、「明日、家屋調査のために文化庁の人が来る」と仰っていた。田島邸は今から100年ほど前に建てられた家屋、今回世界遺産選定された「田島弥平旧宅」である。この時にはふ~んとぐらいしか思わなかったが、今となってみれば、世界遺産登録に向けた群馬県と国の取組の一端がこの文化庁の田島邸来訪だったのだということになる。

田島さんには、ご自宅に残っている昔の史料を見せてもらった。田島弥平が全国各地から育蚕技術を習いに島村を訪ねてきた人々を泊めて、指導に努めたことは本書の中でも紹介されているが、山形とか山口とかからも人が来ていたのは、田島邸に残されていた訪問者記録で確かめることができる。

ちなみに、僕は今このブログ記事をその山口県滞在中に書いている。田島さんへの取材もベースにして以前僕が書いた本が当地の大学の先生の目に止まり、研究会で発表して欲しいと頼まれ、休暇を取って当地に来ている。山口(長州)といえば、明治初期に群馬県令を務めた楫取素彦も長州出身だ。

一方、田島さんが昨年お亡くなりになっていたこと、この本を読んで初めて知った。僕自身が取材でお世話になったことがある方であるため、自分の不徳を嘆かざるを得なかった。

ただ、世界遺産登録までの道のりを描いたドキュメンタリーは本書の一部に過ぎない。これに加えて本書の売りは、幕末から昭和に至るまでの蚕種、生糸輸出による日本近代化の歴史が、かなりコンパクトに、しかもわかりやすく書かれていることにある。こうした蚕糸業を通じた日本の近代史は、分厚い専門書でないと読めないのかなと半ば諦めていたところだが、それを、群馬県出身の人々の取組が中心だとはいえわかりやすくまとめられている。

僕は官営富岡製糸場が華々しい操業成果をあげていたのは明治5年の操業開始からわずか数年のことで、あとは原合名会社への払い下げ、さらには持ち主が三井、片倉へとどんどん変わっていったのは、お荷物のたらい回しなんじゃないかとの誤った印象を持っていたようだ。近代化に向けた製糸人材の育成という目標自体は操業開始から数年の間にある程度は達成されたのかもしれないが、その後は1つの企業として、その時々の内外の情勢に鑑みての経営の合理化を繰り返していったということで、決してずっと赤字を垂れ流していたわけではなくて、その時々のオーナー企業の主力工場として機能していたらしいということが、本書を読んでよくわかった。

この富岡製糸場と養蚕農家との関係、繭の品種改良の系譜、特に、原種の系統保存から一代交雑種に切り替わっていくところは非常に面白かった。

さすがは新聞の特集記事のダイジェスト版だと感心する。そして、この取材チーム、公文書や個人所有の史料等をよく調べているのに感心する。県がそういう産業資料を意識的に収集整理・目録化を進めていたからでもあるのだろうと思うが、この本を読んでいるとそういう産業資料からの引用がけっこう多い。

一方で、上毛新聞の連載では含まれていた記事が、本にまとめる段階で落ちてしまったものも実はあるようだ。紙面の関係上致し方ないところもあるのだろうが、ちょっと残念。

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