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『社会人類学』(2) [読書日記]

『社会人類学』(1)
アジア社会を比較・解明。アジアを構造から理解する中根人類学の総決算世界人口の過半を有する広大なアジア。その各社会はどんな顔をしているのか?カースト・宗族等の根強い組織基盤をもちながら、新たな事態に対応していくインド・中国社会。恒久集団がなく、ネットワークを集積させ、変移性に富む東南アジア社会。集団が閉鎖的になりやすい特異な日本タテ社会。多様なアジア社会を比較し、その構造を解明した名著。

「フィールドワーク」について
「フィールドワーク」は、実態調査、野外調査とも訳されるが、著者がいうフィールドワークとは、「研究者が理想的には少なくとも2年位は現地に滞在し、特定のコミュニティを中心として集中的に克明にその社会を調査すること」(p.31)だという。その理由として、中根は2つ挙げる。(後略)

本書紹介の第2回目は、特にインドについて言及されているところから拾ってみた。正直言って、本書を読んでからインドに行きたかったと今さらながらに後悔した。前回の「フィールドワーク」もそうだったが、こういうことを意識した上で現地に行っていれば、そこでの生き方は大きく変わったものとなったに違いない。

家族・世代交代に関するシステム
インドや中国などでは、財産に対する考え方が日本とは対照的で、「兄弟均分相続」という原則である。財産はあくまで個人の権利に属するものである。大家族制を発達させたこれらの社会においては、その父系血縁制の原理にもとづき、息子たちは父親と共に家族の骨格を形成するものという強い理念に支えられている。これを可能にするのは、同じ両親から生まれた兄弟は同等の権利をもつという大前提である。従って、兄弟のうち、誰が生家に残り、誰が出て行くかなどということは原則として問題にならない。兄弟全て生家に残るのが自然であるし、また、どうしてもわかれて財産を分けなければならないような場合は、兄とか弟の区別なく、均分相続である。(p.124)

インドには「ジョイントファミリー」というのをよく聞くが、これは単に何世代も同居する大家族ということを言っているのではなく、もともと、各人の権利による配分を集合して形成された単位ということを意味しているという。したがって、現実に大家族を構成している状態と、それが幾つかの単位に分裂した状態のいずれにおいても、理論的には変わらない。(p.125)

こうした記述は、これまで僕が見聞きしたことがあるインドの農村の姿を上手く説明しているように思う。6月に南インドで農村調査をやった時、「ジョイントファミリー」という言葉をよく耳にしたが、ジョイントファミリーについて知っているのと知っていないのとでは、農家にインタビューした時に聞きとったことの理解の仕方が異なっていたことだろう。僕が訪ねた農家の何軒かは、5年前に別の日本人が聞きとりで訪れたことがあり、僕はその時に得られていた情報をベースにして今回は質問を組み立てたが、農家が話してくれた内容が5年前と矛盾しているところがよく見られた。

「なぜ5年前にはそう答えたのですか?」僕がそう尋ねると、彼らは「ジョイントファミリーだから」と答えた。「それじゃなんでジョイントファミリーだとその時説明しなかったのですか?」と尋ねると、「聞かれなかったから」と言われた。この手の会話はインドではよくある。「話が違うじゃないか、あの時なんでそう言ってくれなかったんだ」と相手に小言を言うと、「そう言ってくれと言われなかったからだ」と悪びれもせずインド人はこう言う。彼らの言っていることは正しいわけで、こう言われるともうこちらの負けとしか思わないようにしている。

要するに、その地域社会では当たり前となっている常識についてこちら側がある程度理解をした上で質問を組み立てていかないと、相手が言ったことの解釈の仕方を間違える可能性が大いにあるということなのである。

今回、「ジョイントファミリーだから…」と聞かされた農家で、一緒に来てくれていた通訳の人が、「こういう農家は、世帯主の一家の大黒柱が亡くなると難しいことになるよね」とボソッと言っていたのが印象に残っている。6月の主な調査対象は養蚕農家だったが、インタビューした農家の中には、親から代替わりした時に土地を子供兄弟で均分相続した結果、相続した一方の息子の方は養蚕を辞めてしまったという。桑畑と蚕室を均分できなかったからだという。そりゃそうだ。

インドでは大富豪が亡くなって遺産相続の話になると、息子兄弟間で骨肉の争いになることが多い。リライアンスのアンバニ兄弟なんてまさにその典型だ。だから、本書の中で中根がこう述べているところは、まさにその通りだとして膝を打った。
 均分相続とは、以上のように論理的に明確であるが、これを実行するということは必ずしも容易ではない。家、土地、家畜、その他すべての財産を合わせての均分であるから、現実的にむつかしい場合が少なくない。そのために、最終的財産分割を延期することが多く、孫の世代までそれが続いたりして、非常に複雑になるケースが少なくない。また、兄弟間の争いとなって、裁判にもちこまれることもしばしばである。中には巨大な財産を築いた父親が生前、その財産の大部分を法的に信託財産として不分割のものとする処置をとったりすることもある。(p.126)

僕が見てきたジョイントファミリーの中には、一家の主が既に70代半ばで、息子兄弟が隣り近所に集まっているという農家が幾つかあった。あと何年かしたら、大黒柱が亡くなり、兄弟間での相続が問題となってジョイントファミリーの安定性が失われるのかと思うと、目の前の大家族の姿が少しばかり寂しさを含んだものに見えてしまった。そんな僕のインド農村体験だった。
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